理学療法の専門性が乏しい同僚たちの
技術向上を支援

武内美樹さん(スーダン・理学療法士・2016年度4次隊)の事例

障害児を支援する施設に配属された武内さん。理学療法部門の同僚たちは、専門教育を受けていない人が大半だったなか、自ら患者の治療にあたりながら、「背中」で思いを伝えていった。

武内さん基礎情報





【PROFILE】
1983年生まれ、山口県出身。大学の理学療法学科を卒業後、子どもにリハビリテーションを実施する施設に理学療法士として10年間勤務。2017年3月、協力隊員としてスーダンに赴任。19年3月に帰国。

【活動概要】
NGOが運営する障害児支援施設「ハルツーム・チェシアホーム」(ハルツーム)に配属され、理学療法に関する主に以下の活動に従事。
●治療の実施
●同僚を対象にした勉強会の開催
●近隣の障害児支援施設での技術指導


配属先の理学療法室。ここで同僚たちが並んで理学療法を行う

配属先の宿泊部屋。ベッド数に限りがあるため、患者と付き添いの母親がひとつのベッドで寝る

 武内さんが配属されたのは、身体障害児に義肢装具の支給や理学療法を行う施設。スーダン国内には子どもの理学療法を引き受ける施設が少ないため、遠方の子どもも利用できるよう、宿泊設備も備えられていた。患者数は、平均で1日50人程度。8割は脳性麻痺の子どもだ。理学療法部門のスタッフは6人。学校で理学療法を学んだことがあるのは、武内さんのカウンターパートとなった女性(以下、CP)だけで、残りは実務のなかで技術を身につけていった人たちだった。
 同僚たちは、待っている患者を放っておくことなどはせず、勤勉に働いていた。課題だったのは、理学療法の質だ。症状を評価し、適切な治療方法を選択するというプロセスが欠落しており、症状の違いに関係なく画一的な治療がなされていた。そのため、治療の効果が見られない患者も少なくない。CPもその例外ではなかった。
 そうして武内さんは、一スタッフとして患者の治療に携わるかたわら、同僚たちに理学療法の技術を伝える勉強会を開くようになった。着任して半年ほど経ったころのことだ。同僚たちにアンケートをとり、武内さんにどのような活動を望むかを聞いたところ、「せっかく日本人が来たのだから、いろいろ技術を学びたい」との声があったのがきっかけだった。しかし、「技術を学びたい」という声は「社交辞令」だったのかと疑ってしまう日々が続いた。勉強会の時間になっても同僚たちが集まらないため、ひとりひとりに声をかけて回らなければならない。それでも集まらないため、流れてしまうこともたびたびだった。勉強会の最中も、武内さんのアラビア語がおかしいと言って茶化すなど、講義の内容を理解しようという意欲が感じられない。実際、彼女たちが行う治療に勉強会の成果が見て取れることはなかった。

理学療法の楽しさを「背中」で伝える

配属先で理学療法を行う武内さん。患者に付き添う母親とのコミュニケーションを密にし、信頼関係を築いていくことも、同僚たちに伝えようとした技術のひとつだ

 武内さんは、同僚たちに「自分の技術を高めよう」という意欲を持ってもらうための策を試みるようになったが、一筋縄ではいかなかった。たとえば、勉強会をよりわかりやすいものにしようと、教材に動画を使ってみた。しかし反応は薄い。配属先を統括する施設長から発破をかけてもらおうと、勉強会の見学を依頼してもみたが、叶わなかった。同僚たちは施設長を「現場のことをよくわかっていないのに、きついことばかり言う」という目で見ており、両者の間の溝が深かったのだ。
 思い切ってCPに「勉強会での同僚たちの態度はあまりにひどいと思う」と相談したこともある。するとこんな答えが返ってきた。「あなたは大学で理学療法を学ぶことができたし、能力もある。同僚たちにはあなたと同じような機会や能力が与えられているわけではない。彼女たちは彼女たちなりに精いっぱいやっているのです」
 CPのこの言葉を聞き、同僚たちに直接働きかけても埒が明かないと感じた武内さんは、「間接的」な働きかけに望みを託すことにした。知恵を絞って患者への治療を行い、患者やその家族に「あなたの治療はすばらしい」と喜んでもらう。理学療法にあるそんな本質的な楽しさを、武内さん自身が患者の治療を行うなかで体現し、そこから同僚たちを刺激しようと考えたのだ。
 患者の症状を評価し、適切な治療方法を選び出す。あるいは、治療方法や回復具合について患者の母親に丁寧に説明をする。同僚たちとは異なるそうしたやり方の治療を重ねていくと、やがて患者の母親のなかに、同僚たちによる治療を拒み、武内さんを指名する人が現れてきた。すると同僚たちはようやく、武内さんから技術を学ぼうとする姿勢を見せるようになっていく。勉強会は、集まるまでの時間が短縮。さらに、勉強会で学んだ技術を実践する同僚たちも現れるようになり、武内さんの隣で別の患者への治療にあたっている同僚から、「これはミキの真似をしているのよ」「こんな感じでいいのでしょう?」などと声をかけられることも出てきた。

「予約制」の導入で余力を捻出

予約制の導入により受付窓口に置かれるようになった予約簿

 同僚たちは従来、「仕事の量が多い」と嘆いていた。そう感じている限り、勉強会への参加をはじめ、費やす労力を増やして自分の技術を高めようと思ってもらうのは難しい。そう考えて武内さんが提案し、実現が叶ったのは、受付方法を「予約制」に変えることだ。
 従来の受付方法は「受付順番制」。当日、受付簿に名前を書いた順に治療を受けることができるというやり方だ。同僚たちは1日に治療する患者の人数に上限を設けることはしていなかったため、日によって患者の人数に差があり、「忙しい」と同僚たちが感じるのも無理ないほど多い日もあった。「予約制」の導入は、日ごとの患者の人数を平均化するための策である。
 時間の感覚がおおざっぱな同僚たちが、細かなスケジュールをこなしていけるとは考えられなかったことから、「どの『日時』に治療を受けるか」ではなく、「どの『日』に治療を受けるか」だけを予約してもらう方式を選択。1日に治療する患者の人数に上限を設け、それを超えて予約を受け付けることはしないようにした。
 予約を入れるタイミングは、治療が終わって帰る際とし、患者の母親に、予約台帳の次の希望日の欄に名前を書いてもらった。予約制を導入した当初は、武内さん自身が一日中受付窓口に座り、母親たちに台帳への記入を促した。しかし、1、2週間もすると、母親たちが「あなたは治療をやって。予約の受付は私たちがするから」と要望。以後、予約の受付は、子どもの治療のために配属先に長期滞在している母親たちが担当してくれるようになった。
 そうして予約制が定着すると、1日の患者数の平均化も実現。すると武内さんの期待どおり、同僚たちには心の余裕が生まれ、勉強会で学んだことを試しに実践しながら治療にあたる姿を目にすることも増えていったのだった。

武内さんの事例のPoint

仕事の楽しさを伝える
同僚たちに技術向上の意欲が見られない場合、その仕事に備わる本質的な楽しさを知らないことが要因になっている可能性もある。隊員自身がそれを感じながら働く姿を見せることで、同僚たちの気づきを促すことができるかもしれない。

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