障害児・者支援隊員の活動から
知的障害児への接し方を会得

古宮將太さん(ヨルダン・理学療法士・2017年度2次隊)の事例

高齢者への理学療法に携わってきた古宮さんが配属されたのは、知的障害児の通所施設。「小児」や「知的障害」のケースへの対応方法については、障害児・者支援隊員がヒントを与えてくれた。

古宮さん基礎情報





【PROFILE】
1991年生まれ、千葉県出身。専門学校卒業後、病院に理学療法士として勤務。2017年9月、協力隊員としてヨルダンに赴任。19年9月に帰国。

【活動概要】
知的障害児の通所施設に配属され、主に以下の活動に従事。
●利用者への理学療法の実施と家族指導
●地域の障害児・者を対象とする訪問リハビリの実施
●利用者を対象とするアクティビティの実施(障害児・者支援隊員との協働)


古宮さんと利用者たち

 古宮さんが配属されたのは、知的障害児に特別支援教育とリハビリを行う通所施設。利用者は自閉症やダウン症、脳性麻痺などの子どもで、人数は常時40人ほどだった。古宮さんに求められていた役割は、リハビリ部門のレベルアップを支援すること。着任当時、同部門にいたスタッフは2人で、いずれも専門教育は受けていなかったが、かつて理学療法士にOJTで技術を学んだとのことだった。


派遣前に得た恩師の教え

 古宮さんが派遣前に理学療法士として働いていたのは、高齢者ばかりが利用する温泉病院。「小児」や「知的障害」の患者への理学療法は経験がなかった。協力隊の選考試験に合格し、知的障害児への理学療法に携わることがわかるとすぐさま、足りない専門知識の習得を始める。参考書にもあたってみたが、重要なことを教わったのは、母校の専門学校の恩師だ。小児と高齢者、障害者と健常者など、対象が違っても理学療法の根本は一緒である。理学療法の技術は実務に携わるなかで磨いていくものであり、現地に行ってからの勉強のほうが大事だ——。そんなアドバイスによって古宮さんを落ち着かせ、「現場に向き合う」という、理学療法士としてもっとも大切な姿勢を再認識させてくれたのだった。
 恩師の教えがあったことから、「小児」や「知的障害」について事前に根詰めて勉強することはやめ、代わりにそれまで自分が積んできた理学療法の経験を振り返ることに力を入れた。「自分が持つ技術を最大限に生かす」という意識で現場に向き合おうと考えたからだ。そうして、「高齢者への理学療法で『認知症』や『高次脳機能障害』に対応してきた経験は、『知的障害』に対応する際に役立つかもしれない」といった具合に、自分が持つ技術の価値をひとつひとつ確認していった。
 小児への対応方法を学ぶためにリハビリ施設で受けた技術補完研修では、後述のとおり、小児を専門とする理学療法士たちが働く様子を見学できたことが、もっとも大きな収穫だった。

平行棒で歩行訓練に取り組む脳性麻痺の女児

おもちゃを使った訓練に取り組む脳性麻痺の男児

配属先にふんだんにあったおもちゃ

「小児」への対応方法

 赴任すると、「対象が違っても理学療法の根本は一緒だ」という恩師の教えはそのとおりだと感じた。しかし、理学療法のやり方の細部については、対象ごとにポイントが異なるとも感じた。小児への理学療法に特有なのは、「おもちゃ」が重要な道具となる点だ。配属先には、外国から寄贈された既製品のおもちゃが数多くあった。それを見て思い出したのは、技術補完研修を受けた施設で行われていた小児への理学療法。おもちゃ遊びを通じた治療に大半の時間が割かれていた。一方、配属先の同僚たちは、おもちゃを一向に活用していなかった。そこで古宮さんは、配属先にあるおもちゃのひとつひとつについて、どのような身体機能の訓練に活用できるかを考え出すことに注力。そうして実際におもちゃ遊びをさせてみると、その遊びへの興味の度合いによって、子どもたちの集中力の持続度合いも異なってくることがわかってくるのだった。
 そこで古宮さんは、子どもたちを注意深く観察し、それぞれどのようなおもちゃ遊びに興味を持っているかを見極めることに力を入れるようになる。そうして、「子どもの興味を見定め、それぞれに合ったおもちゃ遊びで治療を行う」という小児への理学療法の骨格が見えてくると、それを実践し、同僚たちに伝えるようになっていった。

「知的障害」への対応方法

はしご状の手すりを付けて子どもでも歩行訓練に使えるようにしたランニングマシーン

「知的障害」への適切な対応方法については、着任以来、暗中模索が続いた。最大の困難は、子どもたちとの意思疎通が容易でなく、行動が予測できない点だ。たとえば、平行棒を使った歩行訓練をさせると、歩くスピードをどんどん速めてしまう子がいたが、口頭で静止させるのは難しかった。
 そうした状況への対応方法について参考になったのは、同僚たちの「経験値」だ。たとえば、彼女たちが歩行訓練に使っていたのは、配属先に置かれていた大人用のランニングマシーン。そこにどのような背丈の子どもでもつかまれるようなはしご状の手すりを据え付け、それぞれの子どもに応じたスピードに設定して歩かせていたのだ。乱暴なやり方だとは感じたが、同僚たちが経験を通じて編み出したひとつの工夫だと考え、古宮さんも取り入れるようになった。
「知的障害」への対応方法についてとりわけ勉強になったのは、任期の半ばに配属先の特別支援教育部門に着任した障害児・者支援隊員(以下、Aさん)の振る舞いだ。オリジナルのおもちゃを次々に手づくりしては、アクティビティに取り入れる。振ると音が出るペットボトル製のマラカスや、同じくペットボトル製のボウリングピンなどだ。「おもちゃならたくさんあるのに、なぜわざわざ手づくりを?」と尋ねると、「こういうおもちゃのほうが、子どもたちにはより楽しいはず」と言う。そこで古宮さんが理解したのは、「どうすれば対象者により楽しいと感じてもらえるか」を追求することが、知的障害児の支援に携わる際にもっとも重要であるということだ。そうして古宮さんは任期の後半、Aさんが行うアクティビティの手伝いなどを通じて、知的障害児に対する支援方法への理解を深めながら、自身の活動を進めるようになった。
 Aさんとかかわるようになった後に古宮さんが後悔したのは、専門性の異なる隊員の知恵をもっと積極的に借りておけば良かったということだ。古宮さんはそれまで、ヨルダン国内の移動が手間だったこともあり、他隊員の活動現場に足を運び、見学させてもらうということがほとんどなかった。また、他国で活動する同期隊員に活動に関する相談をしたこともなかった。それを任期の早い段階からやっていれば、「小児」や「知的障害」という自分の専門外の事柄について、より豊かな情報が得られたに違いないと悔やまれたのだった。

知られざるストーリー