生活習慣病が多いという課題の解決に向け、
保健指導の活性化に注力

村上奈々美さん(看護師・2017年度2次隊)の事例

農村部の一次医療機関に配属された村上さん。食生活が主要因と考えられる「生活習慣病が多い」という課題に対し、治療や予防に関する啓発活動の活性化に取り組んだ。

村上さん基礎情報





【PROFILE】
1990年生まれ、徳島県出身。大阪市立大学医学部看護学科を卒業後、看護師として淀川キリスト教病院に約4年間勤務。2017年9月に青年海外協力隊員としてパラグアイに赴任。19年9月に帰国。現在は大阪市立大学医学部看護学科に公衆衛生看護学の特任助教として勤務。


【活動概要】
ポトレロ・グアジャキ保健ポスト(カアグアス県)の家族保健ユニットに配属され、主に以下の活動に従事。
●高血圧や糖尿病の患者を対象とする保健指導の実施
●妊婦教室の運営支援
●幼稚園や学校での保健指導の実施


 村上さんが配属されたのは、人口約3000人の農村地域を管轄する一次医療機関。医師1人、看護師3人、歯科医師1〜2人が配置されており、週に3日は外来診療を、2日は巡回診療や地域での啓発活動を行っていた。外来患者は1日30人ほどだった。

課題は「生活習慣病」

村上さんのホストファミリーの昼食風景。肉入りのソースをかけたパスタや、ふかしたマンディオカが並ぶ。一日でもっともボリュームのある現地の典型的な昼食だ

配属先の待合室で行った生活習慣病クラブの運動指導の様子

 配属先の患者で特に多かった疾患は、高血圧や糖尿病を中心とする生活習慣病だ。主な要因と見られたのは、現地の食生活である。スペインの支配を受けた歴史を持つ同国の食事は、マンディオカ(キャッサバ)やトウモロコシを使った先住民のグアラニー族の料理と、パスタやライス、トルティージャ(小麦粉にチーズや卵、塩を混ぜて揚げたもの)やエンパナーダ(小麦粉の生地に挽肉やチーズなどを詰めて揚げたもの)など、スペインからもたらされた料理とがミックスされている。一般的なのは以下のようなメニューで、野菜が少なく、糖質や脂質、塩分、タンパク質が多めだ。そうした栄養の偏りが、生活習慣病の多さの背景にあると見られた。
【朝食】 チーパ(マンディオカ粉でつくるチーズ入りのパン)とコシード(グアラニー族の伝統的な飲み物であるマテ茶に砂糖とミルクを加えたもの)。
【昼食】 肉入りのソースをかけたパスタかライスと、ふかしたマンディオカ。
【夕食】 トルティージャ、マリネラ(肉入りのトルティージャ)、エンパナーダなど。
【間食】 各食事の間に、テレレ(冷水で淹れるマテ茶)を飲みながら軽食をとる。
【その他】 週末には、ごちそうとしてアサード(焼肉)を楽しむ。
 配属先では以前から、高血圧と糖尿病の患者を対象とする保健指導を実施していた。「生活習慣病クラブ」と名付けた取り組みで、月に1回、配属先の待合室に対象患者を集め、栄養や運動に関する30分ほどの講習を行うものだ。しかし、村上さんが着任した当時、参加者の数は少なく、講習も視覚教材などを使わず、ただ話をするだけのわかりづらいものとなっていた。そこで村上さんは、着任して3、4カ月経ったころから、生活習慣病クラブの改善に力を入れるようになった。
【教材やアクティビティの導入】 脳血管疾患など生活習慣病による合併症のメカニズムを説明する際には、体内の絵を描いたポスター教材を使用。任期の半ばにプロジェクターが使えるようになってからは、スライド教材や動画教材も活用するようになった。また、参加者の興味を引き出すため、体操やクイズ、塩・砂糖・野菜の量の測定といったアクティビティも取り入れていった。
【参加の促進】 当初の参加者は30人程度。配属先を受診している高血圧と糖尿病の患者はもっと多かったことから、同僚と対策を話し合った結果、「次のクラブの日の分までしか薬を渡さない」という対策案が医師から出され、実行されることになった。するとまもなく、参加者は倍以上に増加した。
【年間計画の導入】 当初はその都度講習の内容を決めていたが、村上さんの任期の半ば過ぎに始まった2019年は、各回にどのような内容の講習を行うかをあらかじめ決めておく「年間計画表」を作成。教材作成など事前の準備を計画的に進めることができるようになった。
 村上さんの任期終盤、継続的に参加してきた患者を対象に、クラブによる意識の変化を尋ねるアンケートを実施した。すると、回答者の7割が「クラブには意義があると感じる」と回答し、一定の効果があるクラブとなっていることが確認できた。

新たなクラブを試行

生活習慣病クラブの講習のために村上さんが作成したポスター教材。運動には血糖値や血圧を下げる効果があることを図解している

 より広い範囲の人を対象に生活習慣病の治療や予防のための保健指導を行うため、村上さんは任期の半ば近くになると、新たな「クラブ」の立ち上げを試みるようになった。その1つが「体操クラブ」。診療日の待合室で診察を待っている患者を対象に、週3回、椅子に座ったままでできるストレッチ体操を指導した。体を動かすきっかけをつくることを目的としたものだ。
 新たに立ち上げたもう1つのクラブは「ウオーキングクラブ」。週2回、外来診療が終わった直後に20~30分、近所でウオーキングを行った。参加者は、生活習慣病クラブのメンバーや外来患者の有志だ。しかし、参加者の確保が思うようにできなかったことから、村上さんは同僚たちに対策を相談。すると、「ここの人たちは踊ることが好きだ」というアドバイスを受けたため、今度はフィットネスを目的としたダンスの「ズンバ」を踊る「ダイエットクラブ」を立ち上げてみた。すると、ダイエットに意欲を持つ数人が継続して参加するようになり、やがてウオーキングクラブを廃止して活動日を週5回に増加。時間は、外来診療や巡回診療が終わった後の20~30分だ。
 こうして配属先での保健指導の活性化を進めた村上さんだが、悩みの種だったのは、村上さんの手によって活性化した保健指導を、どのようにすれば自身の帰国後、同僚たちに継続してもらえるかという点だ。当初、生活習慣病クラブの企画や教材の準備、実施などをすべて村上さんが進めていったところ、同僚たちに「保健指導は協力隊員がやってくれるもの」という意識を持たせてしまった。「村上さんはわかりやすいポスターをつくるのが上手だ」と評判になったが、それによって彼らは「自分も教材づくりに挑戦する」と申し出てくれるわけではなく、それどころか、「自分の子どもが学校で出された制作物の課題を手伝ってほしい」などと求めてくるような有様だったのだ。
「人間関係づくりのためなら」と考え、最初はそうした依頼も引き受けていたが、同僚たちに一向に変化が見られなかったことから、村上さんは方針を転換。「私はグアラニー語の力が足りないので、あなたたちの助けが必要」と言って彼らに助力を求めてみた。するとようやく、生活習慣病クラブでの講習などは彼らが「自分事」として取り組んでくれるようになったのだった。

任地ひと口メモ〈ポトレロ・グアジャキ〉

パラグアイ南東部、首都アスンシオンからバスで4時間ほどの距離にある町。赤土の道がどこまでも延びる農村地帯だ。




左:グアラニー族の伝統工芸であるニャンドゥティという刺繍
右:ニャンドゥティでつくったドレス




知られざるストーリー