JICA Volunteer’s before ⇒ after

松本圭太さん(インドネシア・陸上競技・2013年度1次隊)

before:印刷機メーカー 社員
after:ハラル食品販売店 経営者

 12年間、陸上競技の選手として走り続けた。その次のステップに選んだのが協力隊だ。インドネシアで陸上のコーチとして活動し、帰国後は広島県でインドネシア語の通訳として働いた。そのとき、日本在住のイスラム教徒が食材を手に入れる苦労を知り、それをきっかけにハラル食材販売店のオープンを決意。現在、2店舗を経営している。

「ゴムの時間」の中で生きる

[before]インドネシアで陸上の指導をする松本さん。担当した選手には競う相手が少なかったため、共に走るなど一緒に練習をし、勝負の駆け引きを感じてもらった。それが奏功し、全国大会の800メートル走で男子が2位、女子が3位になった

 市民ランナーだった父の影響もあり、幼い頃から走ることが好きだった松本さんは、高校、大学の陸上部で長距離の選手として活躍し、卒業後は陸上部のある企業に就職。ロンドン五輪の陸上競技日本代表選手を目指し、陸上を中心に生活していた。競技生活を続ける難しさも知っていた松本さんは、結果にかかわらずそこで引退と決めていた。
 2012年春に引退し、しばらくは走る以外の好きなことをしようと、世界一周旅行の計画を立てていた。いろいろなブログを見ていたとき、協力隊に陸上競技という活動があることを知る。海外で、自分が持つ技術が人の役に立つのなら行こうと考え、応募。合格し、インドネシアへの派遣が決まった。
 陸上競技のコーチとして、スポーツ選抜された高校生に対して、競技力向上のための指導をすることになった松本さん。選手とコーチの関係は緊張感があるものだと思って活動を始めたが、友人のように接してくる選手たちに戸惑うことになる。私語が多く、メリハリがない練習。改善したかったが、日本の方法を押し付けるのも正しいとは思えなかった。松本さんは「ここは集中。それ以外は話してOK」という風に、緩急ある良いバランスを模索。また練習日誌を導入し、競技に適した練習方法などの資料を作成して配布することで、選手の競技力向上を促した。
 活動で人との距離感に悩んだものの、生活では気がおけない人付き合いを魅力に感じていた。活動後に同僚や生徒が彼らの家族との夕飯に誘ってくれ、休日に遠出をしたときは現地で出会った人が家に泊めてくれる。何よりも現地で「ゴムの時間」と呼ばれる、のんびりした時間感覚は自分に合っていた。
「約束の時間はあってないようなもの。最初は困りましたが、徐々に慣れ、あくせくしていない暮らし方が私にはしっくりきました」
 任期終了後もこの国で暮らそう——そのための仕事として、現地で店を構える計画を立てた。当時のメモには「おにぎりスタンド」「洗車店」などと書かれていたそうだ。
 任期を6カ月残したある日、長引いた風邪が治らず、首都の病院で検査。その日に日本に帰され、即手術となる。その後1年入院し、日常生活に戻るにはさらに1年かかった。

外国人が日本でホッとできる場

[after]広島県尾道市の因島にある「ケラナ・アジア・アンド・ハラル・マーケット」。ケラナはインドネシア語で「自由に生きる」という意味。東広島の店名「アリ」は松本さんのイスラム名。東広島店は、インドネシアやバングラデシュ、パキスタン、アフガニスタンなどの留学生向けの食材、因島店はフィリピンやタイの人たちに向けた食材を揃えている。因島の店では、1週間分の食材をまとめて買う人や、隣の島から来て1カ月分まとめて購入する人もいる

 しばらく通院が必要なため、日本でインドネシアとかかわれる仕事を探したところ、外国人技能実習生の通訳の仕事を見つけ、就職。広島県で実習生に仕事内容の説明や資格を取るための講習で通訳などをしていた。そのとき、イスラム教徒のインドネシア人が食材を自由に買えず、困っていることを知る。
「日本では食材の原材料名は基本的に日本語表記だけ。食事の規制事項があるイスラム教徒で、日本語を読むことが困難だと何を買っていいのかわからない。彼らが買い物をしやすい店があればいいと思いました」
 インドネシアにいたとき、松本さんの楽しみのひとつは首都で買った冷凍保存の納豆を食べることだった。故郷の味は、心を慰め、生活を豊かにしてくれる。その思いもあり、ハラル食材販売店の開業を決めた。
 最初に出店したのは広島大学があり、留学生が多い、東広島市だ。商品の仕入れには「バランスが大事」だと松本さんは言う。
「最初はお客様の要望に応えて仕入れをしていましたが、在庫を抱えるだけでした。協力隊時代に日本の練習法と現地の練習法の良いバランスを探したように、お客様と店にとって良いバランスを見つけると店がうまくまわるようになっていきました」
 商品はインターネット上でも購入でき、注文から瀬戸内海にある因島周辺の住所が多いことに気づいた。因島には造船関連会社があり、多くの外国人が働いている。そこで因島に2つある造船関連会社の中間点、しまなみ海道沿いに2号店を出店した。
 店を始めて2年、経営が軌道に乗ってきたので「好きなことも取り入れたい」と考えている。現在も店に机と椅子を置き、客同士が交流する空間を設けているが、因島店を少し拡張してインドネシアのカレーを提供したいそうだ。しまなみ海道沿いの店でカレーを提供することでサイクリストなどの観光客が来店し、「外国人と日本人が出会う場所」となることも狙っている。インドネシアのように「人と心地よくつながれる」、そんな場をつくるプランを練っているところだ。






松本さんのプロフィール

[1986]
茨城県出身。
[2009]
3月、大学卒業後、株式会社小森コーポレーション入社。
[2013]
8月、青年海外協力隊に参加(選択の理由:会社の陸上部にケニア出身の選手がいて、彼から裸足で走るなど練習環境が整わない状況にいたことを聞いた松本さんは、アフリカに靴を送る活動に参加し、靴を送っていた。ほかにも人の役に立つことができないかと考えていたところ協力隊を知り、応募。)
インドネシアの南スラウェシ州マカッサルにある青年スポーツ局に配属され、陸上選手に選抜された高校生の競技力向上のため、競技指導やトレーニング計画の作成、練習結果のデータ化と分析などに取り組んだ。
[2015]
2月、帰国し、入院。翌年3月、退院。
[2017]
4月、公益財団法人国際人材育成機構入社。10月退社。
10月、ハラルショップアリをオープン(選択の理由:インドネシア人でイスラム教徒の妻が、日本の店で食材を探すことに困っている姿を見て、その苦労を少しでも和らげたいと、ハラル食品販売店を開業する。)
[2018]
5月、ケラナ・アジア・アンド・ハラル・マーケットをオープン。

Halal Shop ALI
住所:広島県東広島市西条朝日町7-7
営業時間:11:00〜20:00(休:月・火)

[Kerala Asian and Halal Market]
住所:広島県尾道市因島重井町5221-7
営業時間:11:00〜20:00(休:月〜木)

知られざるストーリー