観察・実験書のダウンロードサイトを設け、
教員間の情報共有を促進 〜教育行政機関配属〜

福島未希さん(モンゴル・理科教育・2017年度2次隊)の事例

中高一貫校を巡回し、理科教育の質向上の支援に取り組んだ福島さん。現地の教員たちに「知識やアイデアを共有する」という意識が欠けていたなか、彼らの観察・実験書を集約・公開するダウンロードサイトを立ち上げた。

福島さん基礎情報





【PROFILE】
1984年生まれ、福岡県出身。大学卒業後、AICJ中学・高等学校に理科教員として勤務。2017年10月に協力隊員としてモンゴルに赴任(現職参加)。19年6月に帰国し、復職。

【活動概要】
ドンドゴビ県教育・文化局(ドンドゴビ県マンダラゴビ市)に配属され、理科教育に関する主に以下の活動に従事。
●授業の実施(現地教員との協働)
●観察・実験書の作成(現地教員との協働)
●現地教員を対象にしたセミナーの実施
●観察・実験書のダウンロードサイトの立ち上げ


 福島さんが配属されたドンドゴビ県教育・文化局は、県の教育行政を担う機関。求められていた活動は、配属先の管轄校を巡回し、理科教育の質向上を支援することだった。
 福島さんは配属先にとって初代の理科教育隊員。当初は何から手を付けて良いのかわからず、中高一貫校の1校に通い、理科授業を見学させてもらうことから活動をスタートさせた。その後まもなく、授業のなかで現地教員とともに「観察・実験」をさせてもらうようになる。当時、観察・実験は彼らがほとんど実践していないものだった。

「タバコの害」を理解するための実験に取り組む巡回先の中学生たち。ペットボトルの蓋に穴を開けてタバコを差し、ペットボトル内に煙を充満させた後、蓋を取って紙を当てて煙による着色の様子を観察するものだ

福島さんが配属先で行ったセミナーの受講者(左端)が、一緒に行った実験を他の学校の教員に紹介する様子

「巡回」「セミナー」の二本柱

 ようやく活動の方向性が見えるようになってきたのは、着任して3カ月ほど経ったころからだ。きっかけのひとつは、教育・文化局長からの依頼で実施したセミナーである。県内の中高一貫校で物理を担当している教員を対象に、実験の紹介を行った。受講者からは「自分の学校で手本となる授業をやってほしい」といったリクエストが寄せられ、観察・実験に対する現地教員たちの関心の高さが確認できた。
 活動の方向性を見出すもうひとつのきっかけとなったのは、当時通っていた学校の中学生を対象に行ったアンケート。「観察・実験をしてほしい」という要望が多かった。
 そうして、観察・実験の紹介を軸とする次のような活動スタイルを固めたのは、着任の約半年後のことである。
(1)県内の中高一貫校5校を巡回し、理科教員とともに観察・実験の授業を行う。彼らとは事前にかならずアイデアの相談、計画書にあたる「観察・実験書」の執筆、予行練習を行う。
(2)配属先で毎月1回、県内の中高一貫校から理科教員を集めてセミナーを開き、巡回先の教員たちに実際に行った観察・実験を紹介してもらう。
(3)セミナーの受講者には、学んだ観察・実験をそれぞれの配属校でほかの理科教員たちに紹介してもらう。
 いずれの巡回先も、観察・実験の器具や材料が十分にあるわけではなかった。ビーカーや試験管、アルコールランプなど基本的な器具はあったが、生徒数に比して数は不足。薬品などの材料は一切なく、教員が自腹で調達しなければならない状態だった。一方、現地教員たちは理科に関する知識は豊富だったが、「応用力」に欠けていた。観察・実験の器具や材料が足りないときに、現地で手に入る代用品を考えることが苦手だったのだ。
 そうしたなか、福島さんは巡回先の教員たちと観察・実験を行う際、計画の骨格は提供したが、それを現地で手に入る物でどう実現するかは、極力彼ら自身で考えてもらうよう心がけた。すると、「光の屈折」の実験でビーカーの代わりに透明なプラスチックのコップを使うなど、現地のスーパーで安価に手に入るような代用品を進んで考えるようになっていった。

