「語学力」と「生徒間の学力差」という
2つの困難に対処 〜中等学校配属〜

市川志野さん(ザンビア・理科教育・2017年度1次隊)の事例

中等学校に配属され、生物と総合理科の授業を担当した市川さん。当初、「語学力」の壁に苦労したが、「生徒から生徒に説明させる」といった方法により対応していった。

市川さん基礎情報





【PROFILE】
1981年生まれ、京都府出身。大学の理学部で学んだ後、理科教員として中学校に8年間勤務。その間、JICA教師海外研修でザンビアを訪問。2017年7月、協力隊員として同国に赴任(現職教員特別参加制度)。19年3月に帰国し、復職。

【活動概要】
ブロードウェイ中等学校(中央州カブエ郡カブエ)に配属され、理科教育に関する主に以下の活動に従事。
●授業の実施
●現地で入手可能な物でできる観察・実験の器具の開発
●理科準備室の整備


 市川さんの配属先は、日本の中学2年生から高校3年生にあたる学年(第8学年から第12学年)で構成される中等学校。年度により入学を受け入れる生徒の人数に幅があり、60〜70人のクラスが各学年に2〜6ずつあった。着任当初から任されたのは、第10学年の1つのクラスで生物の授業を行うこと。着任の半年後には、第8学年の「総合理科」の授業も担当するようになった。「総合理科」とは、物理・化学・生物の初歩をまんべんなく教える科目だ。
 理科を担当していた同僚教員は5人。配属先では毎授業の前に「授業案」を作成し、学校に提出することが教員たちに義務付けられており、彼らは多忙を極めていた。そのため、理科教員たちの授業には「観察・実験が少ない」という課題が見られたものの、その解決に向けた研修などに付き合ってもらうのは難しく、市川さんの活動は一教員として授業をこなすことがメインとなった。

第8学年の生徒を対象とする研究授業で市川さんが行った水素を集める実験

水素を集める実験の手元

水素を集める実験では、ガラス管の代わりにストローを、試験管の栓にはビーチサンダルの切れ端を使った

「語学力の壁」への対処

 生物の授業を行ううえで市川さんが直面したのは「語学力の壁」だ。「計算」が重要な学習内容である物理や化学に比べ、生物は「暗記」が中心の科目。「細胞の各構成要素の働き」など、いくつもの複雑な事柄を生徒たちに理解させていかなければならない。ところが、着任当初は市川さん自身が英語による授業に不慣れだったうえ、英語が不得意な生徒もおり、言葉による説明で複雑な事柄を伝えるのは至難の技だった。
 市川さんがとった対策のひとつは、図などの視覚教材の多用である。例えば、「細胞」についての学習は複数回の授業にわたるため、その都度板書をする必要がないよう、細胞の構成要素などの絵は模造紙に描き、使い回せるようにした。
「語学力の壁」に対して市川さんがとったもうひとつの対策は、「できる生徒に説明を委ねる」という方法の導入だ。生徒たちの学力は差が大きく、市川さんが視覚教材を駆使しながら説明をしても、なかなか理解してもらえない生徒も少なくなかった。しかし、さらなるわかりやすい説明は市川さんの語学力では難しい。そこで、市川さんの説明で理解できた生徒に対し、ほかの生徒に対する重ねての説明を依頼してみた。すると、指名された生徒は現地語も交えながら懸命に説明。理解できていなかった生徒は興味を持って耳を傾け、より理解が進んだ。後述のように、市川さんは生物の授業で積極的に「観察・実験」を取り入れるようにしたが、その際も、「できる生徒」を言わば「助手」に指名し、ほかの生徒たちへの手順の説明を依頼。すると、市川さんが説明を行うときよりも生徒たちの手順の間違えが減るのだった。

