JICA Volunteer’s before ⇒ after

大庭良介さん(パラオ・野球・2015年度1次隊)

before:大学生
after:東京消防庁消防官

 東京消防庁の消防官として働く大庭さんが消防官を志したきっかけは、野球隊員として派遣されたパラオで火事に遭遇したことだった。帰国後、東京消防庁採用試験を受験し、現在は練馬消防署で消防官として働いている。

パラオ野球の輝きを取り戻す

パラオの子どもたちに野球を教える隊員時代の大庭さん。若い世代が野球に触れる機会が減ったことも野球人気が下がる理由のひとつだと考え、大庭さんは普及活動にも取り組んだ

 小学1年生のときに野球を始めた大庭さん。その後、体育大学に進学し、野球部に所属。将来も野球にかかわっていきたいと思っていた。そんなとき、大学で元野球隊員の先輩に出会う。
「先輩は派遣国の野球代表チームの打撃コーチとして活躍した方。自分自身をしっかり持った落ち着いた方で、協力隊に参加すれば彼みたいになれるのかと思い、応募しました」
 合格した大庭さんはパラオオリンピック協会・野球連盟に配属され、代表チームの野球技術の向上などに携わることになった。パラオ野球の歴史は古く、照明付き球場があり道具も揃っていた。しかし、球場は整備されず、ゴミが散乱している状態。野球をする上で、整備や掃除を選手が行うのは当たり前だと思っていた大庭さんは驚き、「なぜ整備をしないの?」と代表選手に尋ねた。「整備して野球がうまくなるの?」と返された。
 同国で人気がある野球だが、最近陰りが見える。理由のひとつは選手の心にある「驕り」だと大庭さんは思った。パラオは太平洋島しょ国(*1)の中では野球強豪国。選手は現状に満足し、発展を目指す様子は伺えない。このままではパラオ野球は衰退してしまう……大庭さんはそれを食い止める方法を考えた。
「日本野球の強さの一端には、野球ができる環境への感謝と敬意、地道な努力があると思っています。それらを身につける方法のひとつが球場整備です。整備のやり方を伝えるなかで選手の心が変化し、パラオ野球が輝きを取り戻してくれればと思いました」
 グラウンドを平らにすれば怪我が防げ、プレーがしやすくなるなどの意義を説明し、毎練習後に選手と整備を開始。技術力向上に直結しない活動に選手は嫌そうだったが、日本では当然のことなのでいずれ意義を理解すると思った。だが、何カ月経っても自発的には行わない。大庭さんはなぜやらないのか理解できず、信頼関係が築けないまま時が過ぎた。
 転機は任期終盤。少年野球チームのコーチを務めたときだ。初心者ばかりで技術レベルは低かったが、やる気と素直さは1番だった。「どうすればうまくなれる?」と聞く少年たちに、大庭さんも真摯に答えた。指導を聞いた子がうまくなり、その子を真似して別の子もうまくなる。「良介の真似をすればうまくなるんだ」と、球場整備も始めた。
「理解や信頼をされたかったら、まず自分が相手を理解し、信用する必要があると気づきました。代表選手への伝え方は私が未熟だった。それに気づいたことで、野球指導や自分自身を客観的に見られるようになったと思います」
 帰国直前、大庭さんが不在の練習日。少年たちが球場整備をしていたと他隊員に教えられた。「彼らが大人になったとき、パラオ野球は輝きを取り戻すかもしれない」と感じた。

*1 太平洋島しょ国…太平洋の島国のことで、パラオをはじめ、パプアニューギニア、フィジー、サモアなど14カ国を指す。東ティモールやニュージランドは含まれない。

一歩引いた目で現状を考える

消防署で訓練をする現在の大庭さん。訓練を積むことが、安全かつ迅速な救出・救護活動につながる。火災現場で炎の中に入るときは、2人1組で進入し、煙で前が見えない中で要救助者を捜す

 帰国後の進路について考えたのは帰国の半年前、パラオで火事に遭遇したときのことだ。黒煙があがる火災現場には40分経っても消防隊が到着しない。できることはないのかと思ったが、手伝う勇気はなく、こんなときに何かができる人間になりたいと思った。また、消防隊の到着の遅さに開発途上国の火災対応が気にかかった。日本が行う支援がないかと調べると、東京消防庁が海外の消防組織に日本の防災知識や技術を発信していると知る。緊急時に人を助けられ、途上国でも役立てる仕事。消防官を目指そうと決めた。
 帰国後、アルバイトをしながら予備校に通い、東京消防庁採用試験を受験。合格し、昨年2月に東京消防庁に入庁した。消防学校で学んだ後、練馬消防署に配属され、現在は「ポンプ隊」の任務に就いている。ポンプ隊は、主に火災現場での消火・救助活動を担うほか、救急隊と連携した救急活動も行う。外国人が倒れている現場で容態を確認する際、大庭さんの語学力が役立ったこともあるそうだ。それ以外にも、消防法に基づいた立入検査や地域の防災訓練指導などの業務に携わる。
「大学生のときは監督の指示を即実行してしまう『せかせかした人間』だったんです。今は指示を受けたとき実行する前に優先順位を考えるなど、一歩引いた目を持って業務を精査できるようになった。パラオで客観的に物事を見る大切さを学んだからだと思います」
 いつか国際業務の仕事や英語対応救急隊(*2)を担当してみたいという希望はあるが、今はポンプ隊の任務にやりがいを覚えている。
「日々の訓練により現場でスムーズに動けるようになるなど、少しずつ自分の成長を感じられることが増えてきています。とはいえ、まだまだ学ぶことばかり。今は目の前にある仕事に全力を尽くしていきたいです」

*2 英語対応救急隊…救急活動に必要な英語能力、外国の生活習慣などに応じた接遇等の技術を備えた救急隊員。






大庭さんのプロフィール

【before】
[1992]
神奈川県出身。
[2015]
3月、日本体育大学を卒業。

【JICA Volunteer】
[2015]
7月、青年海外協力隊に参加(野球隊員だった先輩への憧れに加え、「人生80年」と考えたとき、行ける環境にいるなら海外に行かないのはもったいないと思い、参加した)。
パラオオリンピック協会・野球連盟に配属され、パラオ代表チームの指導や、青少年の野球チームへの指導を行う。日本人野球チームも結成し、プレーを通して野球技術や理念を伝える活動も行った。
[2017]
1月、火事に遭遇(東京消防庁に国際業務の仕事があることを知り、受験を決める)。
6月、帰国。

【after】
[2017]
9月、アルバイトと予備校に通う生活。
[2018]
8月、東京消防庁採用試験に合格。
[2019]
2月、東京消防庁に入庁。
消防学校で学ぶ(6カ月間)
8月、練馬消防署に配属され、ポンプ隊として活動。

【消防官・大庭さんのある勤務日】
(交替勤務制8:30〜翌8:40)

8:30
勤務開始。
前日の勤務員から引き継ぎ。
すべての機械を動かして点検。
報告書作成などの事務処理。

12:00
昼食。
訓練を実施。
建物の検査。
地域の防災訓練の指導。

17:30
夕食。

18:00
車の点検。
ミーティング。
情報共有と報告書の作成などの事務処理。
訓練を実施。
仮眠。

6:00
起床。
庁舎と車の清掃。

8:40
勤務終了。

知られざるストーリー