課題は教員間の「情報の共有」

福島さんたちが立ち上げたダウンロードサイトの「物理」のページ

ダウンロードサイトのPRを目的に首都で開いたセミナーで、実験書をサイトで公開している実験を紹介する福島さん(右)

 福島さんが現地教員とともに観察・実験を行うようになってすぐに感じたのは、彼らに「教員間で情報を共有し、ともに成長する」という意識が薄いことだ。巡回先で現地教員とともに観察・実験を行っても、そこで伝えた知識やアイデアがほかの教員に広がっていかないのだった。そうした状況への対策のひとつとしたのが、前述の(2)と(3)のステップ。もうひとつが、(1)で「『観察・実験書』の執筆」を必須としたことだ。「記録」に残し、それを拡散することで、観察・実験の知識やアイデアの共有が進むと考えたのだった。
 最初に試みた拡散の方法はFacebook。現地の人たちがもっともよく利用しているSNSだった。物理、化学、生物のそれぞれについて県内の担当教員をメンバーとするFacebookグループを設け、現地教員とともにつくった観察・実験書のPDFを投稿していった。
 しかし、投稿数が増えるに従って利用しづらさが顕著になっていく。投稿された観察・実験書がひと目でわかるリストを表示することができないという問題だ。現地教員たちにアンケートをとると、「本」や「ダウンロードサイト」での拡散を希望する声が多かったが、前者は費用がかかる。そこで福島さんが探り始めたのは、後者で公開する道である。
 モンゴルでは当時、福島さん以外にも理科教育隊員が活動していた。彼らと相談した結果、それぞれが現地の教員とともに作成した観察・実験書をアップロードし、現地教員たちに自由にダウンロードしてもらえるモンゴル語のウェブサイトを立ち上げることとなる。コンピュータ技術隊員の協力を得て、無料で作成・維持できるサイトを立ち上げることができたのは、着任して1年ほど経ったころ。観察・実験書をアップロードする作業は隊員たちが担当。やがて、モンゴル全土の理科教員たちが利用するサイトとなっていった。
 観察・実験書の執筆について、当初は現地教員たちに積極的に取り組んでもらうことが難しかった。「手間だ」と渋る教員が少なくなかったのだ。土台は福島さんが執筆し、その手直しだけをしてもらう、あるいは配属先から執筆を呼びかけてもらう、といった方法も試してみた。しかし、たいした効果は見られなかった。
 そうしたなか、現地教員たちの姿勢が変わるきっかけとなったのが、Facebookやサイトでの公開だ。アップロードする観察・実験書には、それを書いた教員の名前を明記。すると、自分の実績が形として残り、かつモンゴル全土の教員たちにそれが知れ渡ることが、彼らの自尊心につながり、観察・実験書の執筆への意欲が高まっていったのだ。
 アップロードされる観察・実験書の数が増えれば、それに伴ってサイトの閲覧者も増加する。するとますます現地教員たちの執筆意欲は高まり、アップロード数の増加が加速する。そんな良いサイクルが生まれ、福島さんの任期が終わる時点で、アップロードされた観察・実験書は100を超え、サイトの閲覧者は1200人にのぼった。
 このサイトはその後、小学校教育隊員や障害児・者支援隊員などモンゴルの理科教育以外の隊員が現地の関係者に向けた資料を公開するページも増設。モンゴルの全隊員が協力して運営する体制となった。

“月の実験”

【用意するもの】
マーカー(黒、黄、青)、懐中電灯等、卓球ボール、マッチ箱とマッチ棒、紙、ピン

【実験道具】
(A)マッチ箱とマッチ棒、卓球ボールでつくる「月」([写真1]の右上)
(B)「人」と「月」の図([写真1]の左上)
(C)「地球」と「公転する月」の図([写真1]の下)

【実験手順】
(1)(B)の中心と(C)の中心をピンで固定する。
(2)懐中電灯で「太陽の光」を表現し、(A)を(C)の8つの「公転する月」の位置に移動させながら、それぞれの「月」の見え方を観察する。([写真2])

[写真1]“月の実験”の道具

[写真2]“月の実験”の要領

知られざるストーリー