ソロモン政府の農業部門に新設されたバイオテクノロジー専門の部署に配属された栁田さん。着任当時、農作物の病害への感染を診断できる人材がいなかったことから、その育成に取り組んだ。
【PROFILE】
1980年生まれ、兵庫県出身。神戸大学大学院自然科学研究科修士課程を修了後、バイオテクノロジーに関する事業を手がけるベンチャー企業や食品会社の研究職を経て、2018年1月に青年海外協力隊員としてソロモンに赴任。20年1月に帰国。
【活動概要】
ソロモン農業畜産省農業試験部(首都ホニアラ)に配属され、主に以下の活動に従事。
●農作物の病虫害への対策の支援
●新設された実験棟のセットアップ支援
栁田さんが派遣されたのは、ソロモン農業畜産省農業試験部。農作物の病虫害(*1)対策や生産性向上などに関する実験を担当する機関だ。配属部署はバイオテクノロジー(*2)室。病害への感染の診断は、病原体に固有のDNAだけを増幅させ、その存在が検出できるようにする方法が一般的である。同室は、バイオテクノロジーを農業に活用するそうした業務を担当する部署だった。設置は栁田さんの着任の直前。同僚は2人配属されていたが、いずれもバイオテクノロジーを扱うのに必要な分子生物学(*3)の専門性を持っておらず、栁田さんに求められていたのは、彼らへの技術支援だった。
*1 病虫害…病原体による農作物の被害(病害)と、害虫による農作物の被害(虫害)。
*2 バイオテクノロジー…生物が持つ働きを人間の生活のために活用する技術。
*3 分子生物学…生体を構成する分子のレベルで生命現象を解明する学問。
ソロモンは、長さが100〜200キロほどの細長い6つの主要島と、約1000にのぼる火山島や珊瑚島からなる国。島国は本来、海が防壁となるため、農作物の病虫害の侵入は防ぎやすいはずだが、同国にはもろさがあった。西端の有人島のわずか10キロ先には隣国・パプアニューギニアの島がある。その間を小さな船が行き来し、パプアニューギニアの農作物が検疫を受けることなくソロモンに入ってしまうのだ。
栁田さんが赴任したのは、パプアニューギニアで爆発的に広がった「ファイトプラズマ病」という病害がソロモンでも出始めた時期。ファイトプラズマという細菌が病原体の伝染性の病害で、感染する植物はさまざまだが、ソロモンではバナナが感染し、枯れてしまう例が出ていた。症例はいずれもパプアニューギニアに近い西端のエリアのバナナだった。
伝染性の病害がいったん島に入れば、すぐさま感染が拡大してしまう。対策で重要なのは、感染のおそれがある植物を採取して感染の有無を確かめ、感染していたらその個体を処分するという作業をなるべく早期に進めることだ。ところが、栁田さんの着任当時、ファイトプラズマ病の感染の診断ができる人材が国内にいなかった。感染拡大をソロモンの人々が知ったのも、オーストラリアの検疫官が自国の対策のためにソロモンでバナナを採取し、診断結果を論文で発表したからだった。そうして、バイオテクノロジー室でファイトプラズマ病の感染診断ができるよう支援することが、栁田さんの主要な活動となった。
最初に行ったのは、ファイトプラズマのDNAを増幅させる方法の選択だ。配属先には「PCR法」という増幅方法のための機材が導入されていたが、分子生物学の専門性を持たない人には作業が難しい方法だった。替わる方法として検討したのは、日本の企業が開発した「LAMP法」という増幅方法だ。PCR法よりも作業が簡易で、1回分の検査に必要な試薬や機材がすべてセットになっているキットも、やはり日本の企業により製造・販売されていた。そのキットに関する情報をくれたのは、農業試験部の部長だ。数年前に農業畜産省で共同研究をした日本人の専門家から、キットの存在を教えられたとの話だった。
メーカーに問い合わせたところ、そのキットには決定的な利点があることが判明した。DNAを扱う検査の試薬は通常、劣化を避けるために冷凍状態で輸送、保管することが必要だが、目当てのキットの試薬はすべて乾燥させたものであり、常温での輸送、保管が可能だった。輸送にかかるコストが低く抑えられる点、あるいは電力が不安定ななかで冷凍庫の電源を確保し続ける必要がない点などから、ソロモンで導入するのには好都合だった。
キットのそうした利点を知り、農業試験部の部長も導入を了承。栁田さんの任期中に100サンプルの診断ができる量のキットを部の予算で輸入し、同僚たちと共にジャングルでバナナを採取してきては、配属先で診断するということを繰り返した。分子レベルのものを扱うことに慣れていない同僚たちは、「私は農作物をいじっているほうが好き」などと抵抗感を示したが、栁田さんは自らやってみせながら「大丈夫だ」と鼓舞。やがて彼らだけでこなせるまでになった。
農業試験部は、栁田さんの着任の直前に新しい実験棟を完成させていた。無菌操作が必要な実験ができる国内で唯一の施設とする狙いだったが、どのような機器や消耗品を揃えれば良いのかがわかる人がいなかったため、栁田さんの着任時には実験棟は「空っぽ」だった。そこで栁田さんは、そのセットアップも支援。導入する機器や消耗品の選定を担った。着任1年後にはある程度の環境が整い、農業畜産省以外の省庁にも、無菌操作が必要な実験をする際には貸し出すようになった。
実験棟が活用されるようになって浮かび上がってきたのは、「利用方法」に関する問題だ。1つは、実験で出る危険な廃液やゴミの処理に関する問題。同国には規制する法律も、処理を請け負う業者も存在しない。そのため、当初は戸外に安易に垂れ流したり、ほかのゴミと一緒に土に埋めたりしてしまうような状態だった。もう1つの問題は、実験棟の中の清潔さに関するもの。DNAなどを扱う実験では、「汚れ」や「ほこり」が大敵であるにもかかわらず、同僚たちは素足で外を歩き、そのまま実験室に入ってしまうのだった。栁田さんはこれらを農業試験部の部長に進言した。すると、栁田さんにアドバイスを仰ぎながら、部長自身が実験棟の使い方に関するルールを作成。遵守が図られるに至ったのだった。
ソロモンの重要な換金作物の1つであるアブラヤシの広大なプランテーション
浸水や虫の侵入を避けるため、家は高床式が一般的だ
道端で出されているココナツジュースの店