現地の人に学んだ「料理」を提供し、
現地の人々に思いを馳せてもらう

内藤直樹さん(パプアニューギニア・コミュニティ開発・2013年度4次隊)
「スパイス計画」を経営

協力隊員として「料理教室」の開催に力を入れた内藤さん。帰国後の仕事に選んだのは、各国の伝統的な料理を学び、記録し、それを日本で再現して伝えることだ。






PROFILE

1988年生まれ、兵庫県出身。大学を卒業後、食品メーカーに営業職で勤務。2014年3月、青年海外協力隊員としてパプアニューギニアに赴任。健康増進や食事の多様化を目的とした、農村部の住民への料理指導などに取り組む。16年3月に帰国した後、フランス料理レストラン勤務、スリランカでの現地料理の修行などを経て、19年、スリランカ料理の提供やスリランカ料理教室の開催を行う事業を開始(右写真は、現地で手に入る調味料を活用して料理の幅を広げる方法を伝える教室を開く、協力隊時代の内藤さん)。

スパイス計画

本拠地:福岡県直方市
開業:2019年
事業:スリランカ料理の提供、スリランカ料理教室の開催


福岡県直方市のコミュニティスペースでスリランカカレーを提供する内藤さん

「スパイス計画」の主力メニューであるワンプレートのカレー。5種のカレーを載せるのを基本としている

同じコミュニティスペースの厨房で調理をする内藤さん

−−「スパイス計画」の事業内容についてお教えください。

 店舗は構えず、言わば「出張シェフ」の形でスリランカ料理をご提供することが、事業の中心です。スリランカ料理は味や素材がきわめて多様なカレーが特色ですので、ワンプレートにライスと数種のカレーを盛り付けたものを主力メニューとしています。現在まで法人格は取らず、個人事業主として事業を進めています。当初は、友人が住む福岡県や隣の佐賀県などで、単発の依頼に応じて一般の方の家やゲストハウスなどに赴いて料理を提供していたのですが、昨年の10月からは、地域づくりに取り組む福岡県直方市の団体が同市に開設したコミュニティスペースで週2回、定期的に営業させていただくようになりました。さらに、コロナ禍で営業を停止していた間、福岡県内のスリランカ料理店やスーパーなどからお声がけいただいたことから、バナナの葉でカレーを包んだスリランカスタイルの弁当を店舗で販売させていただくようにもなりました。現在は弁当の製造で多忙になっているのですが、これまでのところ、私1人で事業を回しています。

−−開業のきっかけは?

 出発点は、協力隊に参加する前にバックパッカーとしてアジアや大洋州の国々を旅した際に、「首都はどこも同じような香りがする」と感じた経験に遡ります。どの国にも独自の文化があるはずなのに、先進国の都市を目指して均質化していっているのではないか、それはもったいないことではないか。そう感じたことから、各国のアイデンティティを守りたいという願いで、それぞれの独自の文化を調べ、記録に留めるような仕事をしたいと思うようになりました。協力隊員として赴任したパプアニューギニアでも、それをするつもりだったのですが、「文化」と言っても広範ですから、なかなかプランをまとめることができませんでした。そうしたなか、派遣前に食品メーカーに勤めていたこともあり、任期の後半は農村部で料理教室を開くことがメインの活動になりました。調味料を使わない現地の料理は味が単調だったため、現地で手に入る調味料を使って味の幅を広げる方法を伝えようと考えたのでした。その活動のなかで実感したのは、かつて旅先で出合った、味や素材に多様性を持つアジアの国々の料理の魅力です。そうして帰国する時期には、切り口を「アジア」と「料理」に限定したうえで、各国の独自の文化を調査、記録し、学んだ料理を日本で提供するような仕事にチャレンジしたいと考えるようになっていました。
 最初のターゲットを 「スリランカ料理」に決めたのは、帰国して1年半ほど経った時期です。私自身が南アジアの料理のファンだったこと、当時、日本人にはあまり馴染みがない料理だったことなどが決断の理由です。その後、まずは料理の基礎を身につけようとフランス料理店で修行をさせていただいたうえで、スリランカに渡り、9カ月間をかけて現地の料理を学びました。開業したのは、スリランカから帰国してすぐのことです。

