経営管理のディテールについて
前職の同僚たちに情報提供を依頼

山本康博さん(シニア海外ボランティア/アルゼンチン・経営管理・2017年度2次隊)の事例

経営管理の技術支援を行う機関に配属された山本さん。銀行勤務で得た幅広い知識は有用だったが、技術の指導に必要な細かな知識は随時、前職の同僚たちから仕入れた。

山本さん基礎情報





【PROFILE】
1964年生まれ、山口県出身。大学卒業後、銀行に30年間勤務。中小企業の診断・支援・ファイナンスを主体とする法人営業に携わる。2017年9月、シニア海外ボランティアとしてアルゼンチンに赴任。19年9月に帰国。

【活動概要】
国立工業技術院の出先機関のひとつであるサルタセンター(サルタ州サルタ市)に配属され、主に以下の活動に従事。
●企業を対象とする経営管理の技術指導
●5Sの企業間コンペの支援
●大学や地方自治体、組合等における経営管理等のセミナーの開催

※派遣名称は派遣当時のものです。


 山本さんが配属された国立工業技術院のサルタセンターは、サルタ州内の企業を対象に「経営管理」の技術指導を行う機関。同院が全国16カ所に有する同種の機関のひとつだ。同僚は3人。彼らの技術レベルの底上げに向け、指導・助言を行うことが、求められていた役割だった。
「経営管理」は企業を合理的に運営することを意味するが、具体的には、企業全体の効率性を管理する「全般管理」と、「生産管理」「品質管理」「財務管理」「人事管理」など各部門の効率性を管理する「部門管理」との両輪で進められる。一方、配属先が管轄する地域にはさまざまな業種の企業が存在。以上のような事情から、山本さんの活動では幅広い「部門」と「業種」への理解が必要だったが、その点、日本で積んだ経験が役に立った。山本さんの前職は銀行の法人営業。融資するかどうかを決めるために企業を評価する際は、各部門の状態をくまなくチェック。また、担当する企業は製造や流通、教育など、業種を問わなかったからだ。

経営管理の指導をするために飲料メーカーのオレンジジュース工場を視察する山本さん(中央)

山本さんが5Sの指導を行い、整頓が行き届くようになった家具メーカーの工場

うろ覚えの知識の補強

日本の前職の同僚から得た情報をもとに山本さんが作成した「受注引渡管理表」のサンプル

 山本さんの活動の基本スタイルは、同僚のいずれかとともに企業を回って現状の聞き取りを行い、支援の希望があった企業は以後、週に1、2度のペースで訪問し、それぞれの課題に応じた指導を行うというもの。1年目はサルタ州内の企業約10社を回り、もっとも長いケースで半年ほどにわたって支援を続けた。その主な内容は、各種部門管理の改善策の提案、全般管理にあたる「5S活動」や「目標管理」の導入支援などだ。その成果に対する国立工業技術院の評価が高く、2年目は要望を受けて他州の約30社を回り、主に現状の聞き取りや診断を行った。
 山本さんに幅広い「部門」や「業種」への理解があったとは言え、いずれについても「専門家」と言えるレベルではなかった。そのため、自分の記憶だけでは正確で詳細な指導をすることが難しいケースもあった。そうした局面で山本さんが頼ったのは、前職の同僚だった日本の銀行員たちだ。
 彼らの助力を得た局面のひとつは、電気部品の専門商社を相手に「販売管理」の一部である「納期管理」の改善策を提案した際だ。卸し先は国内のメーカーだったが、アルゼンチンは日本の8倍ほどの広い面積を持つ国であり、客の満足が得られるような納期をどう実現していくかが、経営者の悩みだった。
 山本さんは、前職で営業を担当した商社や問屋のなかに、「受注日」や「納品日」などを記す「受注引渡管理表」とも呼ぶべきものをつくり、納期管理に活用しているところがあったのを思い出した。しかし、その詳細についてはうろ覚えだった。そこで山本さんは、前職の同僚だった現役の銀行員たちにメールで相談。受注引渡管理表が彼らの手元にあるかもしれないと考えたからだ。すると、守秘義務の都合から、特定の企業が実際に使っている表を送ってもらうことはできなかったが、一般的にどのような項目を設けているかを教えてもらうことができた。その情報をもとに、山本さんはオリジナルの受注引渡管理表を作成し、指導対象の商社に提供。「商品の種類と個数」「受注日」「納品日」「受注から納品までにかかった日数」「満足度が読み取れる客からのコメント」などを記載するものだ。

肝要なのは関係性づくり

日本の前職の同僚から得た情報をもとに山本さんが作成した「週間行動計画表」のサンプル。商社が抱えていた「営業職が社外で何をやっているのか把握できない」という課題を解決するために活用を勧めたものだ

 前職の同僚たちの力を借りたもうひとつの局面は、惣菜店に「財務管理」の改善策を提案した際だ。アルゼンチンの食事が「肉」に偏りがちであるなか、野菜を中心とする惣菜で「健康」を売りにし、急成長を遂げている企業だった。健康相談に応じる栄養士を店舗に常駐させるなど、経営者の女性は発想力の光る人物だったが、「お金」へのこだわりが薄いのが難点だった。「財務の状況をちょっと見てほしい」と言われ、帳簿をチェックすると、「売掛」での販売の多さが顕著だった。様子をうかがうと、回収できないままになってしまうこともたびたび発生しているようだった。
 この企業を支援するにあたって山本さんが思い起こしたのは、銀行が法人への融資の金利を決める際に行う「財務分析」の方法だ。山本さんが勤めていた銀行では、「安全性」「収益性」「効率性」の3大指標について、「売掛金回転期間」(売掛金を回収するまでにかかっている期間)など下位の細かな指標によって採点し、格付けをしていた。しかし、財務分析に関して営業担当者が実務上行う作業は、下位の指標に関する数値を拾うことのみ。判定結果は専門の部署が弾き出す分業システムになっていた。そのため、山本さんは下位の指標と3大指標との対応関係については記憶があいまいだった。そこで、やはり前職の同僚たちにメールで相談。そうして提供してもらった詳細な情報をもとに、売掛金回転期間の理想的な数値などを含め、財務に関して経営者が把握しておくべき事柄について、惣菜店に正確でわかりやすい説明をすることができたのだった。
 以上のように、前職の同僚たちの助けで自分の知識不足を補うことができた山本さんだったが、その経験を振り返って実感しているのは、助っ人となってもらえるような人との「関係づくり」の大切さだ。
 山本さんは、子育てがひと段落したのを機に、勤務していた銀行を早期退職して協力隊に参加。今まで積んできた経験を土台に、日本のメソッドを必要とする国の人々に伝えたい——。そんな強い思いがあったからだ。退職するときには、法人営業の同じチームで苦楽をともにしてきた同僚たちと酒を飲み交わし、協力隊参加への思いを伝えた。すると彼らは、「そういうことであれば、必要になったら力になるよ」と言って送り出してくれたのだった。赴任後も、LINEを使ってしばしば近況を報告。そうした関係づくりがあったからこそ、現役の銀行員として激務をこなす彼らが、手間を惜しまずに情報の提供をしてくれたのだと、山本さんは感じている。

知られざるストーリー