捨てられていた「蜜蝋」を材料とするキャンドルの
製造・販売をスタート

高木郁絵さん(ネパール・コミュニティ開発・2016年度1次隊)の事例

村落振興などへの支援を求められてネパールの丘陵地帯に派遣された高木さん。メインの活動となったのは、「蜜蝋キャンドル」を製造・販売する小規模ビジネスを、養蜂が盛んな地域で立ち上げることだった。

高木さん基礎情報





【PROFILE】
1988年生まれ、長崎県出身。大東文化大学国際関係学部を卒業後、2016年6月に青年海外協力隊員としてネパールに赴任。18年6月に帰国。

【活動概要】
ネパール森林土壌保全省の地方出先機関であるパルパ郡土壌保全事務所(第5州パルパ郡タンセン)に配属され、女性グループによる蜜蝋キャンドルの製造・販売の立ち上げを支援。


丸太をくり抜いてつくったミツバチの巣箱から巣を取り出す活動対象の女性たち

 高木さんの配属先は、ネパール全体の森林行政を所管する同国森林土壌保全省のパルパ郡土壌保全事務所。地方出先機関の1つだ。当時同国では、村落振興と森林保全の両方を住民参加型で進めるプロジェクトが、パルパ郡を含む14郡で進められていた。かつて同国で実施されたJICAの技術協力プロジェクトをモデルにした「複製プロジェクト」で、「モチベーター」と呼ばれる現地巡回員を置き、彼らが住民グループへの密なサポートに当たる点が特徴となっている。高木さんの配属先は、パルパ郡におけるプロジェクトの実施機関となっており、その支援をすることが、高木さんに求められていた役割だった。
 同郡は農業を主産業とする地域。高木さんが農家の収入向上の手段として「蜜蝋キャンドル」に目を付けたのは、着任して半年ほど経ったころだ。郡内には養蜂が盛んな地域があった。情報収集のために初めてそこを訪れた際、ミツバチの巣から蜂蜜を取った後に残る絞りかすを農家が捨ててしまっている光景を目にした。蜂蜜の絞りかすには、巣の素材とするためにミツバチが分泌する蝋(*)の「蜜蝋」が含まれている。蜜蝋でつくる「キャンドル」の存在を知っていた高木さんは、それまで捨てられていた絞りかすを使って蜜蝋キャンドルを製造し、販売する小規模ビジネスの立ち上げを支援しようと着想。エベレストやユネスコの世界遺産に登録されている地域など、観光資源が豊かな同国では、多くの外国人観光客に土産物として高値で買ってもらうことが見込める。材料の絞りかすは従来捨てられていたものなので、安価で仕入れることができる。そうしたことから、蜜蝋キャンドルは利益率が高い商品となる可能性があり、配属先の同僚たちも高木さんのアイデアに賛同。養蜂が盛んな地域の住民を相手に、高木さんとモチベーターたちとで、事業立ち上げの支援を進めることになったのだった。

* 蝋…通常の室温では固体の状態にあり、気体になるとよく燃焼する油脂状の物質。

収入創出が実現

 高木さんもモチベーターたちも蜜蝋キャンドルのつくり方を知らなかったことから、それを調べることが最初のステップとなった。まずは外国人観光客向けの土産物店を回り、蜜蝋キャンドルを売っている店で仕入れ先の情報を入手。そうしていくつかのキャンドル工場を訪問したところ、材料や工程を教えてもらうことができた。その後、試作を重ねて、より良い材料や工程を見極めていった。商品開発では次のような工夫をした。
【材料】 訪問したキャンドル工場では、石油からつくる安価な「パラフィンワックス」を蜜蝋に混ぜていたが、人体に悪影響を及ぼす恐れがあると言われていることから、それは止め、「100パーセント蜜蝋製」として付加価値を高めることにした。
【容器】 訪問した工場ではキャンドル用の鋳型を使用していたが、任地の農家にはそれを入手する初期投資が難しいことから、任地で売られているヨーグルトのプラスチック容器を鋳型の代わりとすることにした。
 商品開発を終えると、養蜂が盛んな地域の住民グループを対象に、つくり方を教えるトレーニングを実施。すると、9人の女性メンバーからなる1つのグループが蜜蝋の採集を始めて実施の意欲を示したことから、高木さんとモチベーターたちがたびたびそのグループのもとを訪れ、製造の現場に立ち会いながら、技術面のサポートを続けた。
 そうしてつくられた商品を、手始めに首都で開かれた農業博覧会で販売。すると、1個500円ほどの値段で持ち込んだ30個が完売する。モチベーターの手当や交通費、材料の費用などを差し引いた約5000円を、グループのメンバーで分け合うことができた。このグループのうわさはその後、すぐに広まり、配属先には蜜蝋キャンドルづくりのトレーニングの依頼が殺到。また、高木さんの任期が終わる直前には、レストランや外国人用ゲストハウスで委託販売させてもらえるようになったのだった。

