「表面」の問題だけでなく、
「背景」にも目を向ける

春日井里菜さん(モンゴル・幼児教育・2017年度2次隊)の事例

幼稚園に配属され、保育の充実化の支援に取り組んだ春日井さん。当初、同僚たちに問題を指摘しても聞く耳を持ってもらえなかったが、彼女たちの置かれている状況への理解に努めたところ、距離を縮めることができた。

春日井さん基礎情報





【PROFILE】
1994年生まれ、岐阜県出身。保育教諭として認定こども園に勤務した後、2017年10月に青年海外協力隊員としてモンゴルに赴任(現職参加)。19年10月に帰国し、復職。

【活動概要】
オルホン県第9幼稚園(オルホン県エルデネト)に配属され、主に以下の活動に従事。
●環境づくりや子どもとのコミュニケーション、製作活動などの方法の紹介
●絵本の読み聞かせの導入支援
●衛生指導の導入支援


 春日井さんが配属されたのは、モンゴルの地方都市にある幼稚園。2〜5歳の子どもを受け入れており、おおむね年齢別に分けられた40人ほどのクラスが6つあった。各クラスに配置されていたスタッフは、資格を持つ教員と資格を持たない補助員が1人ずつ。同園では「遊びを通じて子どもたちの考える力を伸ばす」という方針が掲げられていたなか、製作活動や体操などの新たなアイデアを提供し、園の方針に沿った保育内容を充実させることが、春日井さんに求められていた役割だった。

教室を抜け出てしまう同僚たち

子どもにもわかりやすいマニュアルを手洗い場に貼ったところ、食事前の手洗いが定着した

「現場をよく見てから活動を始めよう」。そんな心構えで着任した春日井さんは、着任するとまず、各クラスに1週間ずつ入り、保育の様子を見学させてもらった。そのなかで早速、同僚たちに共通する次のような問題が見えた。
■騒ぐ子どもたちを落ち着かせるために、叩いたり怒鳴ったりする。
■製作活動では、「上手か下手か」だけで作品を評価し、個性を伸ばそうとしない。
■園庭で遊ばせる際、「遊ぶ様子からひとりひとりの興味・関心を察知し、それを伸ばす働きかけをする」といったことが欠けている。
 春日井さんはその後、各クラスに1カ月ずつ入り、気づいた問題について「こう変えたほうがいいのでは」と同僚にアドバイスするようになった。しかし、なかなか聞く耳を持ってもらえない。それどころか、疎ましがる同僚もいた。例えば、「『手遊び』をすれば、怒鳴らなくても子どもたちは落ち着く」と伝え、春日井さんが手本を見せると、教室から出て行ってしまう。やがて、春日井さんが教室に入ったとたんに出ていってしまう同僚まで出てきた。そうしてしばらくは、「自分は本当に必要なのか?」と自問自答する日々が続いた。

ボクシング仲間からヒントを

通っていたボクシングジムのインストラクター(右)と春日井さん

同僚(左端)の自宅に招待された春日井さん(右から2人目)

 状況打開のきっかけとなったのは「ボクシング」だ。春日井さんは当初、勤務時間が終わると寄り道はせずに帰宅し、寝るまでの時間は「YouTube」などを観て過ごすのが常だった。やがて「運動不足だ」と感じるようになった春日井さんは、任地にボクシングジムがあることを知り、通うようになる。着任して半年ほど経ったころのことだ。レッスンは週3回で、スタートは夕方の6時。
 当初はシンプルにボクシングを楽しむばかりだったが、3、4カ月経つと、ジム通いにもうひとつのメリットが生まれる。ジムに通う老若男女のモンゴル人と友人になることができたのだ。当時、まだ同僚たちとは距離があると感じていた春日井さんにとって、気兼ねなく話せるモンゴル人の友人は、心の拠り所になった。
 貴重だったのは、休憩時間などにする会話のなかで、彼らがモンゴルについてさまざまな情報を与えてくれたことだ。「モンゴルは民主化の際、それまで庇護のもとにあったロシアから突然見放されたため、われわれはどのように国づくりをしていけば良いのかわからず、苦労してきたのだよ」。そんな話を聞き、それまで知らなかったモンゴルの人々の「背景」が見えてくると、はたと春日井さんは気づいた。自分は同僚たちの仕事の「表面」だけを見て、否定してしまっていた。仲間として受け入れてもらうためには、彼女たちの仕事の「背景」にも目を向け、理解しなければならない——。
 そうして、「同僚たちとの距離を縮めるために、できることからやっていこう」というポジティブな気持ちになれた春日井さんは、まずは次の3つを実践することにした。
■笑顔で挨拶をする
 振り返れば、同僚教員が子どもを叩くたびに、春日井さんは思わず渋い表情をしてしまっていた。それでは疎ましがられるのも無理がないと思ったことから、同僚教員たちへの朝の挨拶では、必ず「笑顔」を見せることにした。
■多くの時間を共有する
 会話や共同作業などでなるべく多くの時間を同僚たちと共に過ごすことにした。
■降園時にすべての子どもを見送る
 子どもたちが降園する時間帯、玄関口に立ってひとりひとりに挨拶をすることにした。同僚との間でうまくいかないことがあった日も、「最後の挨拶」をしっかりとやるだけで、「明日もがんばろう」という気持ちになれたからだ。
 以上の3つを続けるうちに、やがて同僚たちとの関係は好転し始めた。彼女たちが春日井さんに心を開き、お茶に誘ったり、休日に自宅に招待したりしてくれるようになったのだ。そういうプライベートでの付き合いを重ねていくと、おのずと仕事の不満や悩みなども打ち明けてくれるようになる。そうしてわかったのは、彼女たちは叩いたり怒鳴ったりしているけれども、「子どもが好き」という点では、日本の保育者となんら変わりがないということだ。「教員が処理しなければならない書類が多い」「他の園と行う『劇』などの大会が多く、他園に負けないよう訓練することが求められる」……。そんな事情から、同僚たちは心の余裕を持って保育をすることができないのだった。
 そうした「背景」を理解したうえで同僚たちの振る舞いを見ると、日本の保育者のように「じっくり子どもの話を聞く」といったことはしていないものの、たしかに「あなたのことは好きだよ」という気持ちが伝わるような表情を子どもに向けていることがわかった。
「リナはモンゴルが好きなんだね」。そんな言葉をかけられるようになり、同僚たちとの信頼関係ができたと感じた春日井さんは、あらためて「手遊び」や「読み聞かせ」など、日本の幼稚園で行われているアクティビティーを紹介。すると、以前は教室を出ていった同僚たちも、実践してくれるようになったのだった。

子どもたちを集中させる際に、「叱る」のではなく、「手遊び」で注意を引きつけるようになった同僚

春日井さんが「紙芝居のつくり方」を紹介したところ、同僚の発案で園児自身が紙芝居をつくって発表するというアクティビティーが導入された

春日井さん(右から3人目)が開いた製作活動の勉強会に参加した同僚たち

Lesson〜春日井さんの事例から〜

「配属先外」の友人に学ぶ

同僚との関係構築につまずいた際、同僚以外の現地の人から解決のヒントが得られる可能性がある。現地の人ならば、「同僚が置かれている状況」や「同僚が協力隊員をどう見ているか」などの見当がつくからだ。

知られざるストーリー