小学校を巡回し、
算数授業と図工授業の質向上を支援

清水 緑さん(︎ベナン・小学校教育・2017年度1次隊)の事例

市レベルの教育行政機関である視学官事務所に配属され、小学校の算数や図工の授業の質向上支援に取り組んだ清水さん。カギとなったのは、現地教員の意欲をいかに引き出すかという点だった。

清水さん基礎情報





【PROFILE】
1994年生まれ、東京都出身。大学で中・高等学校の英語科教員免許状を取得した後、2017年7月に青年海外協力隊員としてベナンに赴任。19年7月に帰国。

【活動概要】
グランポポ視学官事務所(モノ県グランポポ市)に配属され、主に以下の活動に従事。
●現地教員との授業実践(算数と図工)
●先輩隊員たちが作成した図工の教員向け指導書の改訂(他隊員との協働)
●児童が図工授業でつくった作品の展示会の開催


 清水さんが配属されたグランポポ視学官事務所は、ベナン幼児・初等教育省の地方出先機関。モノ県グランポポ市内にある小学校80校と幼稚園24園を管轄する教育行政機関だ。求められていた役割は、実技教科の図工・体育・音楽や算数の授業の質向上に向けた支援をすることだった。

清水さんが現地教員と共に行った図工授業で「はじき絵(バティック)」の制作に取り組む児童たち。石けんで絵を描いた上からチョークで色を塗り、チョークをはじく石けんの性質で絵を浮かび上がらせるアクティビティだ

キャッサバの粉を水で溶いてつくった糊で砂絵を制作する児童たち

図工作品の展示会で砂絵の作品を観賞する児童

算数授業の支援で直面した限界

 同国の公立小学校は6年制。授業料は無料であるため、ほぼすべての子どもが学齢に達すると小学校に入学する。問題は中途退学者の多さだ。6年生で卒業試験があるほか、1〜5年生でも進級試験がある。各学年の留年率は平均で10パーセント程度。勉強についていけない子がそれだけ多いうえ、家の商売の手伝いをしなければならない子もいるといった事情から、各学年の退学率は15パーセント程度にのぼる。
 そうしたなか、清水さんが任期前半に活動のメインとしたのは、1〜3年生の算数授業の支援だ。算数を選んだのは、家庭の事情で止むを得ず中途退学をせざるを得なかったり、中学校に進学できなかったりする子に、仕事で不自由をしなくて済むくらいの算数の力を身に付けさせてあげるのが、小学校の最低限の役割だと考えたからである。一方、1〜3年生を対象に選んだのは、算数はどこかでつまずくとその先に進めない「積み上げ式」の教科であるため、下の学年の授業を支援するほうが意義が大きいと考えたからだ。
 算数授業を支援するために巡回したのは5つの小学校。現地教員が行う授業に参加させてもらい、留年生を中心に机間指導を行った。同時に、現地教員の指導法の改善点も探った。同国の公立小学校には「学区制」がなく、入学する学校を選ぶことができる。人気を左右するのは卒業試験の合格率だ。そのため、卒業試験で配点が高い算数の授業はいずれの学校でも重視されており、教員たちの意欲も高い。しかし、彼らに定着している授業のやり方には問題があると感じられた。例えば、足し算や引き算の筆算で「位を揃えて数字を書く」ということを徹底させていないため、計算間違えが多くなってしまう。卒業試験も計算間違えによる不正解が多かった。
 清水さんが算数授業の支援をしたクラスの教員のなかに、授業への意欲が際立って高い教員がいた。2年生のクラスを受け持っていた三十代後半の男性だ。「数の概念の理解が進むよう、具体物を使って説明する」「体罰を行わない」など、ほかの教員との明白な違いがあった。清水さんは、彼に教員のモデルとなってもらえるよう技術支援をしたいと思ったが、その目論見は頓挫する。「足し算や引き算の筆算は位を揃えて数字を書かせる」など日本式の教授法を勧めてみたところ、「あなたの主張は理解できる。しかし、算数の授業のやり方には国の方針があり、これまでずっとそれに従ってきた。その方針を外れることは、一教員の立場ではできない」と言われてしまったのだ。

教員の図工授業への意欲が向上

算数の要素を取り入れた図工教材。「2の段の掛け算の答え」が書いてあるピースを塗りつぶしていくと、自動車の絵が浮かび上がる

創造性を養うために自由なイメージで描かせた魚の絵

 清水さんがメインの活動を図工授業の支援にシフトしたのは、任期の半ばだ。同国の公立小学校のカリキュラムでは、「芸術教育」という名称の授業がいずれの学年も週に3コマ程度設けられており、そのなかで図工・音楽・家庭科の授業を行うことになっている。「芸術教育」は進級試験や卒業試験の出題範囲にもなっているが、図工に関しては「手本として示された単純な絵を写す」といった易しい問題が出されるのが常であり、日々の授業で試験に向けた指導に力を入れる必要がない。そのため、教員たちの図工授業に対する意欲は低く、おざなりにされていた。算数やフランス語など重視されている教科の授業が長引くと、次の「芸術教育」のコマを使ってしまったり、自分が指導できるアクティビティばかりを行ったりする教員が大半だったのだ。
 図工授業に対する教員たちの意欲を引き出すために効果的だったのは、彼らが重視する「算数」の要素を混ぜ込んだ教材を提案することだった。「掛け算を学ぶジクソーパズル式教材」がその1例だ。紙にジクソーパズルのようなピース分けを描き、各ピースに数字を振る。いくつかのピースが組み合わさると、なんらかの具体物の絵となるようにし、かつ、具体物の絵を構成するピースに振る数字は「2の段の掛け算の答え」などにしておく。「2の段の掛け算の答えが振ってあるピースを塗りつぶしなさい」といった課題を与え、仕込んでおいた具体物の絵が浮かび上がったかどうかを確認させるものである。
 こうした教材を、それまで図工に関心を示すことのなかった教員たちに紹介していったところ、すぐさまほかの教員たちにも評判が広がり、「私の図工の授業に来て、この教材を使った授業をやってみせてほしい」というリクエストが多く寄せられるようになった。そうして任期の後半は、リクエストを寄せてくれたすべての教員の授業に参加し、共に図工授業を行っていった。
 同国では、清水さんの前任者を含む先輩隊員たちが、現地で調達可能な材料でできる図工授業のアクティビティの方法をまとめた『CHIEBUKURO』という教員用指導書(以下、「指導書」)を作成していた。清水さんの任期の半ばには、清水さんが他の隊員たちと共に製作を進めてきた「指導書」の改訂版が完成。「算数」の要素を混ぜ込んだ教材による授業で教員たちの図工授業に対する関心を引き出した後は、「指導書」の改訂版に掲載しているアクティビティを行う授業を彼らと共に行うようになった。
 彼らとの授業実践では、毎回、授業の数日前にその学校を訪問。共に授業を行う教員に次の授業のプランを示したうえで、材料の調達方法について彼らに知恵を絞ってもらうなどして、授業に対する積極性を引き出すよう努めた。すると次第に、図工授業の実践に力を入れ始める教員が増加。「指導書」にあるアクティビティを行う図工授業を、清水さんがいないときに単独で行う教員も現れてきたのだった。

任地ひと口メモ 〈グランポポ〉

美しい砂浜が広がり、多くの外国人観光客が訪れるベナン随一のリゾート地。写真の衣類は住民が広げた洗濯物




ベナンで栽培が盛んなパイナップルを売る店





死者を祀るブードゥー教の祭り





知られざるストーリー