任期前半に蓄えた音楽の知識で
任期後半に音楽授業を実施

鈴木まほろさん(ケニア・青少年活動・2017年度2次隊)の事例

犯罪を犯した少女の保護観察施設に配属された鈴木さん。自身が持つ専門性は「美術」と「更生教育」だったが、着任後にウェブを活用して「リコーダー」を習得。音楽の授業を立ち上げるに至った。

鈴木さん基礎情報





【PROFILE】
1981年生まれ、神奈川県出身。日本の大学で美術を、ケンブリッジ大学大学院修士課程で考古学を学ぶ。民間企業勤務等を経て、法務省関東地方更生保護委員会に採用され、保護観察所等に保護観察官として勤務。2017年10月、協力隊員としてケニアに赴任(現職参加)。 19年6月に帰国。

【活動概要】
犯罪を犯した少女を保護観察するナクル女子保護観察宿舎(リフトバレー州ナクル県)に配属され、主に以下の活動に従事。
●美術、音楽、ダンス、手工芸などの授業の実施
●各種イベントの開催


 鈴木さんの配属先は、保護観察を目的に犯罪を犯した少女を受け入れる宿舎。収容人数は常時20人程度という規模だった。学校に通う子どもは食事や寝泊りだけをするが、通っていない子には毎日、洋裁などの職業教育や識字教育、宗教教育など、更生・自立に向けた授業が行われる。マネージャー以外の常勤スタッフは寮母や寮の料理人などだけで、授業は外部の専門家が非常勤で担当していた。そうしたなかで鈴木さんに求められていたのは、毎日午後の2時から4時までの授業枠を使って、ほかの授業で扱われていない分野の教育を行うことだった。

任期前半の「下ごしらえ」

美術の授業の作品例。石にアフリカ各国の国旗の柄を描いた

美術の授業に取り組む入所者たち

 鈴木さんの派遣前の職業は保護観察官だが、大学や大学院で専攻したのは「美術」。芸術作品の創作を通して心身の成長を図る「アートセラピー」のファシリテーションを学んだこともあった。そこで、着任するとまずは「美術」の授業を開始する。つくった作品について互いに良い点だけを指摘し合うことで、自他ともに大切にする姿勢を身につける、アートセラピーの要素を取り入れた授業だ。
 着任してまもないころ、試しに音楽の授業をやってみたこともあった。音楽教育は鈴木さんの専門外だったが、配属先には前任の隊員が集めたソプラノリコーダーや鍵盤ハーモニカがいくつかあったからだ。しかし、早々に継続を断念する。授業を受ける少女たちの多くは学校に通ったことがないため、「集団行動」が苦手であり、好き勝手に音を鳴らし続ける「カオス状態」になってしまうのだった。
 音楽授業の再開を考え始めたのは、着任して半年ほど経ったころだ。配属先にあったソプラノリコーダーを持ち帰り、練習するようになった。鈴木さんは子どものころにピアノを習ったことがあったため、鍵盤ハーモニカの演奏は問題なくできたが、リコーダーは中学生のときのレベルで止まったままだったからだ。活用したのは「インターネット」。自宅では、通信量の上限がない接続契約をしていたため、インターネットの利用に不自由はなかった。最初に参考にしたのは、リコーダーのあらましを解説するサイト。指づかいが異なる「イギリス式」と「ドイツ式」があることなど、基礎的な知識をそれらで学んだ。その後、YouTubeの投稿やダウンロードで購入したアルバムなどでプロの演奏を確認したうえで、練習を開始する。
 リコーダーの演奏に楽しさを感じるようになった鈴木さんは、任期の半ばに一時帰国した際、音が良い木製のアルトリコーダー1本とその教則本を購入。家族や友人からは、授業で少女たちが使うためのアルトリコーダーとソプラノリコーダー数本ずつを譲ってもらった。
 ケニアに戻ると、アルトリコーダーの腕を磨くべく、インターネットで受けられる無料の講座を受講する。送られてきた楽譜と手本の録音データを参考に課題曲を練習し、演奏を録音したデータを送ると、感想や改善点の指摘を書いたメールが送られてくる——。そんなやりとりを3回繰り返す講座だ。

「協調性の獲得」を目的に

音楽の授業の様子

配属先内の文化祭で鍵盤ハーモニカの合奏を披露する入所者たち

「リコーダーの腕がずいぶん上達した」と感じ始めるのと時を同じくして、音楽授業の再開を後押しする出会いがあった。地域の子どもたちを対象に音楽教室を開いていた日本人女性(以下、Aさん)だ。配属先には宗教教育の授業をするために近所の教会の牧師などが定期的にやって来たが、Aさんはその教会の会員だった。彼女に音楽授業の件を相談すると、「都合がつくときは参加する」と協力を申し出てくれたのだ。そうして鈴木さんが再び音楽の授業を始めたのは、着任して1年ほど経ったころである。
 まずはリコーダーより習得がやさしい鍵盤ハーモニカの指導から入り、やがてリコーダーの指導へと移っていった。その最初の練習曲に選んだのは、少ない指だけで演奏できる『メリーさんのひつじ』だ。小学校教員向けに音楽授業の進め方を解説する日本のウェブサイトを参考に、鈴木さん自身が選曲。インターネットを活用した任期前半の独学によってリコーダー指導の要領を把握できていたことで、着任当初のように「カオス状態」に陥ることなく授業を進めることができた。
『メリーさんのひつじ』を少女たちがマスターすると、彼女たちが知っている曲をAさんに挙げてもらい、それらを中心に指導するようになった。ケニアの国歌や、現地の教会でよく歌われている曲などだ。鍵盤ハーモニカの指導でも、同様に練習曲の幅を広げていった。
 音楽の授業で鈴木さんが目指したのは、少女たちに「協調性」を身につけさせることだ。そのため、アルトリコーダーとソプラノリコーダーのデュエットに挑戦させたりもした。当初は、上手に吹ける子が相手を待たずに勝手に吹き進めてしまったり、相手に苛立って喧嘩を始めてしまったりといったこともあったが、鈴木さんは粘り強く声かけをし、協力を促した。
 協調性を養ううえで格好の機会となったのは、配属先内で行われた「文化祭」だ。音楽の授業を再開して2カ月ほど経った時期と、それからさらに半年ほど経った時期の2回、少女たちは数人ずつのグループに分かれて鍵盤ハーモニカの合奏を披露した。「犯罪を犯した子どもたちの施設」という配属先の性格上、外部の人を広く呼ぶわけにはいかず、聴衆は協力隊員などJICAの関係者に限られたが、文化祭での発表に向けたグループごとの練習が、少女たちにとってはやはり協調性を鍛える場となったのだった。
 任期終了時に鈴木さんとAさんが音楽の授業を振り返った際、一致した感想だったのは、「少女たちが音楽の授業を通じて成長した」というものだ。たとえば、彼女たちは当初、使ったリコーダーを使いっぱなしにしていた。しかし、次にそれを使う人のために授業の終わりに口を付ける部分を洗うようになるなど、「他者」のことを考える姿勢が次第に見られるようになっていったのだ。

知られざるストーリー