「現地で入手可能な物」で
経鼻経管栄養法を安全なものへと改善

中川理恵さん(︎タンザニア・看護師・2017年度3次隊)の事例

タンザニア最大の高度専門医療施設の小児科部門に配属された中川さん。「タンザニア最大」とは言え、継続的に入手できる物品に限りがあったなか、その制約のなかで可能な看護技術の質向上の支援に取り組んだ。

中川さん基礎情報





【PROFILE】
1981年生まれ、神奈川県出身。聖路加看護大学(現・聖路加国際大学)で看護師と保健師の免許を取得。病院の小児科病棟と小児科外来に看護師として勤務した後、聖路加国際大学大学院看護学研究科に進学。在学中の2018年1月、JICAの大学連携プログラムで青年海外協力隊員としてタンザニアに赴任。19年9月に帰国し、復学。20年3月に同大学院の修士課程を修了。

【活動概要】
タンザニア最大の公的な高度専門医療施設であるムヒンビリ国立病院の小児科部門に配属され、看護の質向上支援に従事。


 中川さんが派遣されたのは、タンザニア最大の都市ダルエスサラームにあるムヒンビリ国立病院。重症患者や専門治療を必要とする患者が全国の医療施設から送られてくる、同国最大の高度専門医療施設だ。配属された部署は小児科部門。中川さんの着任当時、「一般病棟」や「栄養失調病棟」など6つの病棟と外来で構成され、病床数は多い病棟で50床程度という規模の部門だった。

「観察」から活動を開始

ムヒンビリ国立病院の小児科部門に設置された、人工呼吸器を備える集中治療室で同僚看護師に「ベッドサイドティーチング」を行う中川さん。タンザニアで初となる小児科の集中治療室だ

ムヒンビリ国立病院の外観

 中川さんは着任後、まずは各病棟を回って2、3週間ずつ仕事の様子を観察。解決できそうな問題点や、それらをどういう優先順位で解決すべきかが見えてきたが、「この病棟の問題解決に力を貸してほしい」というリクエストはなかなか出てこなかった。ようやく1つの病棟の男性看護師長(以下、Aさん)から「一緒に仕事をしよう」と声をかけられたのは、着任して半年ほど経ったころだ。重症患者の入院治療を行っている病棟(以下、重症病棟)である。
 中川さんは病棟の課題についてAさんと討議した。両者が「達成すべき」と考えていた課題の1つが、「経鼻経管栄養法の改善」。ムヒンビリ国立病院では部署単位で「カイゼン活動」に取り組むこととなっており、重症病棟がそのテーマに選んでいたのも「経鼻経管栄養法の改善」だった。カイゼン活動とは、幹部からの「トップダウン」ではなく、現場スタッフの「ボトムアップ」で取り組む職場改善のこと。病棟のスタッフたちが自ら「達成に取り組むべき」と認識しているのであれば、その実現が見込めると考え、中川さんはそれを支援することにした。
 経鼻経管栄養法とは、食事ができない患者の鼻から消化管へと管を通し、胃に栄養剤を届ける栄養補給法だ。重症病棟では、経口補水液や母乳、人工ミルク、ウジ(現地のお粥)、ムトリ(現地のバナナ製ポタージュ)などが栄養剤として注入されていた。問題だったのは、「管の先端が胃に届いているかの確認が不十分」「患者の上半身を適切な角度まで起こす『ポジショニング』を行わない」といった看護師のケアの不適切さにより、栄養剤が気管に入ってしまうという事故が起こっていたことだ。
 中川さんがAさんと共に最初に行ったのは、「管の先端が胃に届いているか」を確認する方法の整理である。日本で経鼻経管栄養法が行われる際にとられる確認方法は、「管の先端にあるものを吸引し、『リトマス試験紙』を使って胃酸であるかどうかを確かめる」「管の口に『二酸化炭素検出器』を当て、管が気管に入っていれば出てくる二酸化炭素の有無を確認する」など。しかし、タンザニアでは国立病院と言えども、「リトマス試験紙」や「二酸化炭素検出器」の入手は容易ではない。そこで中川さんたちは、現場で継続的に手に入る物で可能な確認方法をピックアップしていった。そうして、「管の先端にあるものを吸引し、目視で胃の内容物であるかどうかを確認する」といった4つの方法のうち、状況に応じてできることを必ず複数行うといった手順を、重症病棟のルールとして固めた。

