派遣国に戻って算数の塾を開き
より良い指導方法の普及を目指す

古田優太郎さん(ジャマイカ・数学教育・2016年度1次隊)
出張型学習塾を経営

協力隊時代、ブロックを使って「集合数」の概念を身に付けさせる算数授業に取り組んだ古田さん。手応えが大きかったことから、任期を終えた後に再度ジャマイカに渡り、「塾」という形でその指導方法の普及を図ることにした。






PROFILE

1991年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、公立中学校に数学科の非常勤講師として勤務。2016年6月、青年海外協力隊員としてジャマイカに赴任。ブロックを使った算数授業の実践などに取り組む。18年6月の任期終了後、ジャマイカの教育省に就職。その勤務のかたわらで、出張型の学習塾をスタート。その後、教育省から現地の企業への転職を経て、塾経営の本格化に着手(右写真は、巡回先の小学校で算数授業を行う協力隊時代の古田さん)。

出張型学習塾

本拠地:ジャマイカ
開業:2018年
事業:算数教育、プログラミング教育


出張型学習塾で算数の個別指導をする古田さん

古田さんが算数教室に取り入れている木製のブロック教材。現地の木工所に製作を依頼した

ロボットのおもちゃを使ったプログラミング教室の様子

−−協力隊時代の派遣国であるジャマイカで経営されている学習塾について、概要をお教えください。

 算数とプログラミングを教える、小・中学生を対象とした塾です。さまざまな地域の子どもに利用してもらえるよう、自前の教室は持たず、放課後に学校の教室を有料で借りて授業を行う「出張型」にしています。ボランティア活動として算数教育を行う活動からスタートさせた塾であり、現在もプログラミング教室だけを有料とし、算数教室は家庭の経済状態にかかわらず受講してもらえるよう、無料のままにしています。プログラミング教室では、ロボットのおもちゃを操るプログラムの作成に取り組んでもらっています。今年の初頭まで、プログラミング教育を行う現地の会社で働くかたわらでの塾経営だったので、会場として借りることができたのは2校、生徒はそれぞれ数人ずつという小さな規模だったのですが、今年に入って勤務先を退職し、塾の経営を本格化させるための準備に専念するようになりました。コロナ禍で現在、塾は一時休校としていますが、9月には再開する予定です。

−−開業のきっかけは?

 協力隊時代、ジャマイカ教育省の地方出先機関に配属され、小学校低学年の算数教育の改善支援に取り組みました。力を入れたのは、「集合数」の概念を身に付けさせる授業を実践し、その意義を発信することです。同国の算数教育のカリキュラムは、子どもの理解のステップを踏まえていない構成となっており、小学校低学年では「1つ目」「2つ目」という「順序数」の概念だけを教え、「1個」「2個」と数を「量」で捉える「集合数」の概念を教えないまま、四則計算の指導に入ることになっています。そうしたカリキュラムでは、四則計算の力が付きません。現地では、四則計算能力向上のために繰り返しドリルを解かせることなどが行われていましたが、効果は上がっていませんでした。そうしたなか、私がブロックを使って集合数の概念を身に付けさせる授業を試みたところ、四則計算のテストの平均点が2倍に伸びました。しかし、協力隊時代にその指導方法を各校に普及させるまでには至りませんでした。その経験から、任期を終えた後も同種の指導方法を現地で実践し、普及させたいと考え、運営することにしたのが現在の学習塾であり、算数教室ではやはりブロックを使って集合数の概念を身に付けさせる指導をメインにしています。協力隊の任期を終えてまもない時期にジャマイカ教育省に就職し、その仕事のかたわらで塾の活動をスタートさせました。

−−教育省に就職したのはどのような理由だったのでしょうか。

 塾を立ち上げることはすでに協力隊の任期中に考えていたのですが、どのような運営体制が良いのかが見えなかったため、まずは現地で定職に就き、そちらで生活費を稼ぎながら、ボランティアで塾の活動をスタートさせることにしました。教育省で私が就いたのは、外国人を対象に募っていた「算数コーチ」というポストで、その求人が出ていることは、協力隊時代に付き合いのあった教育省の職員から教えていただきました。
 前述したような同国の算数教育のカリキュラムの問題は、教育省の内部に入れば改善に向けた働きかけができるだろうと考えていたのですが、実際は難しかったです。当時、同省では「問題解決の思考能力」を養うような指導を算数教育に導入する計画を進めていました。それは、四則計算の力があって初めて習得できる能力なので、時期尚早だと思ったのですが、私は省全体の方針を覆せるような立場ではなかったのです。

−−教育省を退職した後に、先ほどお話に出たプログラミング教育を行う会社に転職されたということでしょうか。

 そのとおりです。教育省に勤務しているときから、塾の経営を本格化させるためには、それに必要なノウハウをしっかり勉強しなければと考えていました。そんななかで、転職先の企業が塾のような形でプログラミング教育を行っていることを耳にします。そうして、まずはプログラミング教育の現場を見学させていただき、その後、社長から「うちで働かないか」とお声がけがあり、入社して修行させてもらうことになりました。ジャマイカでは、水泳や空手、卓球など、スポーツを中心とする「習い事」が盛んです。現地の習い事で一般にどのように生徒を募集したり、月謝を設定したりしているのか、働きながら学びました。塾でプログラミング教室を導入したのも、その企業でノウハウを得たからです。プログラミングについての知識は、大学時代の授業で身に付けていました。

−−塾は今後、どのような形で本格化させる計画でしょうか。

 私だけで授業を行うのではなく、現地の若い人を雇用し、私とペアになって授業を行うようにしたいと考えています。そうすることで、私が行っている算数教育の方法が、現地により広がりやすくなるはずだからです。教育に強い思いを持ち、勉強をしっかり続けてきたのに、コロナ禍で職を失ってしまった知人が何人かいるので、まずはそうした人たちに声をかけています。人を雇用するためには、収入源となるプログラミング教室の受講者を増やすことが必要であり、多くの受講者を受け入れるためには、教室で使うパソコンなどを拡充しなければなりません。そのための資金をクラウドファンディングで募ったところ、トータルで250万円ほどの寄付をいただくことができました。

−−今後の抱負をお聞かせください。

 ブロックを使って集合数の概念を身に付けさせる方法など、算数教室で実践している指導方法や、そこで使っている教材について改善を進めていき、一定のまとまったメソッドを確立したいと考えています。そのうえで、確立したメソッドを学校教育に導入してもらうべく、ジャマイカの教育省に提案する。もしその導入が叶ったら、私の塾の使命もひと区切りとなり、あらためて次の生き方を探すことになると思います。

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