[私の引継書 〜未来の協力隊員へ〜]
州政府による、障害者の就労支援事業を活性化

話=今村めぐみさん(マレーシア・障害児・者支援・2017年度1次隊)

今村さん基礎情報





【PROFILE】
1986年生まれ、福岡県出身。大学時代に精神保健福祉士の資格を取得。民間企業と精神障害者の就労支援施設に勤務した後、2017年7月に青年海外協力隊員としてマレーシアに赴任。19年7月に帰国。

【活動概要】
クダ州社会福祉局のビドン障害者ワンストップセンター(クダ州ビドン)に配属され、障害者に関する主に以下の活動に従事。
●就労支援システムの構築
●就労の受け入れ先企業の開拓
●家族などへの就労に関する啓発


活動の環境

就労希望の障害者(中央)の就職面接に同行し、作業の得意・不得意などについて本人に代わって企業の担当者(右)に伝える今村さん

 私の配属先は、クダ州社会福祉局が設置するビドン障害者ワンストップセンターという施設で、その所管事業は、障害者の就労支援、障害当事者やその家族への情報提供などです。着任当時、配属先に障害者としての登録を求める人は月に1人いるかいないかという状態で、就労支援がほとんどなされていなかったことから、私は主にその仕組みづくりに取り組みました。
 マレーシアでは、障害者の就労支援に必要な専門知識に関する研修を行い、その修了者に「ジョブコーチ」という肩書きを認定する制度を設けています。クダ州政府は、障害者の就労支援を行うために次のような施設を置き、その多くにジョブコーチを配置しています。
(1)地域リハビリテーションセンター(以下、センター)
 障害児・者が利用する通所施設。当時、州内の42カ所に設置されていました。企業などから仕事を受託し、利用者がそれをこなす授産施設(*)としての機能を備えつつ、就職が可能な利用者の就労支援ができるよう、多くにはジョブコーチが配置されています。
(2)全寮制の職業訓練施設(以下、職業訓練施設)
「パンづくり」や「園芸」など、技能の習得に一定の訓練が必要な職業の訓練を行う全寮制の施設。州内数カ所に設置され、それぞれにジョブコーチが配置されていました。寮生活や訓練が可能だと判断された障害者が入所できます。
 私は着任後、半年あまりをかけてセンターを30カ所ほど回り、以下のような項目についての聞き取り調査を行いました。
■就労可能な利用者がどれくらいいるか。
■周辺に就労を受け入れてくれそうな企業などがどれくらいあるか。
■ジョブコーチがいるか。
■就労がどれくらい実現しているか。
 この調査で判明したのは、ある程度読み書きができるなど、簡単な仕事なら就職が可能と見られる利用者は多いにもかかわらず、「ジョブコーチたちは具体的に何をすれば良いのかがわからない」といった要因により、就労支援はほとんど行っていないことでした。

* 授産施設…就職が難しい人に、就労や技能修得のための機会を与える施設。

就労希望の障害者(右)に窓拭き作業をやってもらい、職業能力の評価を行う今村さん

配属先で開始した「簡易職業訓練」。同僚(左から3人目)が指サックの成形作業の指導をしている

配属先が「就職フェア」に出したブースで、同僚(左)と共に企業の担当者(中央)に障害者雇用について説明する今村さん

活動の内容

 職業訓練施設では就労の実績が上がっているようでしたが、入所できる障害者は一部です。そうしたなか、私の配属先はセンターにおける就労支援をフォローする立場にあったことから、まずは配属先で就労支援の仕組みづくりとその運用を実現し、後にそのノウハウを各センターに広めていくという方針を立てました。
 着任当時の配属先の職員は3人です。いずれもジョブコーチの研修を受けていない人であったことが、配属先で就労支援が停滞していた原因だったかもしれません。しかし、私が着任してまもなく、職業訓練施設に勤務していたジョブコーチが配属先に異動してきたため、風向きが変わりました。JICAのプログラムで半年間、日本でジョブコーチに関する研修を受けた経験もあった方であり、彼は「就労支援の仕組みづくりを」という私の提案を受け、ほかの同僚たちに発破をかけてくださり、配属先全体で次のような作業を進めることができました。
■障害者にいくつかの作業をしてもらい、どのような仕事に就けるかを評価する方法の標準化を図るため、チェック項目をリストにした「職業能力評価シート」を作成。
■簡単な訓練だけで就労可能なのは「皿洗い」や「掃除」などと予想された。そこで、センターから先行事例となり得る利用者を紹介してもらい、そうした作業の「簡易職業訓練」を試行。
■試行した簡易職業訓練の様子を動画に収め、SNSでセンターなどに配信し、就労希望の障害者に配属先への相談を勧めるよう依頼。
■州内の企業に対して、障害者の就労の受け入れを求める営業活動を実施。
■「就職先でいじめられる」「事件に巻き込まれる」といったことを心配し、子どもの就労に不安を持つ親が多いことから、実際に就労した障害者へのインタビューの動画を作成し、それを使った啓発活動を実施。
 以上のような取り組みにより、その着手から任期終了までの1年あまりで約40人の就労を実現することができました。もっとも多かった就職先は飲食店で、仕事の内容は掃除や皿洗い、給仕などです。次に多かったのは、工場での単純作業の仕事です。
 そうして回り始めた就労支援のシステムを、各センターに導入することは、時間切れとなって手を付けることができませんでしたが、今後、その点を含めて同州での就労支援の仕組みづくりが進んでいくことを期待しています。

[Message]
大切なのは、真摯に向き合う姿勢

 配属先による支援で就労が叶った精神障害の方が、あるとき服薬を止め、状態が悪化して職場に通えなくなり、「騒いでいる」と下宿先の大家さんから配属先にクレームが入ったことがありました。家族がいない女性です。勤務時間を過ぎていたため、配属先で対応できるのは私だけだったのですが、私の判断で対処して良い事案ではありません。そこで、以前から付き合いのあった州社会福祉課の職員(以下、Aさん)に電話で相談したところ、精神科の病院に連れていくのに付き合ってくださり、事なきを得ました。そのとき言われたのが、「あなただから手伝った」という言葉です。
 Aさんは、活動が思うように進まないときに私の悩みを聞き、私が「障害者の社会参加のお手伝いがしたい」という一心で活動していることを理解してくれていた方でした。何の権限も持たずに活動する協力隊員にとっての最大の財産は、見返りを求めずに活動に協力してくれるような現地の方にほかならないでしょう。そうしたAさんのような方の心をつかむために必要なことは、現場の状況への不満を嘆いてばかりいるのではなく、それを飲み込み、そのなかで自分にできることを探し、実行する真摯な姿勢を貫くことだというのが、私が協力隊活動を終えての実感です。

知られざるストーリー