中・高等学校教員の卵たちによる
観察・実験授業の現場実習を導入 〜教員養成校配属〜

田口耕平さん(ラオス・理科教育・2017年度1次隊)の事例

教員養成校の化学部門に配属された田口さん。学生たちが教員になったときに実践できるような観察・実験の指導が手薄だったなか、中学校や高校に赴いてその実習を行うプログラムを導入した。

田口さん基礎情報





【PROFILE】
1980年生まれ、東京都出身。明治大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。製薬会社勤務(営業職)を経て、高校教諭(理科・化学)を9年間務める。2017年6月に協力隊員としてラオスに赴任(現職教員特別参加制度)。19年3月に帰国し、復職。

【活動概要】
サバナケット教員養成校(サバナケット県カイソン・フォンヴィハーン郡)に配属され、化学に関する主に以下の活動に従事。
●観察・実験の支援
●教員を対象とする観察・実験の講習会の実施
●学生の実習活動の企画・支援


 田口さんの配属先は、ラオスに8校ある教員養成校のうちの1校。4年制の中・高等学校教員養成課程にある自然科学部化学科の一員として、教員の卵を対象とする化学の授業の質向上を支援することが、求められていた役目だった。同科には各学年に20、30人のクラスが2つずつあり、授業を回していた教員は5、6人。田口さんのカウンターパートとなったのは次の2人だ。
■田口さんと同じ三十代後半で、学事課に所属しながら化学の授業も担当していた男性教員(以下、Aさん)。
■二十代半ばの男性教員(以下、Bさん)。

課題は突き止めたものの

実験器具が入ったままの段ボールが山積みになっていた実験室を整理する同僚(左)と学生たち

学生たちに観察・実験の指導をする田口さん(左)

 田口さんが着任したのは、配属先の長期休暇の真っ只中。手始めに行ったのは、実験室のチェックだ。試験管やメスシリンダーなど基本的な器具は大量にあったものの、実験台の上に放置されており、使われている気配がなかった。また、やはり基本的な器具である二股試験管などがない一方で、外国から寄贈されたロータリーエバポレーター(*1)や分光光度計(*2)といった高価な器具があるなど、品揃えのアンバランスが顕著だった。
 長期休暇が明けると、Bさんとの協働が開始する。ともに実験室の整理に取り組む一方、彼の授業でともに観察・実験をさせてもらうようになった。協働を始めてすぐさま判明したのは、Bさんには理科の観察・実験に関する知識が決定的に不足しており、それまで授業ではほとんど実践していなかったことだ。ラオスの国立大学を卒業している優秀な人材だったが、日本では高校で学ぶ「中和滴定(*3)」すらできない状態だった。観察・実験についてどのような教育を受けてきたのかを尋ねたところ、高校までは通っていた学校に観察・実験の器具や材料が一切なく、初めて経験したのは大学3年生のときとのことだった。
 Bさんとの協働でもうひとつ明らかになったことがあった。配属先に、「学生たちが教鞭をとるようになったときに必要となる知識を教える」という意識がないことだ。配属先が教育目標としていたのは、学生の化学の知識を増すこと。「メスシリンダーは液体の体積を正確に量ることができる器具」といった知識は幅広く教えるが、中高生がそれらを使って行うような観察・実験を経験させることは皆無だった。
 田口さんは、化学科を統括するAさんに、「学生が教員になったときに実践できるような観察・実験をBさんにマスターさせたい」旨の相談をしてみた。しかし前向きに検討する様子は見られず、「そんなことよりも、高度な知識を伝えてほしい」と譲らないのだった。
 田口さんは、自分がAさんの立場に立ったときにどう考えるかを想像してみた。来たばかりの外国人に従来のやり方の変更を提案されても、それに伴うリスクを警戒するだろう——。そう感じた田口さんは、まずはAさんの要望に全力で応えることにした。そうして取り組んだことのひとつは、段ボールに入ったままになっていたロータリーエバポレーターや分光光度計のセッティング。それらは中学校や高校の授業で扱うものではなかったものの、「学生に学ばせたい」というAさんの要望があったため、実行した。
 Aさんの要望により行ったもうひとつの活動例は、近隣の中学校や高校の理科教員を対象に行ったセミナーの手伝いだ。アジア開発銀行が主催するもので、配属先の教員が講師となって観察・実験を紹介することが求められた。同僚たちに観察・実験を紹介する力が不足していたなか、田口さんは準備から当日の進行に至るまで、手厚いフォローを行った。

