「本気」で向き合ったことで
同僚の遅刻や無断欠席が改善

安達夏美さん(モンゴル・テニス・2016年度3次隊)の事例

少年が通うテニス教室で現地のコーチとともに指導にあたった安達さん。テニスの指導だけでなく、彼らの「遅刻」や「無断欠席」を減らすための指導にも力を入れた。

安達さん基礎情報





【PROFILE】
1990年生まれ、宮城県出身。東洋英和女学院大学国際社会学部を卒業。小学生のときにテニスを始め、大学時代まで選手として活躍。大学卒業後、美容商材の専門商社勤務を経て、2017年1月、協力隊員としてモンゴルに赴任。19年1月に帰国。

【活動概要】
モンゴルテニス協会とグローバル・インターナショナル・スクールに配属され、主に以下の活動に従事。
●テニス教室での指導やその運営指導
●テニスの動画教材の作成
●指導者の指導法の矯正


10月から4月までは気温が氷点下になるため、体育館が練習場となった

 安達さんの赴任当初の配属先は、モンゴルテニス協会。当時、協会は首都を中心に計4つのテニス教室を運営していた。いずれも民間企業などからの寄付で運営資金をまかなっており、生徒から月謝は取らない。学校を回ってスポーツテストを行い、上位の子に入部の資格を与えていた。
 安達さんのメインの活動となったのは、首都にある協会のテニス教室の1つで、協会に所属する40代の男性コーチ(以下、Aさん)とともに指導にあたることだ。
 生徒数は20〜30人で、年齢は6歳から12歳まで。練習場所は、気温が氷点下となる10月から4月までは私立学校の体育館を有料で借り、それ以外の時期は無料で解放されている国立公園内の野外のテニスコートを使った。同国の学校は2部制であり、午前に授業がある生徒と午後に授業がある生徒がいたことから、テニスの練習は1日2、3回に分けて行い、生徒たちは自分の授業がない時間帯の練習に参加することとなっていた。

「叱る」から「褒める」に

指導したテニス教室の生徒と安達さん(右)。生徒たちは当初、指導者の話を聞くときにラケットを振り回すなどしていたが、「練習の始めと終わりは一列に並び、ラケットは胸の前で抱えて振り回さない」というルールを導入したところ、実践されるようになった

 安達さんが「洗礼」を浴びたのは、練習に初めて参加した日のことだ。開始予定の9時になっても、生徒の姿が見えない。30分ほど経ってようやく集まり始め、全員がそろったのは10時を回るころだった。
 翌日以降、しばらく様子見を続けたが、生徒たちの遅刻は毎度のことで、さらに「欠席するときには連絡を入れる」という習慣もないようだった。
 子どもたちへのスポーツ指導には『教育』の側面もある——。そう考えた安達さんは、テニスの技術を伝えるだけでなく、「遅刻」や「無断欠席」を減らすための指導にも力を入れることにした。
 当初は、遅刻や無断欠席をした生徒を叱り、改善を促すようにしていたが、一向に効果が見られなかった。「戦略」が必要だと感じた安達さんは、意識して次のような方法をとるようになった。

(1)遅刻や無断欠席をした生徒を叱るのではなく、時間どおりに来た生徒や、欠席の連絡を入れた生徒を褒める。
(2)「30分の遅刻が毎日続くと、1年間、2年間でどれだけの練習時間が失われるか」「体育館の利用料が無駄になってしまう」など、遅刻や無断欠席のデメリットを伝える。
(3)生徒の保護者に、遅刻や無断欠席を減らすために協力してほしい旨の手紙を渡す。

 以上のような働きかけを継続的に行うことで、生徒たちの態度は徐々に変化。着任して1年ほど経つころには、9割方の生徒に遅刻や無断欠席がなくなった。

「20分ルール」の試み

 遅刻や無断欠席は、生徒だけでなく、Aさんの問題でもあった。安達さんの働きかけによって、生徒たちの態度が良い方向に変わり始めても、Aさんは遅刻や無断欠席を止めなかったのだ。
 遅刻・無断欠席の問題は途上国ではよく見られるものなのかもしれないが、子どもたちのテニスのレベルを向上させるためには、指導者にも変わってもらう必要がある。そう考えた安達さんは、年長者であるAさんに遠慮する気持ちもあったが、彼にも態度を改めるよう働きかけることにした。
 まず、日々の練習で遅刻を減らそうと声がけをしてみた。しかし、なかなか思いが伝わらない。
 そこで安達さんは、「Aさんが20分遅刻をしたら、その日の練習は中止にする」という厳しいルールを提案する。反発されることを予想していたが、Aさんはこのルールを受け入れてくれた。
 ところが、Aさんは早くも翌日の練習で20分以上の遅刻をしたのだ。そこで安達さんは意を決し、練習場を後にした。帰った後、練習を止めたことに激怒するAさんから電話がかかってきた。
 初めて「練習に行きたくない」と思うようになった安達さんだったが、翌日も恐る恐る練習場に足を運んだ。すると、Aさんは5分ほどの遅刻で到着。そうして、安達さんが練習を止めて帰った日をきっかけに、Aさんの大幅な遅刻はなくなっていったのだった。

腰を据えた話し合い

安達さんはウォーミングアップやトレーニングの方法などを紹介するモンゴル語の動画教材を作成し、YouTubeで配信。テニスの普及にも努めた

 数日後、「20分ルール」は一方的な押し付けだったのでは……と安達さんは感じるようになる。そこで、あらためてAさんとの話し合いの場を設けてみることにした。
 指導者が遅刻や無断欠席をしていては、子どもたちに教育できないこと、練習の開始が遅れると体育館の利用料が無駄になってしまうことなどについて、Aさんに丁寧に話をした。するとAさんは、初めて自分がシングルファーザーであることを打ち明ける。学校に通う2人の娘の送り迎えをしなければならないため、朝はどうしても定時に着くことはできないのだと説明。それでもAさんは最後に、「でも、なるべく早く来るようにする」と言ってくれた。
 以後、Aさんは安達さんの任期終了まで、大幅な遅刻や無断欠席がない状態を続けてくれた。
「テニスが上手くなりたい」「試合に勝ちたい」。そんな生徒たちの思いがあるからこそ、「時間を無駄にしない」「時間を守る」という指導にも注力した安達さん。「本気」を見せれば、大人も習慣を改めてくれる——。Aさんとの一件で、安達さんはそう実感したのだった。

知られざるストーリー