協力隊員が抜けた穴を埋める
外部協力者との関係強化に注力

髙橋哲弥さん(ケニア・青少年活動・2017年度2次隊)の事例

軽犯罪を犯した子どもなどを対象に、社会復帰に向けた教育を行う学校に配属された髙橋さん。同僚教員の仕事量の増加が見込めないなか、任期終盤に注力したのは、自身が抜けた穴を埋める外部協力者との関係強化だった。

髙橋さん基礎情報





【PROFILE】
1992年生まれ、北海道出身。大学卒業後、阿寒国立公園のホテルに約1年間勤務。2017年10月、青年海外協力隊員としてケニアに赴任。19年10月に帰国。

【活動概要】
カカメガ更生学校(カカメガ郡)に配属され、主に以下の活動に従事。
●体育・美術・英語などの授業の実施
●放課後のスポーツ指導(サッカー、バレーボール)
●社会性を身に付けるための授業の実施


 髙橋さんの配属先であるカカメガ更生学校は、軽犯罪を犯した子どもや路上生活から保護された子どもなどを受け入れ、衣食住を提供しつつ、社会復帰に向けた教科教育や職業訓練などを行う全寮制の男子校。髙橋さんに求められていた役割は、教科教育部門への支援だ。
 着任当時、配属先には10代の少年約60人が在籍。学力別に3クラスに分かれ、それぞれ小学3、5、7年生の勉強をすることとなっていた。教科教育部門の現地教員は3人。大学生のインターンを常時数人受け入れており、彼らも教科の授業の補佐に当たっていた。

【任期の序盤〜中盤】

髙橋さんの美術授業で生徒たちが描いた絵

髙橋さんの美術授業で写生を行う生徒たち

 髙橋さんが任期を通して主に担当した授業は、体育、美術、英語。3教科を合わせると毎日2、3コマずつ担当授業があった。そのほか、月・水・金曜日の放課後には、クラブ活動としてサッカーやバレーボールの指導も行った。
 配属先の時間割には、教科の授業のほかに、社会に出たときに必要となる「自律心」などを養う「ライフスキル」という名称の授業が、週に1コマ組み込まれていた。教科教育部門の教員が行うはずのものだったが、髙橋さんの着任時、それらの授業は行われておらず、そのコマは実質、「休み時間」となってしまっていた。「人手が足りない」というのが同僚教員たちの言い分だったが、彼らは自分が担当する教科授業も行わないことがあった。髙橋さんが彼らに代わって授業を行ってしまうことは可能だったが、それをしてしまっては、帰国後にまた元の状態に戻ってしまうのは目に見えている。髙橋さんが担当を任された体育などの授業やクラブ活動も、本来なら同僚教員たちが主体となって行うべきだとの葛藤を、髙橋さんは持ち続けていた。そうして、当初は彼らに「時間割どおりに授業を行うべきだ」と進言。しかし、一向に変化は見られなかった。
 任期の半ば近くになってわかってきたのは、同僚教員たちは、歴代隊員が繰り返し主張してきたように「時間割どおりに授業を行うこと」が生徒のためになるとは理解しているものの、「自分が割く労力はここまで」と決めているようであることだ。
 そうして髙橋さんは、活動の方針を変更。同僚教員たちに働き方を変えてもらうのではなく、授業やクラブ活動の充実化に協力してくれる人を配属先外に見つけることにした。手始めに試みたのは、子どもたちへの啓発活動などに取り組む任地の青少年グループのリーダーに、「ライフスキル」の授業を行ってもらうこと。彼自身の生い立ちや携わっている仕事、人生観などを話してもらった。

【任期の終盤】

配属先への支援を引き受けてくれた小学校のバレーボールクラブの顧問(左端)が、配属先の校庭で配属先の生徒たちにバレーボールを教える様子

「ライフスキル」の授業。この日は現地のNGOの職員に体験談を話してもらった

 髙橋さんはその後、同僚教員たちの行動変容を促すための働きかけに再度挑戦してみた。活用したのは、髙橋さんが任期の半ばごろから生徒に書かせるようになった「学級日誌」だ。時間割にある授業のうち、どれが行われ、どれが行われなかったが明白になる記録でもあることから、それを校長や同僚教員に見せるようにした。しかし、やはり同僚教員たちの行動変容にはつながらなかった。
 そうして任期の残りが半年となった時期、髙橋さんは同僚教員たちへの働きかけは続けつつ、授業やクラブ活動の充実化に協力してくれそうな配属先外の人との関係強化に注力していくとの方針を立てた。後任の協力隊員は派遣されない見込みだったことから、なおさら「外部との縁結び」の意義は大きいと考えられた。
 幸運だったのは、配属先が「オープン」な環境だったことだ。一般の住民が利用する診療所が構内にあったため、門はいつも開けられており、外部の人が誰でも自由に立ち入ることができた。かつ、校庭は広いグラウンドだったため、外部の人がスポーツの練習に利用。そのため、外部の人とのつながりをつくるのは難しいことではなかった。髙橋さんが任期終盤に関係強化を行ったのは、次のような団体や人たちだ。
■サッカーの社会人チームや大学生チーム
 配属先の校庭を日々の練習場所としており、以前からそこに参加させてもらっている生徒もいた。髙橋さんは両チームのメンバーに、自分の帰国後も生徒たちを練習に参加させてほしいと依頼しておいた。
■小学校のバレーボールクラブの顧問
 地域のスポーツ大会が髙橋さんとの出会いの場。配属先の校庭をバレーボールクラブの練習に使うことができる旨を伝えると、毎週土曜日の練習場所にしてくれるようになった。顧問に依頼したところ、その練習に配属先の生徒たちを参加させてもらえるようになった。
■青少年グループのリーダー
 前述の青少年グループのリーダーには、「ライフスキル」の授業を継続的に実施してくれるよう依頼しておいた。
「髙橋さんが帰国した後の配属先」については、カウンターパートにあたる主任の同僚教員(以下、CP)とも意見交換をした。体育など、髙橋さんが担当してきた授業に穴が開いてしまうという問題は、CPも理解していたが、彼が選んだ対策は、インターンの大学生たちに授業の主担当を任せるというもの。学生ごとに専門性が異なるため、授業の質が確保できる保障はなかったが、まずは「授業が行われること」が大事だと髙橋さんは考えた。インターンの中には、3カ月間の研修期間が終わった後も、大学の授業がない時期にボランティアとして配属先の授業を手伝いに来てくれる人材もいたことから、髙橋さんはCPの考えに賛意を示して帰国の途に着いたのだった。

Lesson〜髙橋さんの事例から〜

活動の引き継ぎ手を絞る

協力隊員が行ってきた活動を、配属先の同僚たちが引き継いで実施していってもらえるとは限らない。任期終盤は、配属先にも了承してもらえるような現実的な引き継ぎ手を見定め、その人とのかかわりに重点を置くという姿勢が重要だろう。

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