教材や治療器具を同僚たちとともに手づくり

飯塚和大さん(ベトナム・作業療法士・2016年度4次隊)の事例

リハビリテーション専門の病院で作業療法部門のレベルアップを支援した飯塚さん。専門性が低く、作業療法に関心の薄かった同僚たちの意欲を刺激したのは、現地で入手可能な材料で教材や治療器具などを手づくりする作業だ。

飯塚さん基礎情報





【PROFILE】
1988年生まれ、静岡県出身。専門学校で作業療法士の免許を取得した後、脳神経外科病院に7年間勤務。2017年4月に協力隊員としてベトナムに赴任。19年4月に帰国。

【活動概要】
タインホア中央療養リハビリテーション病院(タインホア省サムソン市)に配属され、主に以下の活動に従事。
●患者の治療
●同僚への技術指導
●体の模型や治療器具、自助具の製作


 飯塚さんが配属されたタインホア中央療養リハビリテーション病院は、人口約15万人のタインホア省サムソン市におけるリハビリの基幹病院。病床数が約300床という規模で、飯塚さんが所属した作業療法部門の患者は1日平均60人程度だった。ベトナム人の作業療法士は2人の女性。彼女たちは3年制の専門学校で理学療法を学んでいたが、作業療法については3カ月の研修を受けただけだった。そうしたなか、飯塚さんには一作業療法士として患者の治療にあたりつつ、同僚たちへの技術指導も行うことが求められていた。

亜脱臼の仕組みを説明するためにつくった肩関節の模型

自作の指の模型

「解剖学」の知識不足に対して

 同僚たちとともに治療に携わるようになり、飯塚さんは彼らの技術にさまざまな課題を感じたが、そのひとつは「体」に関する知識の不足だ。例えば、脳梗塞の患者は肩が亜脱臼しやすいが、肩に付く筋肉のうち、どれが弱まって起こったかにより、亜脱臼の方向、引いては施すべき治療の方法が異なる。ところが、同僚たちは亜脱臼の方向にかかわらず、的外れな治療方法をとってしまっていた。「解剖学」を学んだ経験がないため、「皮膚の中」にある骨や筋肉の状態をイメージできないのだった。
 体の仕組みの細かな点を、慣れないベトナム語で伝えることは難しい。飯塚さんが指導の方法を見つけあぐねるなか、転機が訪れたのは赴任して3カ月ほど経ったころだ。配属先に一台の新しいパソコンが届いた。本体のコーナーを保護していた梱包用の発泡スチロールが、飯塚さんには「肩甲骨」に見えた。「ものづくり」が好きだった飯塚さんは、それを使って「肩の皮膚の中」が学べる模型をつくろうと閃いたのだった。
 目指したのは、単に骨を型どった模型でなく、亜脱臼の仕組みを可視化する模型である。発泡スチロールを削って肩関節の骨の形にしたうえで、色の異なる4つの輪ゴムを取り付け、肩に付く4種の筋肉を表現。実際の体と同じように、外すゴムによって関節の外れる方向が異なるようにした。手でいじりながら、亜脱臼の仕組みをじっくり確認することができる模型だ。
 飯塚さんはこの模型の製作を機に、現地で入手可能な材料を使って体の模型や治療器具、自助具(*1)をつくることに力を入れるようになった。市場に行くときなどは、「何かの材料に使えないか」を常に意識しながら商品を見物。そうしてつくったもの例は、次のとおり。
■「針金」で各関節の曲がり方を表現できるようにした「指」の模型
■「ペットボトルのキャップ」をペグ(杭)にしたペグボード(*2)
■「針金製ハンガー」と「ホース」でつくった、スプーンを扱うための自助具(手首が曲がらない患者が装着するもの)

*1 自助具…患者の障害の状態に合わせてつくる、生活上の動作を容易にするための道具。
*2 ペグボード…手指の巧緻性向上などを目的とした治療に使う器具のひとつで、ボードにある複数の穴に、ペグをつまんで差し込んでいくもの。