「ベッドサイドティーチング」で指導

経鼻経管栄養法を施されている重症病棟の子ども

適切な経鼻経管栄養法の手技の定着を目的に、その要点をまとめたポスターを重症病棟のすべてのベッドの前に貼り出した

 問題は、定めた確認手順をいかに病棟の看護師たちに徹底してもらうかだ。不適切な経鼻経管栄養法による誤嚥性肺炎(*1)で患者が死亡したケースは、それまでに2件。日本では1件発生しただけで大ごととなるであろう医療過誤だが、重症病棟では「わずか2件」ととらえられていた。そのため、定めた確認手順の労をとる意義がなかなか理解されなかった。
 そうしたなか、中川さんは複数の方法で働きかけを実行する。その1つが「勉強会」だ。任期中、適切な経鼻経管栄養法に関する講義形式の勉強会を3度にわたって開いた。初回の講師はAさんに務めてもらったが、その後、技術の向上に意欲を持つ看護師がいるとわかったことから、残りの2回は彼女たちに依頼。すると、「教える立場」に立つ経験により、教えたことは自分自身が実践しようという意欲につながることがわかった。そこで中川さんは、普段の業務のなかでも、新たに着任した看護師やインターン看護師などへの経鼻経管栄養法に関する指導は、努めて同僚看護師たちにやってもらうようにした。
 そうした勉強会の難点だと中川さんが感じたのは、「費用対効果」だ。タンザニア人が行う講義は、とかく時間が長い。するとその間、病棟では患者を放っておくことになる。そうして任期の半ばごろから中川さんが力を入れるようになったのは、「ベッドサイドティーチング」だ。中川さんは重症病棟での活動を開始して以来、清拭、体位変換、オムツ交換、シーツ交換など日常のさまざまな看護ケアを同僚看護師たちと共に行いながら、折に触れて「ベッドサイド」で経鼻経管栄養法のアドバイスをしていった。
 当初、中川さんの「ダメ出し」に同僚看護師たちは耳を傾けてくれなかった。タンザニアの看護師隊員は身体への侵襲行為(*2)ができないために、注射ひとつ打とうとしない中川さんの発言は説得力がなかった。状況が一転したのは、現地で行われているやけどの処置の手順を教わり、「器械出し」でチームの一員としてケアに加われるようになってからだ。器械出しとは、滅菌されたピンセットなどを、処置をする人に不潔にならないように渡す作業。慣れた作業で手際が良かったこともあり、同僚看護師たちがにわかに中川さんの発言に聞く耳を持つようになった。そうして、重症病棟での活動を始めて1年ほど経った時期、中川さんは経鼻経管栄養法に関する同僚看護師たちのケアの状況を調査した。その結果、13のケースのうち、約8割で適切な管の位置確認やポジショニングが行われるようになっていたのだった。

*1 誤嚥性肺炎…食道に入るべきものが気管に入ってしまう「誤嚥」によって生じる肺炎。
*2 侵襲行為…生体内になんらかの変化をもたらす行為。

任地ひと口メモ 〈ダルエスサラーム〉

タンザニアの法律上の首都はドドマだが、政治や経済などの面で実質的な首都機能を持つのは、かつて首都だったダルエスサラーム市だ。港町であり、主要隣国への玄関口ともなっている。


白身魚とイモのフライのセット「Chipsi na samaki」が、港町であるダルエスサラームならではの定番メニュー。


知られざるストーリー