自身の帰国後の進路に向け
派遣中にできる準備を進める

松尾まどかさん(ボリビア・美容師・2017年度2次隊)の事例

職業訓練校に配属され、美容科の授業の支援に取り組んだ松尾さん。協力隊活動や、赴任後のネットワークで得た情報を通じて自身の「帰国後の進路」が見えてきた任期終盤、それに向けた準備を活動と並行して進めた。

松尾さん基礎情報





【PROFILE】
1982年生まれ、大阪府出身。美容師を務めるかたわら、美容技術を活用した社会貢献活動に取り組むNPO法人を運営。その後、大学院進学を経て2017年9月、青年海外協力隊員としてボリビアに赴任。19年9月に帰国。

【活動概要】
財団法人INFOCAL職業訓練学校のサンタクルス校(サンタクルス県サンタクルス市)に配属され、美容科に関する主に以下の活動に従事。
●授業の支援
●美容室の経営に必要となる技術(「5S」など)を教える講座の開催(他隊員との協働)
●特別支援学校などでの美容教室の開催


 松尾さんが配属されたのは、財団法人がボリビアの全9県で運営する職業訓練校の1つ。美容科の授業の質向上を支援することが、求められていた役割だった。
 同科には、2年制の長期コースと半年ほどの短期コースが存在。前者は高校卒業者に入学資格があり、主にこれから美容師になりたいという人が受講。後者は、主に美容師として働いている人がスキルアップのために通っていた。授業は1日に最大で計8コマあり、同科に所属する3〜5人の教員で分担。運営母体の財団法人にはオリジナルの教科書があり、授業はその内容に沿って進められていた。

【任期の序盤〜中盤】

松尾さんが授業の一環として行った、ショートヘアのカット方法のデモンストレーション

高齢者施設に赴いて「美容実習」を行う生徒たち

 任期の前半から松尾さんの活動の柱となったのは以下の3つだ。
■授業の支援
 同僚教員たちの授業に入らせてもらい、彼女たちが知らない技術のデモンストレーションをしてみせるなどの支援をした。南米の女性には少ないショートヘアのカット方法や、ボリビアでは見られない日本のネイルデザインなどである。また、客にとって心地良いシャンプーやマッサージを体感してもらうため、松尾さんがそれらを同僚教員や生徒たちに施してみせることもあった。
■特別講座の開催
 配属先からのリクエストに応じて、ときに授業外の「特別講座」を開き、講師を務めた。その1つは、日本のネイルデザインを紹介する7日間の集中講座。もう1つは、美容室を構えた際に顧客を獲得するうえで重要となる技術を教える講座だ。ボリビアの職業訓練校で活動する協力隊員たちにも協力を仰ぎ、「5S」「衛生管理」「接遇」「PDCAサイクル」といったテーマの講習を手分けして行った。松尾さんは「5S」の講習を担当した。
■配属先外での活動
 松尾さんは派遣前に日本で、就職活動への自信を持ってもらうことを目的としたシングルマザー対象の美容教室など、人の心に積極性を与える「美容」の力を生かした社会貢献活動にも取り組んでいた。ボリビアでも、配属先での活動の合間を縫って同種の活動を実践。特別支援学校で美容教室を開く活動などだ。そうした配属先外での活動に同僚教員たちも関心を持つようになり、配属先の生徒を孤児院や高齢者施設などに連れて行き、ヘアカットやメイクなどをさせてもらう「出張美容実習」が授業の一環として行われるようになった。

授業で日本のネイルデザインを紹介する松尾さん

客にとって心地良いシャンプーを生徒に体験してもらう松尾さん

日系移住地の女性たちを対象に行った「認知症予防のためのセルフメイク教室」


【任期の終盤】

 松尾さんが任期終盤、活動の締め括りとして取り組んだのは「動画教材」の作成だ。同僚教員たちは年度ごとに入れ替わるのが常となっていた。そのため、松尾さんがそれまで授業に入るなどして彼女たちに伝えてきたさまざまな技術は、配属先に「共有財産」として残る可能性が低かった。そこで、現役の生徒や卒業生たちにいつでも見て参考にしてもらえるような教材の作成を着想。前述の「ネイルデザインの集中講座」で紹介したものを含む十数点のデザインにつき、施術の様子を動画撮影し、YouTubeやFacebookの自分のページにアップロードした。
 松尾さんは任期終盤、活動と並行して自身の「帰国後の進路」に関する準備も進めた。前述のとおり、松尾さんは派遣前と同様、ボリビアでも「美容の力を生かした社会貢献活動」に取り組んだが、その経験を通じて自身の帰国後の進路に関するビジョンも見えてきた。「美容」以外に新たに「ソーシャルワーク」に関する専門性を身に付け、「美容の力を生かした社会貢献活動」にさらに本格的に取り組んでいくというものだ。
 活動を行った配属先外の施設で松尾さんが特に強い関心を持ったのは「難民のシェルター」。30を超える国からの難民を常時10〜20人程度受け入れている施設だ。松尾さんにとって「難民」との初めての接点であり、先の人生が見通せない彼らのような境遇の人たちの存在に、衝撃を受けたのだった。そうして、難民への支援にいずれ仕事として取り組んでみたいと考えるようになり、JICA事務所のスタッフなど、赴任後に出会ったさまざまな人から情報を収集。難民支援に携わるためにはソーシャルワークの専門性を身に付けておいたほうが良いこと、難民を対象としたソーシャルワークについて学ぶなら、海外の大学という選択肢もあることなどわかってきた。
 メキシコの大学・大学院で学ぼうと狙いを定めたのは、動画教材づくりを始めた帰国の半年前だ。同国政府が留学生に奨学金を出すプログラムがあることを、実際に利用した協力隊経験者から聞き、それに応募することにしたのだった。リストアップされた大学・大学院のなかから希望の研修先を2つ選んで応募し、同国政府が各研修生の専門分野や語学力をもとに研修先を決定するというプログラムである。
 松尾さんは南米にいるという地の利を生かし、派遣中に任国外旅行の制度を利用してメキシコを訪問。プログラムの対象校のうち、ソーシャルワークが学べる大学2校でカリキュラムの詳細を尋ねたり、大学の雰囲気や町の雰囲気を確かめたりした。プログラムへの申し込みの期限は帰国の3カ月後だったが、3通必要だった推薦状の1通は、配属先の美容科の科長にお願いし、派遣中に書いてもらっておいた。
 そうして、任期中だからこそできる準備をしたうえで帰国すると、即座に研修計画書や志望動機書をまとめ、提出。書類選考を無事通過することができたのだった。

Lesson〜松尾さんの事例から〜

終盤は「帰国後の人生」も視野に

協力隊経験を通じて自分自身の「帰国後の人生」が見えてきた場合、任期終盤にそれに向けた準備を進めておけば、帰国後に新たな人生に向けた一歩をスムーズに踏み出せる。

知られざるストーリー