学校教員に不可欠な
「授業規律を身につけさせる技術」を伝達

松井 峻さん(ラオス・小学校教育・2017年度1次隊)の事例

教員養成校に配属され、算数指導の授業を担当した松井さん。授業運営のかたわら、配属先の附属小学校で見られた「授業規律の低さ」という課題の解決にも取り組んだ。

松井さん基礎情報





【PROFILE】
1987年生まれ、三重県出身。大学卒業後、三重県の公立小学校に教員として勤務。2017年6月、協力隊員としてラオスに赴任(現職教員特別参加制度)。19年3月に帰国し、復職。

【活動概要】
サバナケット教員養成校(サバナケット県)に配属され、算数教育に関する主に以下の活動に従事。
●指導方法に関する授業の実施
●教員養成校の教員を対象とするセミナーの開催(他隊員との協働)


配属先の学生が附属小学校で行った算数授業。松井さんが作成した教材が使われている

 教員養成校に配属された松井さん。活動の柱となったのは、算数指導法の授業をカウンターパートにあたる同僚教員(以下、CP)とともに行うことだ。任期の1年目は、配属先の1年生の授業を担当。2年目は、すでに教員として働いている人が受講するコースの授業を担当した。CPはほかの授業も担当していたことから、松井さんがメインで授業を行い、ラオス語による説明が難しい箇所などでCPにフォローしてもらうことを基本とした。
「算数指導法」というテーマの授業ではあったが、実際の授業内容は、小学校の算数を受講者自身にもう一度学び直してもらうもの。かけ算や分数がわからない学生もいたからだ。そうした授業を進めるなか、折々で「自分が教員となったときに、子どもにどう教えたら良いか」を伝えていった。
 配属先の附属小学校では、週に1度、算数の研究授業会が開かれており、松井さんはそれを知識や技術を伝えるチャンネルのひとつとした。研究授業会の参加者は、配属先の算数分野担当の教員と、附属小学校の教員。いずれかの教員が児童を相手に算数の授業を実践し、その後、参加者で授業に関する事後検討を行うという流れがとられていた。松井さんは事後検討でアドバイスを提供。さらに、附属小学校の教員から「自分の授業を見て、アドバイスがほしい」と依頼され、研究授業会がある日以外の日にそれを引き受けることもあった。

「授業規律」の課題の発見

 松井さんは附属小学校の授業を見学するなかで、ある課題に気づいた。「姿勢が悪く、教員の話を聞けていない」など、「授業規律」に問題のある児童がいるにもかかわらず、教員がそうした児童を放置していることだ。授業規律が身についていなければ、教員がどれだけ指導技術を高めたところで、児童の理解の促進にはつながらない。
 松井さんは、見学した附属小学校の授業で教員の話を聞かない子がいた際、その教員に「あの子は先生の話を聞いていませんね」と尋ねたりもした。返ってくるのは、「あの子は全然だめ」など、あきらめている様子の答えばかりだった。
 松井さん自身、日本で小学校教員として働き始めた当初は、クラスの児童に授業規律を身につけさせるのに難儀した。先輩教員に助言を仰いだり、ノウハウを紹介する本を読んだりしながら、長い時間をかけて次のような有効なやり方を見つけ出していった。
「姿勢よく座って話を聞く」といった規律を守っていたら、具体的に行動をほめる。すると、それを真似する子が出てくるので、今度はその子をほめる。それを繰り返していくと、教室全体に「規律がとれている」と感じられる瞬間が訪れる。それがすぐ崩れることもあるが、そうした瞬間が何度も訪れるうちに、やがて規律のとれた状態が持続するようになる——。
 以上のようなプロセスを実現することは、教員が持たなければならない「技術」のひとつ。松井さんはそれを配属先や附属小学校の教員たちに伝えたいと思うようになったが、任期の前半は配属先での授業をしっかり行うことに力を注ぐべきだと考え、授業規律の働きかけはしばらく差し控えることにした。

松井さんが作成した授業規律の要点を伝えるポスター

松井さんは配属先の附属小学校の算数授業に入り、授業規律の指導方法を披露。写真は、「だらけた姿勢は?」との問いかけに児童たちが応えた場面

左写真と同じ授業で、「正しい姿勢は?」との問いかけに応える児童たち

啓発ポスターを作成

他隊員とともに開いた、教員養成校の教員を対象とする算数教育のセミナーで、「授業規律」の指導方法を紹介する松井さん

 松井さんはその後、附属小学校で通常の授業や研究授業を見学する際は、ラオスの子どもたちにどのような授業規律をつけさせるべきかを意識して探るようになった。そうしてピックアップしたのは、次の例を含む12項目だ。
■正しい姿勢で座る。
■私語を慎み、教員の話をきちんと聞く。
■飲食をしない。
■机の上や引き出しの中の物を整頓する。
■居眠りをしない。
■他の児童の発表をきちんと聞く。
■トイレは休憩時間に済ます。
 これらの規律を児童に身につけさせることの重要性やその方法について、現地の関係者に伝えるようになったのは、任期の終盤になってからだ。その方法のひとつは、附属小学校の授業に入り、児童に授業規律を身につけさせる方法を実践してみせるというもの。松井さんがフォローしながら、授業規律を身につけさせる方法を現地の教員に実践してもらうこともあった。
 もうひとつの方法は、「啓発ポスター」の作成だ。ラオスの子どもたちが身につけるべき授業規律としてピックアップした12項目を、イラストによって児童にもわかりやすいように紹介するものである。これは附属小学校で「有意義だ」と受け止められ、すべての教室に貼られることとなった。
 任期の最終盤、松井さんはほかの小学校教育隊員たちとともに、それぞれが配属されている教員養成校の教員を対象とする算数指導のセミナーを開催した。そのなかでも、松井さんは算数指導の技術に関する講習を行うだけでなく、授業規律に関するワークショプも行った。受講者の教員たちに「良い姿勢」と「悪い姿勢」を体験してもらうなど、「授業規律」への意識の向上を引き出すことを主眼とする内容のものだ。
 児童に授業規律を身につけさせることは、そのノウハウを知れば実現できるものではない。児童に声かけをし、それに対する児童の反応をキャッチし、次の声かけの仕方を工夫する。そうしたプロセスの積み重ねで習得される、言わば「職人技」とも言うべき技術だからだ。
 松井さんが悔やむのは、附属小学校の教員などがそうしたプロセスに挑戦する場に寄り添い、技術の習得を後押しするだけの時間がなかったこと。そうしたなかで頼みの綱は、附属小学校の各教室に貼られることとなったポスターだ。それらを日々、目にしながら、同校の教員たちが児童に授業規律を身につけさせる技術を試行錯誤を経て身につければ、言わばモデル校として、他校に波及させていく拠点となるだろうというのが、松井さんの期待だ。

知られざるストーリー