「ものづくりの協働」の効果

手づくりした治療器具の使い方を同僚(左)に確認してもらう飯塚さん

飯塚さんが同僚とともにつくった治療器具や自助具

ハンガーとホースでつくった自助具を使って食事の訓練に励む患者

 以上のように手づくりしたものを、飯塚さんは同僚への技術指導や患者の治療などに活用するだけでなく、製作自体を同僚たちとともに行うよう心がけた。慣れないベトナム語では、彼女たちとのコミュニケーションが思うようにいかないなか、「ものづくり」の協働がそれを補ってくれたからだ。製作の過程で、飯塚さんは彼女たちに専門知識を伝授。反対に、飯塚さんは専門用語のベトナム語表現をひとつひとつ教わるなど、双方向の学び合いをする格好のツールとなった。
「ものづくりの協働」にはもうひとつのメリットもあった。作業療法に対する同僚たちの意欲の向上につながった点だ。彼女たちには当初、専門性の薄い作業療法への意欲の低さが感じられた。患者の障害の状態、あるいは患者がどのような生活機能の獲得を望んでいるかについは把握しようともせず、どの患者にも画一的にマッサージだけを施して済ませていたのだ。そんな傾向に拍車を掛けたのが、飯塚さんの登場である。海外から専門性の高い作業療法士が来たということで、障害の重い患者などは医師が飯塚さんばかりに治療を任せるようになった。それにより、同僚たちの意欲はますます下がっていく様子だったのだ。
 そうしたなかで「ものづくりの協働」は、彼女たちに自分の「存在意義」を感じてもらうきっかけとなったのだ。「あなたたちがいたからこそ、こんなものがつくれた」。自尊心を刺激するそんなメッセージを、飯塚さんは事あるごとに彼女たちに伝えた。すると、彼女たちの患者への対応の姿勢が変わっていく。患者に「どのような生活機能の獲得を望んでいるか」を尋ねたうえで、「ひとりで着替えができるようになりたい」などと聞けば、その訓練に重きを置くなど、「患者ひとりひとりに応じた治療」を心がけるようになったのだ。

配属先外への波紋

自作の自助具を紹介する飯塚さんのFacebookページ

 現地で入手可能な材料で体の模型や治療器具、自助具をつくる方法について、飯塚さんは配属先外のベトナムの作業療法士にも参考にしてもらうよう努めた。情報の発信手段としたのは「Facebook」だ。調べたところ、同国では実に6割の国民が利用していることがわかったためである。
 飯塚さんは、実際につくった模型などの製作手順を短い動画にまとめ、自身のFacebookページで配信。すると、リハビリ分野で活動する他のベトナム隊員の紹介でページの存在を知った人だけでなく、何の縁もないベトナムのリハビリ職種の人からも、「私もつくってみました」というダイレクトメッセージが、つくったものの写真とともに送られてきたりしたのだった。飯塚さんのページに着目したベトナム人のなかには、同国中央政府で保健行政のトップを務める人もいた。彼は飯塚さんの活動の意義を理解し、自ら飯塚さんの配属先を訪問。活動に関するヒアリングをしてくれた。
 そうした飯塚さんの経験には後日談もある。帰国後、リハビリに関する日本の学会で前述の「肩の模型」の話を紹介したところ、途上国支援に取り組むNGOが、飯塚さんのアイデアの普及を活動に取り入れてくれるようになったのだ。

飯塚さんの活動のKEY POINT

コミュニケーションの方法は多様
リハビリ分野では、現地の言葉に慣れない赴任当初、専門用語を交えながら同僚に技術指導をすることは容易ではないだろう。そうしたなかで彼らとのコミュニケーションを深める手段となるのが、「言葉以外のコミュニケーション手段」。「ものづくりの協働」もそのひとつだ。

知られざるストーリー