相手が価値を置くものには、
細心の注意と最大の敬意を払う

後藤真美さん(ドミニカ共和国・コミュニティ開発・2017年度2次隊)の事例

歯科診療所に配属され、歯科保健指導に取り組んだ後藤さん。同僚たちとの信頼関係づくりにおける鍵だったのは、任地の人々にとってきわめて大切な「宗教」への配慮だった。

後藤さん基礎情報





【PROFILE】
1987年生まれ、宮城県出身。歯科衛生士として歯科診療所に8年間勤務した後、2017年10月、青年海外協力隊員としてドミニカ共和国に赴任。19年10月に帰国。

【活動概要】
NGO「小児口腔予防衛生協会」がアルタグラシア県イグエイ市で運営する歯科診療所「ソンリサ」に配属され、主に以下の活動に従事。
●学校や村での歯科保健指導や栄養指導
●配属先の患者を対象にした歯科保健指導や栄養指導


 後藤さんが配属されたのは、NGOが地方の町で運営する歯科診療所。数人の歯科医師と歯科助手が診療を担当する一方、歯科保健指導に専従する職員も配置されており、学校や村を回るなどして講習を行うことになっていた。歯科保健指導の職員をカウンターパート(以下、CP)とし、指導の質向上を支援することが、後藤さんに求められていた役割だった。

ボタンのかけ違い

任地の人々の宗教心の象徴となっているラ・アルタグラシア大聖堂。ドミニカ共和国の守護聖人である「アルタグラシアの聖母」が祀られている

 着任時までに適当な住まいが見つからなかったため、後藤さんは当初、CPが母親と共に暮らす家に間借りさせてもらうことになった。プライベートで長い時間接することになる状況は、人間関係を早々に築くことが容易になる一方、ボタンのかけ違いがあれば、かえって「仲違い」の温床になってしまう恐れもある。後藤さんとCPのケースは、後者に転んでしまった。
 任地のアルタグラシア県イグエイ市は、ほかの地域の人々もそう指摘するほど、ドミニカ共和国のなかでも特に敬虔なキリスト教徒が多く住む町だった。市内には多くの教会があり、住民は熱心にミサに通う。CPも同様だった。午後5時に仕事が終わり、帰宅して食事を済ませると、近所の教会で7時から始まるミサに連日、足を運んでいた。
 CPに誘われ、後藤さんが初めて一緒にミサに参加したのは、彼女の家で暮らし始めた日の翌日だ。キリスト教徒ではなかったが、プライベートでの付き合いを深めることは、信頼関係の構築に不可欠だとの考えがあった。しかし、ミサは思いがけず苦痛の大きなものだった。スピーカーから大音量で宗教音楽を流しながら、牧師がマイクを使って大声で聖歌を歌う——。そんなミサが3、4時間に及んだ。「つらい」と感じたが、翌日もCPに誘われ、断わるのは気が引けたために参加。3日目、やはりCPに誘われたが、思い切って断ってしまった。言葉を尽くして理由を説明すれば良かったのかもしれないが、当時のスペイン語力ではそれは難しかった。
 CPはその後、後藤さんをミサに誘うことはなくなった。同時に、配属先でも家でも、にわかに後藤さんへの態度がよそよそしくなってしまった。それどころか、CP以外の同僚や、買い物をする店の人たちまでもが、後藤さんに笑顔を見せなくなる。後にわかったことだが、教会に行くことを嫌がった後藤さんについて、「不真面目な外国人」との噂が広がってしまったのだった。
 そうして、活動の滑り出しは困難を極めた。CPは学校で行う歯科保健指導への同行を認めてくれたものの、「共に行う」という姿勢は見せてくれず、与えてくれた役割は「日本」についての話をすることだけだった。CPが歯科保健指導で使っていた教材は口腔と歯ブラシの模型だけだったため、図解する教材などをつくる必要を感じたが、「一緒につくりましょう」という誘いにCPは乗ってくれない。さらに、配属先で患者に歯科保健指導をすることが行われていなかったため、待合室で講習を行うことを提案してみたが、やはり聞く耳を持ってもらえなかった。そうしてしばらくは、待合室にいる患者に対して、個別に歯科保健指導をして回るだけの日々が続いた。

雨降って、地固まる

歯科保健の意識向上や配属先のPRを狙って後藤さんが作成した「歯」の各種ワッペン

「歯」のワッペンを胸に付けた後藤さん(左端)や同僚たち。

 ホームステイ先が見つかったことから、CPの家は1カ月ほどで出ることができた。プライベートで顔を合わせる時間が減ると、後藤さんのストレスも多少和らいでいく。そうして「同僚たちとの関係をどうにか改善しよう」という気力が出てくると、食べ物のお裾分けをしつつ、仕事以外の話題で会話を切り出してみるようになった。すると、やはりよそよそしさは消えないものの、会話には応じてもらえるようになった。そんななかでようやくわかってきたのは、任地の人たちにとっていかに「宗教」が重要であるかということだ。「神は国籍や言語を選ばない」「私が通う教会の牧師はいつでも笑顔だ。だから私もそうありたいと思っている」……。同僚たちからそんな言葉を聞き、後藤さんはミサに通って汚名を挽回したいと思ったが、今さら彼女たちに「連れていってほしい」と言い出す勇気はなかった。
 ようやく状況を打開するチャンスが訪れたのは、任期も半ばに差し掛かるころだ。配属先に新たに歯科助手の女性が着任。過去を知らないためにわだかまりなく接してくれ、ミサにも誘ってくれたことから、連れていってもらうようになった。すると、「後藤さんが教会に通うようになった」という噂が瞬く間に広まり、CPを含む同僚たちの態度が変化。にわかに心を開き、食事などに誘ってくれるようになったのだった。
 人間関係の変化は、活動にも影響した。CPは教材のつくり方について後藤さんにアドバイスを求め、共につくってくれるようになったほか、配属先の待合室での講習も開始。配属先や学校で行う講習では、後藤さんに歯科保健の話をする役を振ってくれるようにもなった。ほかの同僚たちも同様だ。会議の場などで、「あなたの意見を聞かせてほしい」などと振ってもらえることが出てきたのだった。
 CPとの関係は、以来、強固なものとなった。後藤さんの任期が残り半年ほどとなったころ、彼女は退職し、それまで歯科保健指導に通っていた学校のうちのひとつに就職した。すると、「歯科保健指導をするので力を貸してほしい」と後藤さんに依頼。配属先の所長の許可のもと、後藤さんはたびたびその学校に赴いて、教材づくりを手伝うようになったのだった。

地域の子育て支援施設で母親たちを対象に歯科保健の講習を行う後藤さん

地域の小学校で歯科保健の講習を行う後藤さん

Lesson〜後藤さんの事例から〜

「新人」の助けを借りる

配属先で「四面楚歌」になってしまった場合の挽回のチャンスは、「新人職員」の着任だろう。わだかまりなく付き合ってくれるその職員と関係を築けば、ほかの同僚たちとの間をつないでもらえる可能性があるからだ。

知られざるストーリー