活動対象の女性グループが製造した蜜蝋キャンドル

農村の女性グループを対象に、蜜蝋キャンドルづくりのトレーニングを実施する高木さん

蜜蝋キャンドルづくりに取り組む活動対象の女性グループのメンバー

身分制度が活動に影響

 ネパールの多くの人が信仰するヒンドゥー教には、「カースト制度」という身分制度がある。2011年に施行された法律により、現在はカースト(身分)による差別が禁止されているが、まだその意識は人々の心に残っており、自分より低いカーストの人と結婚したり、食事をしたりすることは避けられている。高木さんも同僚から、「自分よりカーストの低い人と一緒に食事をしたくない」と打ち明けられたことがある。カーストの違いにより、住民とモチベーターの関係が深まりきらないこともあり、高木さんの活動にも影響を及ぼした。
 ヒマラヤ山脈の南麓に位置するネパールは、国土の8割を山岳地帯や丘陵地帯が占める。パルパ郡もそこに含まれ、標高は1400メートル程度。郡内の集落は山間に点在するため、高木さんたちが住民グループを回るのは楽ではなかった。蜜蝋キャンドルの活動対象となった養蜂が盛んな地域は、配属先がある町から山坂道をジープで4時間かけて辿り着く。日帰りは難しいため、蜜蝋キャンドルづくりの指導のために住民グループを訪ねる際は、現地で1〜2週間滞在する「出張」とせざるを得なかった。訪問先では通常、グループのメンバーの家に宿泊させてもらい、そうすることで彼女たちとの関係を深めた。ところが、低いカーストのモチベーターと共に訪ねるときには、「忙しいから」「部屋が散らかっているから」などと理由を付けられて、宿泊の受け入れを断わられてしまうのだった。そうした対応をされたモチベーターに、住民支援のモチベーションを保ち続けてもらうのは難しいことだった。
 以上のように、ネパールにおける経済・社会の開発の複雑さや難しさを感じた高木さんだったが、任期を終えても心に残り続けているのは、朝早くから夜遅くまでよく働くネパールの農村女性たちの真面目さだ。帰国後も、たとえ小さな規模であれ、彼女たちへの支援をなんらかの形で続けていきたいというのが、高木さんの希望である。

ネパールと協力隊〈日本語の指導〉












 留学生や技能実習生などの立場で日本で暮らすネパール人は約9万人に上り、ネパールには日本語を教える学校が各地にある。長畑宏明さん(ネパール・コミュニティ開発・2017年度3次隊=右写真)が派遣されたのは、同国森林土壌保全省が第4州パルバット郡(左写真)に置く地方出先機関。標高約1300メートル程度の丘陵地帯にある農村部の郡だが、十数人の生徒を持つ私立の日本語学校が3つあった。教えているのは、国内で日本語を学んだネパール人。日本人と同じように日本語の会話や読み書きができる人たちだったが、彼らが不得意としていたのは「文法」だ。長畑さんは赴任して3カ月ほど経った時期に日本語学校の存在を聞き、訪問。教員たちから文法や発音を中心としたアドバイスを求められたことから、定期的に通い、授業のフォローにあたった。

知られざるストーリー