世代を超えて地域住民がつながる場となる
カフェを経営

吉江勇介さん
ラオス・村落開発普及員〈現・コミュニティ開発〉・2006年度2次隊
長野県岡谷市 コミュニティカフェの経営者

自身の幼少期とは様変わりし、シャッター街ばかりとなってしまった長野県岡谷市。Iターンをしてそこにコミュニティカフェ(*)をオープンし、住民どうしのつなぎ役を務める吉江さんに、仕事の様子を伺った。

* コミュニティカフェ…地域の住民どうしを結ぶ機能を果たす飲食店。

PROFILE





1979年生まれ、長野県出身。大学卒業後、自動車ディーラーの営業職を経て、2007年1月に青年海外協力隊員としてラオスに赴任。農村部で特産品開発などに取り組む。09年1月に帰国。(公社)青年海外協力協会や、展示会の企画・運営などを行う会社での勤務を経て、16年、長野県岡谷市に「カフェ・ヒルバレー」をオープン。


「カフェ・ヒルバレー」の店内。壁に描かれている鯨の絵は、常連客のグラフィクデザイナーに描いてもらった作品だ

看板メニューの1つとなっているバスクチーズケーキ。東京の専門店の味を再現するべく、試行錯誤して開発した

同店で開催された弦楽のコンサート


−−経営されている「カフェ・ヒルバレー」の概要をご紹介ください。

 長野県岡谷市の中心街の30坪ほどのカフェです。開店は、協力隊の任期を終えて8年ほど経った2016年です。メニューは、8種のコーヒーを始めとするドリンク、バスクチーズケーキやパンケーキなどのスイーツのほか、サンドイッチやローストビーフ丼などのフード類もあります。開店以来、アルバイトを雇う以外は私1人で切り盛りしています。

−−開店までの経緯をお教えください。

 私は協力隊経験を通じて、いずれ派遣国のラオスに観光ホテルをつくり、外貨獲得の力になりたいという思いを持つようになりました。現地には日本人が快適に過ごせるようなホテルが少なく、せっかく観光資源が豊富なのにもったいないと感じたからです。しかし、ホテルの経営に必要なビジネスの知識がまったくなかったので、帰国後、まずはビジネスの経験を積むために日本国内で働くことにしました。転機となったのは、「展示会」の企画や運営などを行う東京の企業の社員として、カフェ業界の展示会を担当したことです。食材や設備などを提供する生産者やメーカー、カフェの経営者など業界のさまざまな関係者の間をつなぐ趣旨のイベントでした。その仕事を通じて得た知識や人脈を活用して、カフェを経営すれば、ビジネスの知識を蓄えることができるだろうと思い、実行しました。

−−岡谷市に出店した理由は?

 都市部では競合店が多いため、初めて店を持つ者では太刀打ちできないだろうと考え、当初から「地方」に目を付けていました。岡谷市で開業したきっかけは、地元での起業を希望する人に向けて起業のノウハウを教える同市商工会議所主催のセミナーに参加したことです。地域の活性化を目的とした同種のセミナーは全国各地で開かれているのですが、地元の商工会議所や銀行、自治体などとのコネクションがつくれる場でもあるため、その地での起業には有益です。私も起業前にそれを受講しようと、出身地である長野県上伊那郡辰野町やその近辺での開催状況を調べたのですが、その時期に予定されていたのが、辰野町に隣接する岡谷市の商工会議所によるものでした。私が幼いころには賑わいを見せていた商店街が、今ではシャッター街となり、若者が遊べる場所もゲームセンターくらいになってしまった。それが非常に寂しく、なんとか地域が元気になるために力になりたいとの想いもあったことから、セミナーを修了した後、市内で見つけた現在の物件を借りて開業することにしたのでした。

−−どのようなカフェにしようという方針で経営されているのでしょうか。

 多くのビジネスに通じることかもしれませんが、「店」のカラーはお客様につくっていただくものだと考えています。当初は、地方ではなかなか飲めないような高級なコーヒーを売りにしようとしたのですが、蓋を開ければ、思ったほど客足が伸びなかった。結局、売り上げが安定するようになったのは、「高級さ」や「値段」などにはこだわらず、「『焙煎師』が手仕事にかける情熱」など、「背後の物語」にインパクトがあるようなメニューを提供することに力を入れ始めてからでした。
「『店』のカラーはお客様につくっていただく」という点は、メニューの選定以外でも心がけるようにしています。その1つが「内装」です。店内の一番面積の大きな壁には、小さな海の生き物たちで表現する大きな鯨の絵が描かれているのですが、作者は地元のグラフィックデザイナーです。彼女はかつてお客様としてやってきて、コーヒーを飲みながら絵を描いていた方です。あるとき「素敵な絵ですね」と声をかけたところ、「将来はグラフィックデザイナーになりたい」という夢を語ってくれました。その絵がとても素敵だったので、「将来などと言わずに、今なってもらおう。せっかく描いてもらうならば、思い切り躍動感のある作品を」と思い、依頼しました。ご本人はとても驚いていましたが、喜んでいただけたようでした。現在、当店のコアなお客様ははっきりと2タイプに分かれます。1つは、おいしいコーヒーを飲みながらおしゃべりを楽しみたい方で、およそ2割。残りの8割は、岡谷市ではまだまだ珍しい「おしゃれな空間」でおしゃべりを楽しみたいという方々で、鯨の絵が当店の大きなカラーの1つになっていると感じています。
 そのほか、お客様の要望に応じて各種イベントの会場として使っていただくようにしているのですが、そうした「コミュニティスペース」としての役割を担っていることも、お客様によってつくっていただいた当店のカラーの1つだと思います。

−−具体的にどのようなイベントが行われているのでしょうか。

「岡谷を今後、どのようにしていくべきか」を語り合う会や、弦楽のコンサート、ヘヴィメタルを聴く会などです。そうしたイベントのアイデアは、お客様どうしの会話のなかで生まれています。当店は現在、中学生から80代の方まで、幅広い年代の住民の方々に繰り返し通っていただけるようになっています。当店に来ていただいた以上は、年齢も職業も関係なく、いずれも同じ「カフェ・ヒルバレーに来ていただいた近くの住民」として、互いの人生や岡谷の問題についてざっくばらんに話をする関係になっていただきたい。そのためにも、私はコーヒーを淹れながら、カウンター越しにお客様に声をかけ、誰かほかのお客様とつなげて、おもしろいイベントの企画が生まれないかなどと常に探っています。

−−協力隊の経験が今の仕事に生きているとお感じになっている点は?

 お客様と話をしているとよく、「いろいろなことを知っていますね」と言われます。ラオスや東京で働いたなかで知ったことを話しているからだと思いますが、地域の「外」での経験を地域内に伝える役回りは、実はカフェの経営をしていると果たしやすいのだろうと感じています。インターネットで私が協力隊経験者であることを知って来店してくださる協力隊志望者も多く、ここで私の体験談を聞いて応募したという方も少なくありません。

−−今後の抱負をお教えください。

「地方」で経営するカフェは、さほど多くのお客様は見込めません。それでも、不動産にかかる費用は少ないので、なんとかやっていくことができる。そうしたなかでのおもしろさは、お客様との距離が近くなる点ではないかと思います。たくさんの会話をして、ひとりひとりの人生に触れることができる。その楽しさを知ったため、このカフェはラオスでホテルを経営するためにノウハウを蓄えることを目的に始めた仕事ではありましたが、今後、国内にもっと広げていきたいと思うようになりました。

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