観察・実験の積極的な導入

自作の光源装置。光を絞り込む筒をスマホにつけ、その光をビーカーの水に当てて屈折させることで光線をつくった

光を絞り込む筒をつけたスマホ

「生徒たちの間の学力差が大きい」という状況については、「観察・実験を多く取り入れる」という対策も有効だった。「できない生徒」は、座学の授業では集中力がすぐに途絶えてしまうが、観察・実験には興味津々に取り組んだからだ。特に顕著だったのは、8年生の「総合理科」の授業で行った化学の実験。たとえば、水素でつくったシャボン玉が上昇していく様子を見て、生徒たちは「先生はマジシャンですか!」などと歓声をあげるのだった。
 とは言え、配属先に観察・実験の器具や材料が十分に備わっているわけではなかった。同国の中等教育では、8年生と12年生が年度末に国家試験を受けることになっている。配属先にあった観察・実験の器具や材料は、国家試験で「定番」として出題される「ヨウ素デンプン反応」などごく限られた種類の観察・実験を行うのに必要なものだけだった。ビーカーやメスシリンダー、アルコールランプなどの器具、あるいは水酸化ナトリウムや塩酸、硫酸、ヨウ素液、エタノールなどの材料である。
 そうしたなか、市川さんは現地で手に入る物で観察・実験を行う方法を次々に考案。「顕微鏡」なども手づくりした。生物の授業では、植物の組織や微小生物について理解するのに顕微鏡観察が重要だが、配属先には接眼レンズが外れて使い物にならない顕微鏡が1台あるだけだった。そこで市川さんは、顕微鏡の部品の説明はその唯一の顕微鏡を用いて行ったものの、実際の観察にはペットボトルやビーズで手づくりする顕微鏡を使った。光の観察では、配属先に光源装置がなかったことから、同僚たちも使っていた「スマホ」の光をビーカーの水で屈折させて光線をつくる光源装置で代用した。

同僚教員たちへの働きかけ

観察・実験の器具や材料を「種類」や「使う頻度」により整頓するという市川さんの提案により改善された理科準備室の棚

 観察・実験について、市川さんは同僚の理科教員たちにも積極的に授業に取り入れてもらえるよう、働きかけてもみたが、苦戦した。ザンビアの理科の教科書には観察・実験の記載があったものの、同僚たちは実践経験が少ないため、国家試験で定番として出題される観察・実験にしか手を出そうとしないことがほとんどだった。市川さんは、準備に手間のかからない観察・実験に絞って紹介するよう努めた。口に風船を付けたフラスコを加熱し、温度による空気の膨張を確認する実験などだ。しかし、同僚たちには取り入れてはもらえない。市川さんが紹介する観察・実験に興味を示すのは、配属先が受け入れていた教育実習生ばかりという状態だった。
 それでも、任期の最終盤には変化のきざしが見られた。毎年その時期には、配属先で「研究授業」が行われることになっていたが、その年は引き受け手がなく、市川さんが教壇に立つ役を担当。8年生のクラスを対象に、水素を発生させ、その性質を調べる実験を行った。実施前、同僚からは「大学レベルの実験だ」といった批判の声もあった。しかし、市川さんは普段の授業でこのレベルの実験は生徒たちの力量を超えていないと確信していたことから、敢行。すると、生徒たちが意欲的にその実験に取り組み、やり遂げた。その姿を見たことで、市川さんの研究授業を見学した同僚たちの考えも変化。それまで市川さんが紹介する観察・実験に興味を示さなかった同僚までもが、「やり方を教えてほしい」とリクエストしてくるようになったのだ。

“顕微鏡”のつくり方

【用意するもの】
ペットボトル、透明のビーズやガラス、セロテープ、植物の葉

【実験道具】
(1)ペットボトルの蓋に穴を開ける。
(2)開けた穴に、3ミリくらいの透明のビーズをはめる。
(3)植物の葉の薄皮を剥がす。
(4)剥がした薄皮をセロテープで両面から貼る。
(5)(4)をペットボトルの口の所に置く。
(6)(2)でペットボトルの口を閉める。
(7)蓋から覗くと、ビーズの屈折で植物の葉が拡大されて見える。

手づくりの顕微鏡を覗く生徒

手づくりの顕微鏡で見た葉の細胞

知られざるストーリー