医療体制が脆弱な村の保健師として、
住民の健康増進事業に従事

上野陽子さん
バヌアツ・看護師・2014年度4次隊
鹿児島県鹿児島郡十島村 保健師

7つの有人島と5つの無人島からなる鹿児島県鹿児島郡十島村。1つも病院がないという脆弱な医療体制の同村で、村役場の保健師として働く協力隊経験者の上野さんに、その仕事の様子を伺った。

PROFILE





1989年、鹿児島県出身。日本赤十字九州国際看護大学を卒業後、看護師として鹿児島市の市立病院に、保健師として同市の保健所に勤務。2015年4月、青年海外協力隊員としてバヌアツに赴任。地方の保健行政機関に配属され、学校保健や地域保健に関する事業の支援に取り組む。17年4月に帰国。現在は、鹿児島県鹿児島郡十島村の村役場に保健師として勤務。


村内の島の小学校で、児童を対象に虫歯予防の指導をする上野さん

船に検診車を乗せ、村役場の職員が各島を回って行う検診の様子

村外にある役場の庁舎と島の間で行った、食生活改善推進員のオンラインの会議。新型コロナウイルスの感染拡大前から、こうしたシステムを多く活用してきた


−−十島村役場の保健師に就かれたいきさつをお教えください。

 協力隊員として配属されたバヌアツの保健行政機関の管轄地域には、医療体制や交通インフラが整っていないがゆえに、住民が病気に罹ると手遅れになりがちな島を管轄していました。そうした島では、病気やけがに関して「治療」よりも「予防」が重要だということで、それらの予防啓発に力を入れました。その経験を生かせる職だと考えて応募したのが、十島村役場の保健師のポストです。「出身地の鹿児島県で、医師が常駐しない地域の医療職」という条件で求人情報を探すなかで見つけたポストでした。

−−村ではどのような医療体制が敷かれているのでしょうか。

 十島村は7つの有人島と5つの無人島からなる人口約700人の村です。いずれの有人島にも病院はありませんが、村立の「へき地診療所」(*1)が1つずつ置かれ、村役場所属の看護師が2人ずつ常駐するほか、もっとも人口が多い中之島の常駐医として鹿児島赤十字病院の医師が3カ月交替で勤務しています。中之島の常駐医や、鹿児島赤十字病院と県立大島病院の医師が各島を月に2回ずつ巡回し診療を行っていますが、普段、一次的な診療に従事するのは常駐する看護師たちです。一方、病気の予防や早期発見に関する事業は、私が所属する村役場の住民課が担当しています。同課に配置されている保健師は4人で、「介護」や「母子」など分野別に業務を分担しています。私の担当は、「成人」「歯科」「感染症」などの分野です。村役場の庁舎は村外の鹿児島市内にあり、私も普段はそこで働きつつ、月に2、3回のペースで各島に出張するという勤務形態になっています。

*1 へき地診療所…他の医療機関へのアクセスの難しさなどに関する一定の条件のもと、例外的に常駐する医師の有無を問わず設置が認められた診療所。

−−上野さんが担当している業務の具体的な内容をお教えください。

 1つは、成人の健診やその結果を踏まえた保健指導の実施です。健診は受診者が病院に赴いて受けるのが通常ですが、十島村では、役場の職員と中之島常駐医が各島を回り、公民館で診療所の看護師と協力しながら実施しています。
  「歯科」に関しては昨年、虫歯予防のために、フッ化物(*2)の薬剤を使ってうがいをするフッ化物洗口事業を始めました。いずれの有人島内にも歯科医がおらず、住民が虫歯になると治療のために島外に通わなければなりません。そこで、「予防」を強化するために立ち上げたのがこの事業であり、協力隊時代に離島を回って子どもたちに歯磨き指導を行った経験が生きています。対象は未就学児と小・中学生で、洗口液の作成や洗口の実施は園や学校の先生方に委託しています。私が担うのは、フッ化物洗口に必要な歯科医の指示書や保護者の同意書の取り付け、先生方への洗口方法の指導などです。
 新型コロナウイルスの感染拡大により、住民の多くが「水際対策を強化してほしい」と要望したことから、来島者に「健康申告書」を提出していただくルールを私が提案し、実際に導入されることとなりました。島内で提供できる医療に限りがあることを踏まえたものです。健康申告書のアイデアは、協力隊時代の派遣国であるバヌアツで、入国者に健康申告書の提出が義務づけられているのを知って着想したものでした。同国は国内の医療体制の脆弱さを踏まえ、2月にいち早くこの措置をとっています。十島村の健康申告書の中身も、バヌアツのものを参考に私がつくりました。

