現地教員の能力強化を図り、
日本語学科のレベルを底上げ

浅野鉄也さん(シニア海外ボランティア/ベトナム・日本語教育・2016年度4次隊)の事例

大学の日本語学科に配属された浅野さん。担当した授業のなかで、現地教員の授業に不足していた「実践的な日本語能力を伸ばす」という要素の拡充を図る一方、彼らの日本語能力や日本語の指導力の向上支援にも力を入れた。

浅野さん基礎情報





【PROFILE】
1951年生まれ、静岡県出身。慶應 義塾大学を卒業後、地方公務員として働く。2014年、退職を機に日本語教師の道に。17年3月、SVとしてベトナムに赴任。19年3月に帰国。現在は、SV時代の活動先大学から要請を受け、直接の雇用契約により日本語教師として勤務。

【活動概要】
ホーチミン市オープン大学の外国語学部日本語学科に配属され、主に以下の活動に従事。
●学生への日本語授業の実施(主に初・中級の会話、作文、日本文化関係)
●現地教員に対する日本語教授法の指導
●学内外の行事への支援(日越交流、スピーチコンテストなど)


担当していた「会話」の授業で、挨拶のシーンのフレーズを指導する浅野さん

 浅野さんが配属されたのは、ベトナム最大の都市、ホーチミン市にある国立大学の外国語学部日本語学科。学生数が約500人という規模の学科だ。日本語能力試験(*)のN3に合格することが卒業の条件のひとつとされており、卒業生の約8割は日系企業に就職する。
 同学科では、彼らを対象にした授業のほか、第二外国語に日本語を選択した他学科の学生への授業も実施。配置されていた常勤の教員は4人で、いずれも10年前後のキャリアを持つベトナム人だった。浅野さんの活動の柱となったのは、非ネイティブである彼らが不得意とする「会話」や「作文」、「日本文化」の授業を担当すること、および彼らのさらなるスキルアップに向けた指導を行うことだ。

* 日本語能力試験…(公財)日本国際教育支援協会と(独)国際交流基金が主催する、日本語を母語としない人たちの日本語能力を測定し、認定する試験。N1からN5まで5段階(N1がもっとも高いレベル)の試験が設けられている。

実戦的な日本語能力を伸ばす授業

「日本文化」の授業で学生たちが描いた「年賀状」

「日本文化」の授業で学生たちが描いた「年賀状」

 担当する授業で浅野さんが留意したのは、「実践的な日本語能力」を伸ばす工夫をすることだ。卒業生が就職した日系企業から、「より高い会話力を学生に身につけさせてほしい」というリクエストが配属先に寄せられるような状態だったからだ。
 従来、ベトナム人教員が行っていた「会話」の授業は「講義形式」がメインで、定型文や単語を暗記させる「インプット」に時間が費やされていた。わずかに設けられていた「アウトプット」の時間も、「教員がフレーズの発音の手本を示し、学生がそれをリピートする」、あるいは「教科書にある会話の例文を2人1組で読み上げる」など、文型を「覚える」だけの練習に留まっていた。
 そうしたなか、より実践的な練習として浅野さんが授業に取り入れたのは、「インタビュー型のロールプレイ」。学生がペアやグループになり、たった今学んだばかりの文型を使いながら、「例文」を離れて自由に質問し合うものだ。たとえ文型や単語がやさしいレベルであっても、相手に伝える内容を自分で考えながら、覚えたばかりの文型や単語を適切な表現へと組み合わせることは難しく、その分、意思疎通が叶ったときの達成感は大きい。そのため、学生たちは「インタビュー」に嬉々として取り組むようになり、会話での表現力がみるみるついていくのだった。
 浅野さんは「会話」以外の授業でも、「実践的な日本語能力」を伸ばす工夫をした。たとえば、「日本文化」の授業では「日本の旅行を楽しむ」という単元を設定。日本語で書かれた日本の鉄道の時刻表をインターネットで調べながら、東京駅から出発する旅行の計画を立てるという内容だ。そのなかでは、学生が「旅行者役」と「店員役」に分かれ、「浅草で土産物を買う」という状況を即興で演じる「ロールプレイ」も実施。日本語を実際に使う場面を擬似体験させるこれらのアクティビティは、やはり事後に行った学生たちへのアンケートで評価の高いものだった。

教員たちの能力向上に向けた支援

日本語授業を担当するベトナム人教員たちを対象に開いた「勉強会」の終了後の様子

 配属先からの要望が強かったことから、浅野さんはベトナム人教員たちへの技術指導にも力を入れた。浅野さんはまず、普段のやりとりを通じて彼らの日本語能力をチェック。すると、彼らは日本語を使って日本人とコミュニケーションをとる機会が少なかったこともあり、会話は成り立つものの、ネイティブとは異なる発音が身についてしまっていることもあった。
 その後、浅野さんはベトナム人教員たちの授業を見学。そこで見えた課題は、「文法積み上げ式」と呼ばれる従来型の指導方法がとられていた点だ。これは、優しいものから順に文型をひとつひとつ「覚え」させるもの。それでは実践的な日本語能力が養われないとの反省から、日本国内の日本語教育では現在、「買いたいものについて店員に質問する」などの場面を設定し、そうした場面で「使える」日本語を指導していく「場面シラバスによるCan‐do方式」が注目されつつある。
 以上の観察から、浅野さんはベトナム人教員たちへの技術指導は、「彼ら自身の日本語能力の向上」と「彼らの日本語教授能力の向上」の2本柱で進めることとした。
●ウェブサイトの紹介 浅野さんは、ベトナム人教員たちの発音の誤りを直接指摘することは避けた。彼らのプライドを傷つけたり、自信を失わせてしまったりするだろうと考えたからだ。その代わりに、手軽に発音の確認ができるウェブサイトを紹介。授業の前にチェックするよう勧めてみると、それを実践している様子が、彼らの発音の改善からうかがえるようになった。
●「勉強会」の開催 浅野さんはベトナム人教員たちの日本語教授能力の向上を目的に、半月に1度のペースで勉強会を開催。彼らの指導方法が旧来のものであることを説明し、Can‐do方式への転換を促した。
●SNSで相談に対応 ベトナム人教員のなかには、「学生からの質問に自信を持って回答できない」と打ち明ける人もいた。特に苦戦している様子だったのは、文法の応用に関する質問だ。そこで浅野さんは、SNSを使い、ベトナム人教員から日本語教育に関する相談を随時受け付け、回答していった。
 浅野さんがベトナム人教員たちに与えた以上のような刺激に、彼らは「さらに進歩しなければ」との自覚が強まったようだった。その自覚さえあれば、インターネットで日本語に関する情報を得るチャンスが多くなっているなか、彼ら自身の力で学科のレベルをさらに上げていくことも期待できる。

後輩隊員へひとこと

全体の状況を把握
日本語教育分野の場合、現地教員の育成など、その国が全体としてどのような方針で動いているかを早めにつかむのが重要かと思います。そうすることで、配属先にあるさまざまな課題のうち、自分に解決可能なものがどれなのかが見えてくるからです。

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