JICA Volunteer’s before ⇒ after

堀切若奈さん(フィリピン・野菜栽培・2015年度4次隊)

before:農業研修生
after:森林土木分野の測量・建設コンサルタント企業の社員

 高校時代に協力隊のことを教えられ、参加を目標に農業大学に進学した堀切さん。卒業後、農業研修生などを経て、野菜栽培の隊員としてフィリピンに派遣された。現地で有機農業の普及を通じ、自然の恩恵の大きさに気づけた反面、時折やってくる自然の猛威を実感。山の防災や森林保全に興味を持ち、帰国後は、森林土木分野の測量・建設コンサルタント会社に入社した。

現地の生活に密着した仕事を

[before]フィリピンで米ぬか肥料のつくり方を農家に教える堀切さん。任地の9地区で農家に米ぬか肥料のつくり方・使い方の講習会を開催した

 堀切さんが初めて世界の広さに触れたのは中学生のとき。 自然に根差した生活に憧れを持つ中で「世界がもし100人の村だったら」を読み、そこに暮らす人々の生活に興味を抱いたという。高校生になり進路相談で、異文化を肌で感じられる仕事はないかと先生に相談したところ、提案されたのが協力隊だった。その後は、協力隊参加を目標に、衣食住という生活の基本のうち、自身が一番身近に感じた食を支える農業を大学の進路に選択。アジア・アフリカ地域に的を絞り、熱帯地域の農業を学んだ。大学卒業後は、農業の実践経験を積むため、農家で働いたり、有機農業の研修生となったりして、2年後、協力隊を受験。合格し、野菜栽培の隊員としてフィリピンへの派遣が決まった。
 フィリピン中部にあるパナイ島の西海岸に位置する、山と海に挟まれた町セバステ。この町役場の農業課で有機農法による野菜栽培の普及を行う事が堀切さんの要請内容だった。しかし、現地の農家の主要栽培作物は米で、野菜は乾期につくる家庭菜園程度。農家の声を聞いたところ換金作物とは考えられていないとわかり、まずは有機栽培で得られる効果を示すために野菜のデモファーム設立に着手した。畑の場所を決め、耕し、緑肥をまき、育苗ハウスやコンポストも作成。トマトやナスなどの夏野菜を育苗してから畑で育てることで、現地の農家が行っている直播きよりたくさんの野菜が収穫でき、現地での有機農法と野菜栽培の成果を示せたと思った。
 ところが思ったように農家は興味を持ってくれない。小作人である彼らは収穫の1割を地主に納める必要があり、1度の成果だけで、新しく野菜栽培を開始するのは、リスクが高かったのだ。乾期と雨期のある任地で、野菜栽培ができるのは乾期のみで、チャンスはあと1度。対して、米は年に3回収穫できる。そこで野菜栽培と並行し、有機肥料をつかった稲作を農家と試作することにした。入手にお金がかからない「米ぬか肥料」をつくり、農地に使用したところ、米の収穫量が増加、味もよくなったと農家に言われた。効果が見えたことでほかの農家も有機肥料を取り入れたいという声があがり、使用の目処が立たったところで、堀切さんの任期は終了した。

自然とのかかわり方を模索

[after]渓流にダム建設を計画するための測量補助作業中の堀切さん。堀切さんの会社が実施する業務の一例は次の通り。豪雨などで山間部の渓流が荒廃した場合、その渓流を安定させるためのダムを設計する業務が、省庁から公示される。その業務に関する提案書を省庁に提出し、入札。落札後、現地調査や測量を行い、発注者と相談しながら計画する位置やダムの種類を決め、対象地の現況や設計図面、計画案等をまとめた報告書をつくり、それを省庁に提出して終了となる

 協力隊参加を目標としていた堀切さんは、任期を終えると目標がなくなってしまい、焦りを覚えた。「まずはきちんとした社会人経験を身につけよう」と就職活動を開始。農業系の就職先を考えていたが、ハローワークで現在勤めている株式会社森林調査設計事務所の求人に出会った。同社は森林土木分野の測量・建設コンサルタントで、災害が起きた後の林道の復旧や災害を未然に防ぐために、道路や治山ダム、山腹工などを計画・設計している。堀切さんは、これまで農業に携わってきて大地の恵のありがたさに気づいたと同時に、自然の猛威を実感したことから、山の防災や森林保全に興味を持つようになっていた。
「任地の山は、料理に使う薪として無計画に木が伐採され、多くの場所が『はげ山』になっていました。また、乾期と雨期の降雨量が極端に違い、灌漑設備の有無で米の収量が2倍近く違うことも知りました。山にある木々が、雨を貯め、川に流れる水の量を調節し、田畑にたどり着く。森林の健全さが農業に密にかかわっていることを実感しました」
 同社に2018年8月に入社し、現在は契約や入札にかかわる事務作業や、設計図面、地図作成業務、調査アシスタント業務などに携わっている。業務の中で、技術者や取引先の状況を考えサポートすることができているのは、フィリピンで相手の状況に合わせて活動を転換できた経験があったからと感じているそうだ。また、起こってしまった災害や起こりうる災害に対して、植生マットを利用した崩壊地の復旧など、自然の力を借りながら修復する対処法を考えられるのは、仕事のやりがいのひとつだと堀切さんは話す。
「以前『自然には勝てない』と農家さんに言われたことがあります。自然に無理をさせず、人間も無理をしすぎず、できる範囲で工夫して生きていくことが、持続可能な社会につながると考えています。自然に少し手を加えつつ、うまく付き合う方法を模索し、この先も働いていきたいと思っています」






堀切さんのプロフィール

[1991]
東京都出身。
[2009]
東京農業大学入学。
[2013]
青年海外協力隊を受験(選択の理由:活動の幅が広いコミュニティ開発で受験したものの不合格。スキルアップを決意する。)
大学卒業後、野菜農家の農作業員や百貨店の米売り場の販売員として勤務。就農準備校の有機農業コースを受講。
[2015]
自然農法研究所の研修生。
[2016]
3月、青年海外協力隊に参加(選択の理由:農業系の実践スキルを身につけ、野菜栽培隊員として合格。派遣前には技術補完研修も受講した。)
フィリピンのセバステ町役場農業事務所農業部門(果樹・稲作・家畜)に配属された。現地農家への有機農業の普及のため、デモファームの設立や有機肥料導入のための講習会を開催した。
[2018]
3月、帰国。
8月、株式会社森林調査設計事務所に就職(選択の理由:「自然には勝てない」と言われるが、「自然と適応したい」という思いがあり、山の防災や森林保全がその方法を知るひとつではないかと考え、入社。)

[株式会社森林調査設計事務所]
設立:1989年5月
本社所在地:東京都江戸川区篠崎町
従業員数:15人
事業内容:・治山、林道等測量設計事業
・水源林整備・環境調査事業
・落石対策調査事業など

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