*2 フッ化物…フッ素が含まれる化合物。

−−医療体制が脆弱な場所で活動した協力隊経験が、さまざまな形で今の仕事につながっているということですね。

 地域の人々の健康を左右する要因には、「医療体制」以外にも、「気候」などさまざまなものがあるかと思います。例えば、バヌアツは雨の降らない日が続くと野菜の収穫が難しくなるため、野菜の摂取量が減り、栄養の偏りが大きくなります。私は協力隊時代にその課題の解決に取り組むことにしたのですが、そこで現地の方から、「ここでは『グリーン・パパイヤ』ならいつでも手に入る。野菜の代わりになるのでは?」といったアイデアをいただき、活動に取り入れることができました。そうした経験を通じて、「地域に与えられている条件を前提に、そのなかでどれだけ住民の健康を高めるか」を考えることが、地域保健では重要なのだと学びました。それが今の仕事でもベースになっていると感じています。
 その一例が、「散歩コース」の考案です。十島村ではメタボリックシンドロームの増加が問題なのですが、いずれの島にも「スポーツジム」や「公園」がありません。しかし、それらをつくって住民の運動不足を解消するというのは、村の財政上、容易ではない。そうしたなか、保健指導を受けた住民と一緒に、楽しんで歩けるような「散歩コース」を考え、散歩の習慣化を住民に勧めるという取り組みを提案しました。これは、「与えられている条件を最大限に生かす」という姿勢があったからこそのアイデアだったと思います。

−−今の仕事で感じている困難は?

 生活習慣病の予防には、「飲酒」や「喫煙」をやめるなどの「行動変容」が必要です。しかし、ほかの娯楽が少ない地域でそれが容易ではないことは、バヌアツでも十島村でも同じように感じることです。村の住民に健康指導をしても、「ぽっくり逝くから、俺のことは気にするな」と言われてしまいます。「ぽっくり逝けませんよ」と伝えたいのだけれども、難しい。と言うのも、重症化した患者はみな村外の病院に入院するため、島では闘病で苦しむ様子を目の当たりにする機会がないからです。今後、闘病で大変な思いをした方に体験談をお話しいただくプログラムを実施したいと考えています。

−−仕事のやりがいを感じるのは、どのような場面でしょうか?

 島に出張で赴く際は、向かう船のなかで住民の方に声をかけたり、赴いた先の島で家々を回ったりして、住民の方々の健康に関する問題を察知するよう心がけています。それを積み重ねてきたことで、最近は「肌にブツブツができた。どこの皮膚科に行けば良いのか?」といった些細な質問を、電話で私に投げかけてくださる住民も増えてきました。協力隊活動と同様、「現地の課題を知ること」が今の仕事でも第一歩なので、そうした関係を住民の方々と築けつつあるのはうれしく、もっと多くの方のお困り事に耳を傾けていきたいと思っています。

−−最後に、今後の抱負をお願いします。

 十島村の住民の方々には、「ずっと暮らして来たこの島で、この波や、この風の音を聞きながら死を迎えたい」という思いがあります。しかし、村内には火葬場がなく、家族に迷惑をかけたくないという思いから、村外で最期を迎える方がほとんどです。そうしたなか、「終末」の迎え方をあらかじめ本人と家族などで話し合う「アドバンス・ケア・プランニング」について語る場を設けることを、介護担当の職員を中心に始めています。へき地だからこそ存在する、複雑かつ大切なそうした問題について、方向性を見つける力になれればと考えています。

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