JICA Volunteers’ before ⇒ after

森本 宝さん(モザンビーク・農業土木・2014年度4次隊)

before:建設コンサルタント会社の農業土木設計技師
after:クラフトビール醸造者

 森本さんが初めて行った海外は派遣国のモザンビークだった。異文化に触れたことでもっと世界を見たいと、帰国後に中央ヨーロッパを旅行。チェコで出会ったおいしいビールの記憶がその後につながり、現在は京都でビール醸造者として働いている。

日本と異なる環境で技術を生かす

モザンビークで協力隊員として活動する森本さん。モデルため池が完成したときに記念として撮影した

「地元の愛媛を出ることは考えていなかった」という森本さんは、建築関係の仕事をしていた父親の影響と、生活の基本である食にかかわる農業の役に立ちたいと、地元の高校・大学・大学院で農業土木を学んだ。農業土木とは、農地や水路、ため池などの灌漑施設の設置計画など農業系のインフラをつくる分野・事業を指す。大学院修了後は、建設コンサルタント会社で農業土木事業に携わり、ため池の改修設計などを担当していた。右肩上がりの業界ではなく、過疎化・高齢化による農業従事者の減少により、農業より防災の要素が強い。防災の重要性は理解していたが、農業に貢献し、新しい物をつくりたいという気持ちが日に日に増していった。
「高校生の頃、先生が協力隊のことを話していていつか行きたいと思ったことを、働いて3年経ったときにふと思い出したんです」
 国が変われば農業土木の環境もガラリと変わることや、食やその生産に困っている人の役にも立つことができると思い、応募。合格し、モザンビークへの派遣が決まった。
 活動地域は農業で生計を立てる人が多く、雨期の水を乾期に利用できれば、年間を通して多様な農産物の生産が期待されていた。しかし、灌漑技師の不足や技術的な問題から、農業用ため池の多くは決壊。森本さんは最初の1年で各地のため池を調査・改修するなかで、ため池の設計や施工に不備があることがわかった。そこでため池づくりの参考となる「モデルため池」をつくる計画を立てたところ、運よく大きな予算が割り当てられ、大事業が開始。森本さんは、毎日現場に行き、測量・調査・設計・経理・工事発注・施工管理、また行政とのやりとりなどを行った。
 現地での一番の苦労は人の説得だ。特にため池の構造で揉めたという。ため池は容量より多くの水が入っても決壊しないように水を逃す道が必要だが、その説明に苦労した。
「水を逃す道の幅を広くしても、高さが同じなら溜まる水量は同じです。現地の人は水を貯めたいという気持ちから、幅を狭くしたがる。狭いと流れ出る水量が少なく、水が堤防の高さを超えて壊れる原因になるのですが、それを理解してもらうのに苦労しました」
 言葉が拙くてもしっかり伝えないと人命にかかわる大事なことだ。論理的に話す力や、NOと言う精神力もこのとき身についた。「重圧とやりがい、両方を感じて無我夢中で活動した」と振り返る。現地の人の説得もうまくいき、1年がかりでモデルため池は完成。任期を満了し、森本さんは帰国した。

ビールをつくる現在の森本さん

ビールをつくる現在の森本さん

森本さんが初めてつくったビール「黒宝(こくほう)/Obsidian」。バナナやキャラメルの香りがするコクのある黒ビール。商品名は自身の黒ビールへの愛と、名に恥じないものをつくりたいという思いから自分の名前も入れた。醸造回数とレシピ改良を重ね、定番商品のひとつになりつつある。英語名のObsidianは黒曜石という宝石

納得できる1杯を求めて

「やりきったという気持ちが大きくて、農業土木からは一旦離れようと思った」という森本さん。モザンビークが初海外だった森本さんは、広く世界を見ようと旅に出る。海外で現地の生活に触れ、人とかかわるなかで知的好奇心が満たされる喜びを感じたことに加え、日本を外国人に説明するために改めて日本を知る経験も、森本さんにとって刺激的だった。今後も外国人とかかわる仕事がしたいと、旅行後は外国人対応ができる旅館に勤務。その後、外国人観光客が一番多い京都に職を求め、そのときに「京都ビアラボ」のオープンを知った。京都ビアラボはクラフトビールを製造・販売し、そこで飲食も可能な店。もともとビールが好きだった森本さんは、旅行先のチェコでビール工場に行った記憶も蘇り、同店で働くことを決意した。
 バースタッフとして勤務しながら、ビール醸造の研修を約半年受け、現在は主に醸造を担当。ビアラボのお客さんは7割が外国人、醸造責任者もオーストラリア人のため、協力隊経験で得た「伝える力」は今も役立っているという。「責任者が遠回しな言い方を好まないというのもありますが、私も伝えたいことはズバっと言います」と森本さん。以前、責任者が製造した瓶ビールの味が変わってしまったことがあった。品質保持のためにはマズイと言う必要があり、そのとき迷わず言った。今はその原因究明にも取り組んでいる。
 醸造に携わって1年。おいしいビールはつくれるようになったが、本当においしいビールとはどんなものかと考えるようになった。
「クラフトビールは消費者の需要をもとにつくるというより、自分が飲みたいと思うビールをつくるという要素が強いので、日々研究です。それが私たちのカラーにもなります」
 トライアルアンドエラーの毎日で悩むことも多い。その一方で、毎日発見がある。自分が納得するビールをつくるため、森本さんの探求は始まったばかりだ。






森本さんのプロフィール

【before】
[1986]
愛媛県出身。
[2011]
愛媛大学大学院修了後、建設コンサルタント会社にて農業土木の設計技師として勤務。

【JICA Volunteer】
[2015]
3月、青年海外協力隊に参加(開発途上国には農作物を栽培することに困っている人が日本より多くいることを感じ、農業土木の技術が役に立つのではないかと思い、協力隊への参加を決意した)。
モザンビーク北部にあるナンプラ州の農業局に配属され、灌漑施設の整備に取り組む。
[2017]
4月、帰国。

【after】
[2017]
NPO法人えひめグローバルネットワークでモザンビーク案件を担当。
旅行でチェコのビールに感動(チェコは国民1人当たりのビール消費量が世界一で、ピルスナービールの発祥の地でもある。同国でビールのおいしさに感動したことが、ビール製造の道に進むひとつのきっかけになった)。
[2018]
京都茶ビール合同会社に入社。ブリューパブ京都ビアラボでバースタッフとして働きながら、ビール醸造の研修を受け、現在はビール醸造を担当。






Kyoto Beer Lab(京都ビアラボ )
オープン:2018年3月
住所:京都市下京区十禅師町201-3
業務内容:クラフトビールの製造・販売(バー営業)
(写真は京都ビアラボの外観)

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