現地教員の「競争」への熱意を
体育授業への興味につなげる

高橋旺子さん(セネガル・体育・︎2017年度1次隊)の事例

地方の教育行政機関に配属され、体育授業の活性化に取り組んだ高橋さん。現地教員の体育授業への軽視があったなか、「競争心」をくすぐることで彼らの体育授業に対する関心を引き出そうと試みた。

高橋さん基礎情報





【PROFILE】
1994年生まれ、千葉県出身。東京学芸大学教育学部(中等教育教員養成課程保健体育科専攻)を卒業。2017年7月に青年海外協力隊員としてセネガルに赴任。19年7月に帰国。

【活動概要】
ティエス市教育委員会(ティエス州ティエス県)に配属され、主に以下の活動に従事。
●小学校における体育授業の実施
●体育授業の教員向け教材の作成
●「運動会」の企画・運営


 高橋さんの配属先は、市の教育行政を所管する機関。市内の小・中学校における体育教育の質向上を支援することが、求められていた役割だった。

体育授業の実践からスタート

A校で行った運動会で「台風の目」に取り組む小学3年生の児童。道具は既製品が揃っているわけではないため、伝統布を売る店に譲ってもらった布を巻く紙筒を棒引きの棒に使うなど工夫した

 着任の約1カ月後に新年度が始まると、体育授業の実態の把握と活動場所の開拓を目的に、小・中学校への訪問を開始。すると、中学校では体育授業が行われているが、小学校では行われていないことがわかった。小学校のカリキュラムでは体育授業が週に1コマ設けられていたが、卒業時に受ける国の統一試験で配点が低く、「成績付け」の対象にもなっていないことが、その背景にあるようだった。そうして小学校を活動場所にしようと考えたが、校長自身が体育授業を軽視している学校が大半で、「体育授業を行わせてほしい」というリクエストはなかなか受け入れてもらえない。唯一、校長が快い返事をしてくれた1校(以下、A校)で活動を開始することができたのは、2学期に入ってからだ。
 A校には、50〜80人程度のクラスが各学年に1つずつあった。従来、いずれのクラスでも体育授業は行っていないとのことだったが、高橋さんは最高学年の6年生のクラスで担任教員とともに体育授業を実践させてもらえることとなった。クラスの人数は約50人。総じて1クラスの人数が多いセネガルでは、そうした状況を踏まえて政府がつくったPCME(*)という体育授業の方式が存在する。クラスを国旗の色である緑・黄・赤の3チームに分け、複数のチーム対抗試合を同時に進めるというものだ。PCMEは教員資格の認定試験にも含まれており、正規の教員はみなその知識は持っていることから、高橋さんはPCMEを踏襲しつつ、現地教員がやり方を知らない競技を導入するという授業方針を立てた。
 授業で最初に行った競技はドッジボールだ。担任教員にはまず、補助役として授業に入ってもらい、次第に主役になってもらおうと考えた。しかし、児童は嬉々として授業に取り組んでくれるが、担任教員は回を重ねても一向に体育授業への意欲が高まる様子が見られなかった。
 転機が訪れたのは、授業実践を開始して1カ月ほど経ったころである。6年生の体育授業を見て興味を持った5年生の児童から「自分たちもやりたい」との声が上がり、5年生のクラスでも体育授業を行うこととなった。最初に行った競技はやはりドッジボール。そこで高橋さんが両クラスの担任教員に提案したのは、次の競技に移る前に、「まとめ」として「クラス対抗試合」を行うことだった。すると、両教員の体育授業への姿勢が変化する。児童への指導に熱を入れるようになったのだ。
「競争心」こそ、体育授業に対する教員たちの意欲を刺激する鍵——。そう感じた高橋さんが着想したのは、勝ち負けがある「運動会」の開催によって、体育授業活性化のテコ入れをするというアイデアだ。セネガルの先輩隊員を含め、体育授業の質向上に取り組む協力隊員が運動会を開催している例は知っていたが、その意義に納得がいったのだった。

* PCME…「Procédé de Compétition Multiple par Equipes」(チーム対抗で複数競技を行う方法)の略。

「運動会」を起爆剤とする試み

A校で行った2回目の運動会のひとコマ。MCを担当する教員は「礼儀だから」とネクタイ姿だったが、ほかの教員はみなジャージで臨んでくれた

開催した運動会は配属先のスタッフや保護者などが参観。「イベント」としての盛り上がりを見せた

 幸運も重なり、以下のようなステップでA校での運動会開催が決まったのは、2学期の終わりである。
(1)5年生のクラスで体育授業を開始して1カ月ほど経ったころ、教育分野の活動をするセネガルの協力隊員たちが現地の人たちに自分たちの活動を紹介するイベントを開催。そこに、A校の5、6年生の担任教員を招き、先輩隊員が行う運動会のデモンストレーションを見てもらった。
(2)その約1カ月後、先輩隊員が活動先の小学校で実施した運動会を、A校の6年生の担任教員と共に見学。
(3)(1)(2)と並行して、A校の校長に運動会開催の意義を説明。(1)(2)で運動会の実物を見た教員たちには、その感想を校長に伝えてもらった。
 そうして運動会が実現したのは、翌3学期の半ばである。組分けはPCMEと同様、各学年を緑・黄・赤の3組に分けた。種目は高橋さんが考えた案を教員たちに提示し、話し合いのうえで決定。玉入れ、綱引き、棒引き、障害物競走、二人三脚、騎馬戦が選ばれた。
 教員たちの取り組む姿勢はおおむね期待どおりだった。本番の1カ月前から、高橋さんも加わって全学年のクラスで運動会の種目の練習を行う体育授業が実現。当日は配属先の視学官や保護者など幅広い来賓が集まり、盛大なイベントとなった。しかし、高橋さんの期待は裏切られてしまう。運動会を終えた後、A校で自発的に体育授業を継続しようとする教員が現れなかったのだ。
「体育授業はあなたがやるものでしょう」。新年度に入ってそんなことを口にするA校の教員がいたことから、高橋さんはたまらず校長に相談。高橋さんの熱意を受け取った校長は、職員会議でこう発言した。「マゲット(高橋さんのニックネーム)は体育の授業をしに来ているのではない。体育授業は担任教員がやるものだ」。すると、程度の差はあれ、ようやくA校のすべての教員が高橋さんと共に体育を実践するようになった。彼らの意識の変化を読み取ることができたのは、教員たちが「ジャージ」を着て体育授業に臨むようになってくれたことだ。女性の行動に制約が多いイスラム教が主流の任地にあって、男子と同様に体を動かす「体育教育」が女性の生き方の可能性を広げる手段として有意義だと高橋さんは感じていたが、女性教員までもが「ジャージ」で体育授業に臨む姿は、体育教育を活性化させる意義を再確認させてくれた。そうして体育授業に積極性を見せる教員が現れたことで、任期の終盤にはA校で2回目の運動会が実現した。
 高橋さんが任期終盤に「帰国後」を見据えて取り組んだのは、体育授業に熱心になったA校の教員の授業を動画に収め、セネガルのより広い範囲の小学校教員たちにそれを観てもらうべく、YouTubeに設けたオリジナルのチャンネルにアップロードすることだ。任期中にアップロードが叶った動画は12本。現地で馴染みのSNS「WhatsApp」でも紹介して拡散を図った。帰国後、その動画教材を使って「運動会」の研修会を行ったという報告が、高橋さんのもとに届いているという。

体育授業の実践例をアップロードしたオリジナルのYouTubeチャンネル「EPS SENEGAL」

YouTubeにアップロードした「中当て」の実践例

知られざるストーリー