試行錯誤を重ねながら
より良い授業運営の方法を模索する

岡本翔太さん(︎タンザニア・数学教育・2017年度3次隊)の事例

タンザニアの地方都市にある中等学校に配属された岡本さん。一教員として数学授業を担当するかたわら、同僚教員のレベルアップに向けたサポートにも取り組んだ。

岡本さん基礎情報





【PROFILE】
1994年生まれ、福岡県出身。福岡大学理学部応用数学科を卒業後、2018年1月に青年海外協力隊員としてタンザニアに赴任。20年1月に帰国。

【活動概要】
コーラヒル中等学校(モロゴロ州モロゴロ市)に配属され、主に以下の活動に従事。
●数学授業の実施
●教員向けセミナーの開催支援
●キャリア教育の実施
●「ジャパンフェスティバル」の開催


 岡本さんが配属されたのは、タンザニアの地方都市にあるコーラヒル中等学校。同国の中等教育は6年間で、4学年の「前期」と2学年の「後期」に分かれる。コーラヒル中等学校は「前期」のみを擁する学校だ。生徒数は約1000人。岡本さんのメインの活動となったのは、1年生の数学授業を行うこと。着任は、2018年度の開始と同時期の同年1月で、18年度は約60人のクラスを2つ、19年度は約90人のクラスを3つ受け持った。時間割は1コマ40分間。1年生の数学授業は週に6コマずつとなっていた。

任期前半は試行錯誤の連続

生徒数が90人に及ぶ1年生のクラスで数学授業を行う岡本さん。クラスコントロールには試行錯誤を重ねた

コーラヒル中等学校の構内

 同国では、小学校まではスワヒリ語、中等学校からは英語で授業を行うよう定められている。そのため、中等学校の1年生では「英語」が授業の障害となる。岡本さんが数学授業を開始すると、ただでさえ小学校の学習事項の理解が不十分であるのに、さらに新たな事柄を英語の説明で理解していくのは、生徒たちには困難な様子だった。一方の岡本さんも、協力隊の派遣前訓練で英語を学んだものの、仕事で使うのは初めてのこと。そうして早々に力を入れたのは、「言葉」による説明を補うような自作の教具の導入だ。
 生徒の反応が特に良かったのは、「動き」のある教具だった。例えば、「体積」を教えるための教具。1000立方センチの立方体の容器に水が溜まっていく自作のアニメをパソコンで上映しながら、パソコンの背後に置いたボウルに、水を満杯にした1リットル入りのペットボトルから水を注いでいく。「リットル」と「立方センチ」の関係を理解させるための教具だが、1000立方センチの立方体の容器が現地で手に入らなかったことから、代わるものとして考案した。
 こうした視覚に訴える教具は、生徒たちの興味を引き付ける効果があった。しかし、だからと言ってその実演に時間を割いていると、口頭で伝えなければならないことを伝えきれないまま、時間切れとなってしまう。そうして、「授業運営」の要領をつかむための試行錯誤が始まった。口頭の説明に十分な時間をとろうとすると、授業に対する生徒たちの集中力が薄れ、授業中の私語が増える。そこで、授業への生徒たちの興味を引くために冒頭に「日本語講座」を行うなどの策を試してみたが、効果はなかった。ようやく生徒たちが騒ぐことのない授業ができるようになったのは、任期が2年目に入ってからだ。新年度に受け持つことになった1年生のクラスで、始めに3つのルールを設定した。「背筋を伸ばして授業を受ける」「物の貸し借りをする際は投げて渡さない」「トイレなどで席を立つときは、手を上げて許可を得る」という3つである。半信半疑の試行だったが、前年度とは見違えるほど、授業は落ち着いたものになった。

同僚教員への働きかけ

Aさん(後列左から4人目)が主催した中等学校教員向けセミナーの受講者たち

 岡本さんは数学授業を進めるかたわら、授業以外の場を利用して同僚の数学教員のレベルアップに向けたサポートにも取り組んだ。任期を通じてもっとも深くかかわったのは、30代前半の男性教員(以下、Aさん)だ。Aさんの担当は3年生。岡本さんが着任して間もないころから、「私の授業を見てほしい」と要望してくるなど、「自信」と「学ぶ意欲」を持っていることが感じられる人物だった。実際、彼の授業には「プレゼン能力の高さ」が見て取れた。例えば、「比例と反比例」の授業では、タンザニアの大家族が家で食事をしている写真を提示し、家族の人数が増えたときに、「必要な食べ物の量」や「ひとりひとりの座るスペース」がどう変わるかを生徒に質問。生徒の集中力を高めるような授業となっていた。
 岡本さんの着任の半年後、AさんはJICAの研修員受入事業により、日本で数学教育に関する1カ月間の研修を受講。帰国すると彼は、「日本の生徒は数学がとても良くできる」と研修での驚きを吐露。以後、より良い数学教育のあり方について彼との間で議論を重ねるようになった。
 岡本さんとAさんの最大の協働となったのは、任地の中等学校教員を対象としたセミナーの開催だ。岡本さんの任期が残り半年ほどとなったころ、Aさんが神妙な面持ちで岡本さんのもとにやって来て、「セミナーを開いてみたい。でも、どうすれば良いかがわからない」と口にした。「お金がない」「時間がない」などと言って煮え切らない様子のAさんに対し、岡本さんは「やるのか、やらないのか? やると言うなら、実現するまで全力で応援する」と背中を押した。そうして2人で企画を練り、実現したのは、岡本さんの帰国の2カ月前。任地の中等学校教員のニーズを踏まえた講座で構成する、丸1日のセミナーだ。内容は、現地の会計士による「会計」の講座など。中等学校のカリキュラムに新たに「会計」という教科が導入されたが、現地教員には対応するための知識がなかった。受講者は十数人。彼らの満足度は高く、事後のアンケートでは「2、3日の日程に増やしてまた実施してほしい」といったリクエストが寄せられた。「今度は、生徒の保護者を対象にしたセミナーを開きたい」。授業以外の形で現地の教育に貢献することを初めて経験し、自信を付けたAさん。以後もその役回りを継続してくれるだろうとの期待を持って、岡本さんは帰国の途につくことができた。

任地ひと口メモ 〈モロゴロ〉

タンザニア最大の都市ダルエスサラームからバスで5時間の内陸にある市。都市圏の人口は約20万人で、キリスト教徒とイスラム教徒がメイン。写真に写る「バジャジ」と呼ばれる三輪タクシーが庶民の一般的な足だ。


トウモロコシ粉でつくる「ウガリ」を主食に、葉物野菜を煮込む「ムチチャ」を付け合わせた現地の典型的な食。


知られざるストーリー