東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会と
青年海外協力隊

話=久木留 毅さん(専修大学教授/日本スポーツ振興センター・ハイパフォーマンス戦略部部長/国立スポーツ科学センター・センター長)

久木留さん

 1964年に東京オリンピックが開催され、その開催に向けて1961年に「スポーツ振興法」ができました。その後2011年、スポーツ振興法を50年ぶりに全部改正し「スポーツ基本法」が成立されました。2つのコンセプトの違いは簡単に言うと、「Development of Sport」から「Development through Sport」に変わったことです。1961年はまだ「スポーツとはなんぞや」と言われていた時代で、スポーツ自体が開発途中でした。
 50年が経ち、スポーツの捉え方にも変化が起こります。スポーツを通して人に、社会に、世界に、さまざまな社会的な課題に対して何ができるのかが問われています。課題大国日本といわれているように、多くの課題があるなかで、「スポーツを通して課題を解決していこう」ということが、「スポーツ基本法」の理念で明確になったのです。現在、その象徴ともいえるのが、「ESG(環境、社会、企業統治)」に基づく「SDGs(持続可能な開発目標)」の考え方です。これらに取り組んでいない組織は、存続が危ぶまれるとも言われています。
 協力隊は東京オリンピックの翌年、1965年に発足し、初代からスポーツ隊員を派遣してきました。私が協力隊に参加したシリア・アラブ共和国に派遣された1993年にも「スポーツで開発途上国に何ができるだろうか」という考え方はありましたが、ムーブメントにはなっていませんでした。それが27年経ち、スポーツの基本理念が協力隊の考えに追いついてきました。協力隊事業は先見の明があって、時代に先駆けて私たちは活動してきたと感じます。実際にはスポーツが途上国に果たす役割は昔も今も大きな変化はありません。しかし、社会がスポーツを通した開発に目覚めたなかで、途上国で果たせる役割はさらに大きくなっていると感じています。その役割とは何か。私は、スポーツは社会のエコシステムになれると思っています。ある地域に生息する生き物や植物が互いに依存しながら生態を維持する関係のように、スポーツを通して教育や地域経済の発展、健康の維持など社会にさまざまな恩恵を与えることができる、スポーツにはそういった可能性があります。

東京2020のレガシーを育む力に

 東京2020に向けて、指導者やコーチ、東京2020大会組織委員会や関係団体、ホストタウンとなった自治体などで働く協力隊OB・OGがいます。今後大会ボランティアやホストタウンのボランティアとして数多くの協力隊OB・OGが活躍することでしょう。それぞれが協力隊経験で身につけた語学力やネットワークなどを生かして活躍しています。そのなかでも異文化での経験は、東京2020以降もスポーツを通じた開発が発展するために期待される力であると考えています。
 協力隊の2年間は言葉、宗教観、風土が違うなかでの生活で強いストレスを感じます。それに耐えながらも現地に馴染むという体験はものすごく貴重です。ときに援助慣れなどを目にし、本当に協力活動が必要なのかと葛藤しますが、留学と違い協力隊は自分の能力を使って現地に赴き挑戦するものです。だからこそできる限り挑戦し、一過性の支援にしないことが大事だと身を持って理解します。
 ESGやSDGsの考え方に基づくと、協力隊経験者は持続可能な社会づくりに必要な能力を得て帰国すると言えるでしょう。しかし、その能力を生かすシステムが機能しているとは言い難い状況です。現在、アスリートには「デュアルキャリア」という考え方があり、アスリートと人としての2つのキャリアを同時に考えていきましょう、というものです。これは協力隊員や東京2020にかかわって働く人にも必要だと感じています。大事なのはロールモデルを増やすことです。また、一般社会でも活躍できるアスリートや協力隊員を育成することが重要になります。私たちの世代は協力隊からの帰国後は自助努力するしかありませんでしたが、個々の力だけでは組織としての持続性は失われてしまいます。そうならないためにも協力隊経験を有効活用できる仕組みを国やJICAにつくってもらいたいと思います。
 協力隊経験と同じように東京2020は通過点であり、重要なのは社会に何を残せるのかです。東京2020用に新設した施設をどう活用するのか、構築されたネットワークをどう利用するのか。その課題解決に、協力隊経験で得た持続可能性へ配慮する力とネットワークを活用する力を役立ててほしいと思っています。例えば、協力隊経験のある教員が連携して、各地域の学校の授業で東京2020の参加国の話をすることや、教育機関とJICAが手を組んで新たなつながりができた国と友好関係を結ぶなど、東京2020をひとつの機会としてそれぞれがアクションを起こせるのではないでしょうか。協力隊員の持つ可能性を活用して、東京2020のレガシーをつくる一助となり、社会課題の解決を推進する力になっていくことを期待しています。

くきどめ・たけし ● 1965年生まれ、和歌山県出身。元協力隊員(シリア・レスリング・1993年度2次隊)。専修大学教授、博士(スポーツ医学)。専門は高度競技マネジメント(スポーツ情報戦略、スポーツ政策)、スポーツ医・科学(トップスポーツのコンディショニング)。元(公財)日本オリンピック委員会情報戦略部門・部門長。クロスアポイント制度(文科省と経産省)により日本スポーツ振興センターへ在籍出向中。著書に『Think Ahead〜トップスポーツから学ぶプロジェクト思考〜』(生産性出版、2015年)『英国における拠点大学のスポーツ戦略〜ラフバラ大学と国際スポーツ組織の動向について〜』(専修大学出版局、2015年)。共著に『スポーツと国際協力〜スポーツに秘められた豊かな可能性〜』(大修館書店、2015年)など。

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