Facebookグループで
配属部署を超えた情報共有を

竹澤藍子さん(ベトナム・作業療法士・2016年度4次隊)の事例

リハビリテーション専門病院に配属され、作業療法部門の支援に取り組んだ竹澤さん。作業療法の処方を行う医師たちにもその知識が不足していたなか、作業療法に関する理解を配属先内に広める手段としてSNSのグループ機能を活用した。

竹澤さん基礎情報





【PROFILE】
1990年生まれ、福井県出身。大学卒業後、作業療法士として脳外科病院に約3年半勤務。2017年3月、協力隊員としてベトナムに赴任。19年3月に帰国。

【活動概要】
ハイズオン療養リハビリテーション病院(ハイズオン省ハイズオン市)に配属され、主に以下の活動に従事。
●患者への作業療法の実施
●同僚へ知識・技術の伝達
●作業療法室の環境整備
●作業療法に関する広報


 竹澤さんが配属されたのは、病床数約150床という規模のリハビリテーション専門病院。その作業療法部門を支援することが、求められていた役割だ。
 同部門には常時、ベトナム人スタッフが1人配置されており、彼らが竹澤さんのカウンターパート(以下、CP)となった。作業療法士を養成する同国初の講座が医療技術大学で開講されたのは、竹澤さんが着任してまもなくのことだ。そのため、任期の前半にCPとなったのは、作業療法に関してはわずかな研修を受けただけの理学療法士たち。後半に入ると、新設の講座を受けた理学療法士がCPとなった。いずれのタイプのCPも、作業療法について受けた教育は座学。そのため、彼らに対する竹澤さんの技術指導の中心は、知識は持っているものの、具体的なやり方がわからない基本的な技術の実践を後押しすることだった。「患者の症状の評価方法」や「日常生活動作訓練(*)」といった技術である。
 CPに技術を指導する方法のひとつは、ともに患者への治療にあたりながら、必要なアドバイスをしていくというもの。もうひとつの方法は「勉強会」だ。まとまった解説をしたほうが良いと感じる課題が見つかるたびに、それをテーマにした勉強会を開いていった。

* 日常生活動作訓練…食事や更衣など、生活で必要な動作ができるようにする訓練。

竹澤さんが作成した自助具(体に障害がある人の日常生活動作を容易にするよう工夫された道具)のスプーンを使い、食事の訓練をする患者

日常生活動作訓練のひとつとして、患者(左)に掃き掃除の訓練を行う同僚

認知症患者への作業療法について同僚たちに知ってもらうために実施した、認知症患者のカラオケ大会


認知症患者の処方が増加

 竹澤さんが任期の半ばに活動の課題だと感じていたことのなかには、次の2つがあった。
(1)勉強会で配布した資料を、CPたちがすぐに紛失してしまうため、勉強会で伝えた知識が十分に定着しない。
(2)「作業療法が必要」との処方をするのは医師の役目。しかし、作業療法について彼らには「マッサージをすること」といった程度の理解しかなかったため、認知症など体の機能に明らかな障害が見られない患者が、処方から漏れてしまっていた。
 これらの課題を一石二鳥で解決する方法になると竹澤さんが思いついたのは、作業療法部門の内外の同僚たちをメンバーとする「Facebookグループ」(以下、「グループ」)を立ち上げることだ。「グループ」はFacebookが備えるツールのひとつで、情報や電子データの共有などがメンバー間でできるもの。勉強会で配布した資料の電子データを「グループ」で共有すれば、(1)の課題の解決につながる一方、作業療法部門が行っていることを「グループ」内に発信すれば、(2)の解決につながると見込まれた。
「グループ」の利用を竹澤さんが着想したきっかけのひとつは、同僚たちがみなスマホを持ち、Facebookを愛用していたこと。もうひとつのきっかけは、ベトナムで作業療法の支援に携わる外国人たちがメンバーとなった「グループ」が存在し、そこでは活動の方法や道具、資料などに関する情報交換が活発に行われていたことだ。
「グループ」の立ち上げはCPにも賛同を得られ、着想してからほどなくしてスタートさせることができた。竹澤さんの任期が2年目に入ったころである。
 誰に「グループ」への参加を求めるかについては、CPに判断を一任。メンバーとなってもらったのは、理学療法士や医師、病院の幹部などだ。
 実際の活用方法は、事前の予定どおり、勉強会で配布した資料の電子データの共有と、作業療法部門の取り組みを紹介する記事の投稿。後者の作業は、主にCPが担当した。竹澤さんよりはるかにFacebookを使い慣れており、ベトナム語の入力も速かったからである。実際に投稿した記事の中身は、次のような種類の取り組みに関する情報だ。
■日本では認知症患者への作業療法として行われている「集団活動」の様子を知ってもらうために実施した、認知症患者たちの「カラオケ大会」
■世界作業療法連盟が定める「世界作業療法デー」に合わせて実施した、作業療法を広報するイベント
 これらの取り組みについて、「グループ」では事後に報告するだけでなく、事前に告知の記事を投稿し、参加を促すこともした。一方、「グループ」で勉強会の資料を共有したことには、勉強会には参加していない「グループ」のメンバーに作業療法の技術の詳細を知ってもらえるという、計算外の効果もあった。
「グループ」によるこうした作業療法の広報には、具体的な効果も見られた。「グループ」を立ち上げる前の1年間は、「作業療法が必要」と認知症患者が処方されたのがわずか2件だったのに対し、後の1年間は7件に伸びたのだ。

竹澤さんが立ち上げたFacebookグループの画面

ベトナムで作業療法の支援に携わる外国人を中心メンバーとするFacebookグループの画面

世界作業療法連盟が定める「世界作業療法デー」に合わせ、竹澤さんがCPと開催した作業療法を広報するイベント

ITコンサルタントからのOne Point Advice

adviser:原 秀一さん
●協力隊経験者(タンザニア・コンピュータ技術・2001年度3次隊)
●株式会社 ict4e 代表

 限定されたメンバーの間の情報共有の手段として、FacebookグループなどSNSに備わる機能を活用する際は、2つのハードルをクリアすることが不可欠です。ひとつは、メンバーとなってもらいたい人たちに「アカウント登録をしてもらうハードル」。もうひとつは、そのSNSを「積極的に使ってもらうハードル」です。その観点で、同僚たちによるSNSのグループを立ち上げる場合などに、「彼らがFacebookを普段づかいしているから、Facebookグループを選択する」と判断するのは適切だと思います。
 ただし、普段づかいしているSNSを情報共有の手段とした場合には、「情報が埋もれてしまう」というデメリットがあります。グループからの情報以外に、プライベートのつながりからの情報などもメンバーに山ほど届くからです。そうした懸念を感じた場合、まだメジャーではない国もありますが、英語版アプリもあるLINEを選択するという手もあります。役割分担ができるうえ、同僚たちは未知のアプリに興味を抱き、積極的に参加してくれるかもしれません。

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