HIV陽性者グループによる
手工芸品の製造・販売を支援

岩田彰亮さん(マラウイ・感染症・エイズ対策・2017年度1次隊)の事例

医療機関に配属された岩田さん。HIV陽性者グループによる手工芸品の製造・販売を支援する活動では、メンバーたちの製造技術向上への意欲を引き出しながら、継続を後押しした。

岩田さん基礎情報





【PROFILE】
1984年生まれ、岐阜県出身。大学院修士課程を修了後、国際協力団体勤務を経て、2017年7月に協力隊員としてマラウイに赴任。19年7月に帰国。

【活動概要】
チカンガワヘルスセンター(ムジンバ県チカンガワ)に配属され、主に以下の活動に従事。
●HIV陽性者グループの支援
●地域住民などを対象としたエイズの予防啓発イベントの開催
●小・中学校におけるエイズの予防啓発授業の実施
●性産業従事者の支援


 岩田さんが配属されたのは、ムジンバ県のチカンガワという地域を管轄するヘルスセンター。約1万人の地域住民を対象に、外来診療やHIVの検査・治療といった医療サービスの提供、および乳幼児の健診・予防接種や住民への健康教育などの地域保健事業を行う機関だ。
 チカンガワは標高1700メートルの高地に位置し、林業が盛んな地域。材木を運ぶ長距離トラック運転手を相手に性産業従事者が商売をする酒場が存在することなどから、HIVの感染率が高くなっていた。そうしたなかで岩田さんのメインの活動となったのは、HIVの感染率を下げるための啓発活動や、HIV陽性者を支援する活動である。

HIV陽性者グループの立ち上げ

陽性者グループの代表者を対象に行った、エイズ・ピア・エデュケーターを養成する研修

 後者の活動のメインとなったのは、HIV陽性者の自助グループを立ち上げ、その運営を支援することだ。HIV陽性者たちが健康や生活の悩みを分かち合ったり、栄養摂取や服薬など健康の維持・向上に必要な知識を共有したりする自助グループが、岩田さんの着任当時、マラウイの他地域には多く存在していたが、チカンガワにはひとつもなかった。岩田さんは、抗レトロウイルス療法を配属先で受けているHIV陽性者の登録票から名前と住所を抜き出すと、地域保健事業を担う同僚たちに依頼し、家を訪ねてグループへの参加を呼びかけてもらった。5村でそれぞれ1グループずつ立ち上がったのは、岩田さんの着任の約半年後。規模は10〜30人程度で、いずれもメンバーの約7割が女性だった。
 各グループでエイズ・ピア・エデュケーターとなる人を選出してもらうと、彼らを対象とした研修を実施。「グループ運営の方法」や「栄養摂取」、「服薬管理」など、エイズ・ピア・エデュケーターを務めるうえで必要な知識を学んでもらう2日間のプログラムだ。講師は、以前からエイズ・ピア・エデュケーターの養成に携わっていた他の病院の社会心理カウンセラーに務めてもらった。
 そうして運営の基盤ができるとまもなく、各グループで活動がスタート。その柱のひとつとすべく、岩田さんが支援に力を入れたのは、手工芸品の製造・販売によってメンバーの収入向上を目指す活動だ。健康への不安によって安定した収入が得られる職に就くのが困難なHIV陽性者たちにとって、収入源の確保は課題のひとつだった。
 導入する商品として岩田さんが提案したのは、「チテンジ」と呼ばれる現地の伝統布を使った外国人観光客向けの手工芸品。実際につくられたのは、動物のぬいぐるみやポーチ、鍋敷き、ランチョンマットなどだ。岩田さんは製造方法の指導や販路開拓の支援を行った。

柄が多彩な伝統布のチテンジでつくった象やキリン、ロバなどのぬいぐるみ

手工芸品の製作に取り組む陽性者グループのメンバーと、その指導を行う岩田さん(左から2人目)

陽性者グループのなかには、メンバーから預金としてお金を集め、メンバーへの小口融資を行う「ビレッジバンク」を始めたところもあった。写真は、預金や通帳をしまう金庫を開け、預金や融資の手続きをしている様子


良い点をほめつつ、欠点を指摘する

 当初、手工芸品づくりに対するグループのメンバーたちの意欲は、決して高いものではなかった。「動物のぬいぐるみ」を筆頭に、岩田さんが提案する商品は、いずれもメンバーたちには「人に買ってもらえる」とは思えないものだったからだ。そんな彼らの意欲を引き出したのは、「売れる」という事実である。その実績を一刻も早く上げることが大切だと考えた岩田さんは、グループがつくった商品の質がまだ高くない時期から販路を開拓。チカンガワから車で1、2時間ほどの観光地や都市にある土産物店などで委託販売してもらったところ、外国人観光客に売れた。伝統布によって「現地感」が備わりつつ、かさばらない品物であることから、土産物に適しているようだった。
 とは言え、類似の商品を製造・販売している人はほかにもおり、売れ行きを上げるためには、やはり商品の質を高めていかなければならない。そこで次の課題となったのは、「もっと上手につくれるようになろう」という意欲をメンバーたちに持ってもらうことだった。
 岩田さんは当初、商品の製造技術に関して「改善すべきポイント」ばかりをメンバーたちに伝えた。すると、嫌気が差してグループを離れてしまうメンバーが現れてしまった。そこで、「出来栄えの良い点をほめつつ、併せて改善点を指摘する」という方法に変更。するとメンバーたちは、改善に意欲的になっていく。そうして上達が実感できるようになると、彼らは手仕事自体の楽しさに目覚め、技術の向上にますます強い意欲を見せるようになった。
 商品の質が向上するのに伴い、岩田さんは販路の拡大に向け奔走。最終的に、国内の計12カ所の土産物店などで扱ってもらえるようになった。上った利益は農作物の種や肥料の共同購入の費用にも回し、ジャガイモやマメなどの共同生産にも取り組むようになった。
 岩田さんは任期中、陽性者グループ以外にもチテンジを使った手工芸品の製造・販売を勧めた相手がいた。地域の酒場で働く性産業従事者たちだ。しかし、彼女たちから取り組む意欲を引き出すのは難しかった。HIVへの感染のリスクが高い性産業から抜け出したいという希望は高いものの、おしなべて集中力を長い時間持続させることが苦手で、手工芸品を完成させることが困難だったのだ。一方、農業のようにすぐに収入に結びつかないような仕事も、意欲を持ってもらうことができない。そうしたなか、彼女たちにはどのようなタイプの作業が向いているかがようやく見えたのは、岩田さんの任期の終わりが近づいたころだった。ドーナツや菓子パンの製造・販売である。性産業従事者たちにつくり方を教えてみたところ、一部がこれを継続。なかには、「中等学校への復学」という目標を立てて、この仕事に本腰を入れ始める人も見られたのだった。

岩田さんの事例のPoint

まずは売ってみる
物の製造・販売に初めて挑戦する人にとって、「自分がつくった物が売れる」という喜びこそ、製造技術をさらに高めようという意欲の元となる。「まだ製品の質が高くない時期であっても、試しに売ってみる」というのも、ひとつの手だろう。

知られざるストーリー