京都市の公立小学校教諭として協力隊に現職参加した河田さん。ベナンの教員たちから「心のゆとりの大切さ」を学んだことで、復職後、「子どもたちの可能性を引き出すために何ができるか」をじっくり考えることができるようになった。
かわた・りえ●1979年生まれ、京都府出身。大学卒業後、京都市立の小学校に教諭として11年間勤務。2015年7月、青年海外協力隊員としてベナンに赴任(現職参加)。17年3月に帰国し、京都市立開睛小学校(18年度から開睛小中学校に移行)の教諭として復職。小学2年生の学級担任を経て、18年度から研究主任を専任で務める。
協力隊活動●ベナン幼児・初等教育省の地方出先機関であるグランポポ視学官事務所(モノ県グランポポ市)に配属され、同市の小学校を巡回して体育や図工の授業の質向上支援に取り組む。任期中、現地で手に入る材料を使った図工授業のアイデアをまとめた教員用指導書『CHIEBUKURO』を他隊員と共に作成。右の写真は、授業で制作した図工作品を手にする巡回先の学校の児童たちと。
創立:2011年
在校生数:約800人(全9学年、2020年8月現在)
所在地:京都府京都市
事業内容:小中一貫型の小・中学校として開校し、2018年度から義務教育学校に移行
派遣前に勤務していたのとは違う京都市立開睛小学校に復職し、まずは2年生の学級担任となりました。同校は2011年に同市立開睛中学校と共に一貫教育を行う学校として設立されたのですが、復職した翌年度の18年度には、小学課程と中学課程を一体化した「義務教育学校(*)」に移行しました。それと同時に私は学級担任から外れ、小学課程にあたる「前期課程」の研究主任となり、現在に至ります。
*義務教育学校…9年間にわたる義務教育課程を一貫して行う学校。学校教育法の改正で2016年に新設された制度。「6・3制」以外の学年の区切りが可能になるなど、一貫教育のメリットを生かすための柔軟な措置が可能となっている。
学校全体の教育の質を高めていく取り組みを担当するポストです。例えば、ある先生が行う授業をほかの先生たちが見学する「公開授業」を開催し、事後の研究会で板書や発問など授業の手法に関するアドバイスをすることなどが、典型的な仕事です。
心のゆとりを持つことを覚え、穏やかな気持ちで働けるようになったことが大きいと感じています。日本の小学校は分刻みでスケジュールが決まっており、子どもだけでなく、先生も常に時間に追われています。そのため、私も派遣前は心のゆとりが持てず、時間どおりに動かない子など、しつけが難しい子どもを叱ってばかりいるような状態でした。そんななか、ベナンで共に活動した小学校の先生たちのおおらかさに接したことで、「そんなにしつけにこだわらなくても良いのではないか」と考えることができるようになりました。始終、音楽を流して子どもたちと踊るなど、彼らの時間の流れにはゆとりがありました。「もっと子どものしつけをすべきだ」という私の意見に対し、「そんなこと、気にする必要はあるの? いろいろな子がいるのに」と言われ、考えさせられたこともあります。そうした経験から、帰国後、細かなしつけにこだわらずに働いてみると、以前より広い視野でひとりひとりの子どもの違いに目を向け、それぞれの可能性を引き出すために何ができるかをじっくり考えることができるようになったと感じています。
復職後に小学2年生の学級担任をした際は、1年生で習ったはずのことが理解できていない子がたくさんいました。そうした子どもに対し、「この子にはどういう言葉がけがより合っているのか」について、以前よりよく考え、実践するようになりました。研究主任となってからは、校内で前例のなかった「学び直しの時間」という取り組みの導入を提案し、実現できたのですが、これを発案できたのも、「子どもたちの可能性を引き出す方法」をじっくりと考えられるようになったからだと感じています。
算数と数学につき、子どもたちの習熟度別にクラスを再編したうえで、前の学年で習った内容で復習しておいたほうが良いものを各クラスの習熟度に合わせてピックアップし、その授業を補講として行うものです。実施の頻度は各学年で週に1コマずつで、子どもたちの理解が確実になるよう、ほかの学年の先生にも参加してもらい、マンツーマンに近い形での指導となるようにしています。「学習したことが定着しにくい子が減らない」という課題を解決するため、そういう子どもたちに「勉強が理解できて楽しい」と感じてもらう取り組みをしなければという課題意識が、企画の端緒です。学級担任の先生たちからは「あの子はこれが理解できるようになってきた」といった報告をもらい、子どもたちからも学び直しの時間を楽しみにしている様子が窺える声が聞かれるなど、意義の高さを感じている取り組みです。
学校は子どもにとって、起きている時間の大半を過ごす場です。だからこそ、子どもたちには「しつけを受ける苦痛の場」ではなく、「自分の良さを発見できる楽しい場」であってほしいというのが、私の思いです。そうした場にするためには、先生たちに「心のゆとり」が必要だというのが、私の協力隊での学びです。それを多くの先生たちに知ってほしい。私は今後、研究主任を続けるだけでなく、管理職になってもおかしくない年代に差し掛かっています。そうした立場に立ったときに、ベナンの先生に言われた「そんなこと、気にする必要はあるの?」といった言葉を先生たちにかけ、子どもたちの成長を広い視野で考えられるサポートをしていくのが、協力隊に参加した私の役目だと考えています。
京都市立開睛小中学校 学校長
山下和美さん
子どもの可能性を引き出す構え
私は河田の復職時から現在まで、校長という立場で共に働いてきました。彼女の仕事ぶりを見ていて特に強く感じるのは、学習が遅れている子への目配りです。そうした子が勉強への意欲を回復する方法として、前例のなかった「学び直しの時間」を研究主任として企画してくれたのは、その表れの1つだと思います。ベナンでは、物が十分にないなかで図工や体育の授業を進めていく方法を見つけることに取り組んだと聞いています。学びに飢えている子どもたちに身を持ってかかわり、彼らの可能性をなんとか引き出そうとしてきた経験が、現在の仕事の基盤になっているのではないかと推察します。
彼女が教師として追い求めていることに間違いはありません。今後もそれを貫き通し、その姿によって周囲の先生たちに影響を与え続けていってくれればと期待しています。