*1 ロータリーエバポレーター…減圧して固体や液体の蒸発を促進する器具。
*2 分光光度計…「紫外線」など光の波長ごとに当たる対象の吸光率を測定する器具。
*3 中和滴定…濃度がわかっている塩基や酸を加え、中和させることで酸や塩基の濃度を調べること。

観察・実験の実習を創設

中高生に観察・実験の指導をする学生(左)

学生たちが中学校や高校での観察・実験授業の実習で利用した、手順を解説する自作のポスター

 Aさんの要望に従った活動をひとつひとつ真摯にこなすうちに、田口さんの人間性や実力に対するAさんの信頼は徐々に増していく。そうしてようやく田口さんの提案に耳を傾けてもらえるようになったのは、着任して1年ほど経ったころだ。学生たちに観察・実験の授業の「実習」をさせる次のようなプログラムの導入をAさんに提案したところ、受け入れてもらうことができたのだ。
(1)田口さんがまず、現地の市場で安く買える材料だけででき、かつ中高生が楽しめるような観察・実験を20個考案。考案した観察・実験の概要はBさんにも伝える。
(2)「本当にラオスでできるかどうか」などを基準に、20個のなかから12個を学生たちに選んでもらう。
(3)選ばれた12個を、授業のなかで学生たちに説明する。その際、使う材料の分量など細かな情報は伝えない。
(4)学生たちを5、6人ずつのグループに分け、12個の観察・実験についてそれぞれ数回にわたる予備実験をさせる。そのなかで、使う材料の分量や手順の詳細などを自分たちで確認・検討させる。その後、学生たちに12個のそれぞれについて手順をわかりやすくポスターにまとめさせる。
(5)学生が近隣の中学校や高校に赴き、自作のポスターを活用しながら観察・実験を行う授業を実践する。
 このプログラムの対象とした学生は、4年生の約50人。実際に行った観察・実験は、ラオスが麺料理の豊かな国であることを踏まえて考案した、麺を使って水溶液の性質を調べる実験などだ。実習先は、Aさんが開拓してくれた5校。
 実習後、学生にとったアンケートでは、「観察・実験ができるようになった」「教員になったら観察・実験を実践したい」という回答が8割超にのぼった。なかには、その後に行われた教育実習の際に早速実践する学生もいた。一方、このプログラムに対するBさんやAさんの評価も高く、田口さんの帰国後も配属先で継続されている。
 その後、田口さんはこのプログラムを配属先以外でも取り入れてもらいたいと考え、そのための策も打った。12個の観察・実験の手順について学生がまとめた「観察・実験書」を現地語で冊子にまとめ、国立大学の教育学部や全国の教員養成校などに配布。また、全国の教員養成校の教員が集まる理数科教育分野の学会でもプログラムの詳細を報告。他の教員養成校の教員のなかにも興味を持つ人がいることを確認したうえで、帰国の途に就くことができた。

“ラオス版・水溶液の性質実験”

【用意するもの】
ムラサキキャベツ、包丁、鍋、コンロ、米粉の麺、レモン、重曹、水

【実験手順】
(1)ムラサキキャベツを半分に切り、鍋の水に入れて紫色が抜けるまで煮る。([写真A]の上)
(2)ムラサキキャベツを取り出し、麺を入れて紫色に染まるまで煮る。([写真A]の下)
(3)麺を取り出し、レモン汁(酸性)、重曹(アルカリ性)、水(中性)をかけて、それぞれ色がどう変化するかを見る。([写真B])

[写真A]

[写真B]

知られざるストーリー