−−スリランカではどのようにして現地の料理を学んだのでしょうか。

 協力隊の伝手を頼りに現地のネットワークを広げ、NGOが運営する障害者施設やレストランなどでお手伝いをさせていただきながら、そこのスタッフなどからひとつひとつ現地の料理を教わっていきました。単にレシピをメモや写真で記録するだけでなく、「この味ならOKだ」と現地の方々に言っていただけるようになるまで試作を重ね、腕を磨きました。海外の方と料理を通したコミュニケーションをするというのは、まさに協力隊時代に取り組み、慣れていたことですので、スリランカでの料理修行は協力隊活動の延長のような感覚でした。

−−スリランカ料理の魅力はどこにあると感じていらっしゃいますか。

 アーユルヴェーダというインドやスリランカの伝統医学では、「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」「辛味」「渋味」という6つの味を毎回の食事に取り入れることが体に良いとされており、現地の方々は実際にそれを意識して料理をつくっていらっしゃいます。おもしろいと思うのは、人間が舌で感じ取ることができる「基本五味」には含まれない「渋味」が含まれている点です。日本にも「アクも味のうち」という言い伝えがありますが、現在はやはり、渋味のようなものは排除される傾向にあるのではないでしょうか。その点、今でも渋味を意識的に取り入れているスリランカの料理は、たしかに味が複雑で、立体的だと感じますし、「ネガティブに見える要素が入ることで、全体の魅力が増す」という点では、「人生」に似て、奥深い料理のあり方だとも感じています。

−−食材や調味料は日本で仕入れているのでしょうか。

 カレーは15種類ほどのスパイスを使っていますが、大半は日本で手に入ります。お米はスリランカ産も手に入りますが、癖がなく、スパイスの風味が生きるパキスタン産を使っています。具に使う野菜に関しては、現地のものと同じにすることにはこだわらず、福岡県の農家から仕入れた季節の野菜を使うようにしています。と言うのも、スリランカは常夏の国であるため、現地ではナスやインゲンなどの夏野菜に偏っているからです。

−−主な客層は?

 やはり「カレーが大好き」という方が多いです。お客様には、料理を通して現地の方々の暮らしに思いを馳せていただきたいと考えており、努めてお客様と話をし、スリランカで料理を教えてくださったたくさんの方々の生活の様子を伝えるようにしています。そうしたことから、カレー好きのお客様たちとのオンライン飲み会へと発展することもあります。

−−自前の店舗を構えない意図は?

 起業すれば舵取りの責任をすべて自分で負います。そのため、常に先々の見通しを考えることが不可欠ですが、同時に、先々を考えるあまり、「まだちょっと準備が不十分だから」などと言って「実践」をためらうのも禁物ではないかと思っています。実践することで予期せぬ壁にぶつかることがいくらでもあるはずだからです。そうした考えから、スリランカから帰国した後、店の物件探しに時間をかけるのではなく、まずは「出張シェフ」として実践をスタートさせてしまうことにしました。これまでの経験で生計の立て方や自分の将来像がある程度見えてきたため、現在は、より「表現」できる場をつくりたいという思いから、一軒家の物件を国内各地で探しているところです。

−−今後の抱負をお聞かせください。

 南アジアの南端にあるスリランカの料理からスタートさせたので、今後は南アジアを北上する形で、パキスタンやバングラデシュなどの料理へと事業の幅を広げていきたいと考えています。チャンスを見つけ、新たな地に赴いては、現地の人に料理を学び、それを日本で提供する。さらに、記録した各国の伝統料理に関する情報を本などにまとめ、発信できたらとも考えています。

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