保健に関する情報への
外国人住民のアクセスについて研究

話=坂本真理子さん
●愛知医科大学看護学部教授
●青年海外協力隊経験者(マレーシア・保健師・1987年度1次隊)

地域看護学の専門家として、医科大学で研究と教育にあたっている坂本さん。取り組んでいる研究の1つは、外国人住民が母子保健や子育てに関する情報を得ることにどのような課題があり、それを解決するためにはどのような対策が有効であるかを探るものだ。






PROFILE

さかもと・まりこ●1960年生まれ、愛知県出身。兵庫県立大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。専門は地域看護学。名古屋市の保健師を経て、1987年7月に青年海外協力隊員としてマレーシアに赴任。89年10月に帰国。2011年より愛知医科大学看護学部教授。18年より同大学の副学長・看護学部長・大学院看護学研究科長。

協力隊時代●サバ州政府に派遣され、さまざまな専門性を持つ協力隊員たちと共に、総合的な地域開発に取り組んだ。右写真は、村で行われる住民の健康診断を手伝う坂本さん。


−−大学の教員としてどのような形で多文化共生推進にかかわっていますか。

知立市の外国人集住地区で開いている「サロン」で、乳児を持つ外国人住民の女性に医療場面で使われる日本語を伝える坂本さん(右)

 1つは、外国人住民が母子保健や子育てに関する情報を得ることにどのような課題があり、それを解決するためにはどのような対策が有効であるかを探る研究を、2012年から進めています。大学で看護学の教員を務めている4人の協力隊経験者との共同研究で、フィールドとしているのは、ブラジル人やフィリピン人をはじめとする外国人住民の割合が全国平均の3倍を超える愛知県知立市です。
 もう1つは、看護学生を対象とした「国際看護」の授業のなかで、外国人患者への対応に関する指導をしています。病院に医療通訳者を派遣するシステムは整いつつありますが、入院患者に常に医療通訳者が付き添うというわけにはいきません。しかし、現在は医療従事者の間でも「やさしい日本語」の活用が広まってきています。そこで授業では、外国人患者の母語がわからなくても、「やさしい日本語」(*)を使ってコミュニケーションをとるなど、諦めずに相手を理解しようとする姿勢が大切だと伝えるようにしています。

* やさしい日本語…母語話者ではない人でも理解できる表現だけを使った日本語。

−−取り組まれている研究は具体的にどのような内容でしょうか。

 最初の段階で行ったのは、保健センターの保健師や診療所の医師など、母子保健や子育てに関する外国人住民への支援にかかわっている方々へのインタビュー調査と、乳幼児を持つ外国人の母親たちへの質問紙調査でした。同市の保健センターには通訳者も置かれており、外国人住民はきちんと子どもに予防接種や健診を受けさせています。しかし、子どもの健康を保つには、育ちを支えるかかわりや健康的な生活習慣などさまざまなことに配慮をしなければなりません。そのために必要な情報を得る手段が、外国人住民には限られていることが調査でわかりました。日本人の母親たちは雑誌やママ友などが主な情報源かと思いますが、外国人住民の母親たちは、日本語が話せる夫に頼っているケースがとても多かったのです。
 一方、医療従事者からの情報提供の方法に課題があることも、調査によってわかりました。「アドバイスの『理由』の説明がないので、そのアドバイスに従うことをためらってしまう」といった趣旨の回答をした外国人住民の母親が多かったのです。母子保健や子育てに関しては、日本とは異なる習慣がある国もあります。例えば、ブラジルやフィリピンでは日本よりシンプルな離乳食が一般的です。ところが、日本人の間では離乳食にさまざまな食材を使うことは「言わずもがな」のことなので、医療従事者はどうしても「それがなぜ良いのか」を説明しないまま、外国人に対して離乳食の進め方のアドバイスなどをしてしまうのです。
 調査で明らかになったことを踏まえ、継続的な研究として、母子保健や子育てに関する制度や文化が日本とどう異なるかを伝えるハンドブックを作成しました。ブラジル編とフィリピン編の2つです。医療従事者が外国人住民にアドバイスをする際の参考にしていただくだけでなく、外国人住民にも日本の制度や文化を知るツールとしていただけるよう、日本語とポルトガル語、あるいは日本語と英語の解説を併記しています。現在は試作品を保健師の方々に配り、使い勝手を評価していただいている段階で、いただいた意見を踏まえて完成品をつくったら、ウェブサイトからダウンロードできるようにするとともに、その効果を見ていく予定です。

−−8年にわたり同じ地域を対象に研究を行ってきたなか、対象地域の多文化共生の状況に変化などはありましたか。

 知立市での研究を始めて1年ほど経ったころ、ブラジルで日系社会青年ボランティアとして活動していた女性が主宰する学習支援グループのメンバーと共に、同市の外国人集住地区で乳幼児を持つ外国人住民の子育てを支援するボランティア活動を始めました。外国人の親子を集め、絵本の読み聞かせなどのアクティビティを行ったり、子育てに関する保護者からの相談に乗ったりする「サロン」を定期的に開くという活動です。この活動では「脱水の予防」や「皮膚の病気」など子どもの健康に資する情報を伝えることもあり、そうした形での情報提供がどの程度有効なのかを検討する機会にもなっています。「サロン」を継続するなかで、始めは一参加者だったブラジル人の母親が通訳兼スタッフとして外国人住民と「サロン」をつなぐ重要な役割を果たしてくれるようになったのはうれしい変化です。「サロン」の開催協力のために同じ地区に継続して通ってきたことで、外国人集住地区の変化を感じることもあります。最初は外国人住民が多くなったことに抵抗感をもっていた高齢の日本人住民が、ブラジル人が開いたカフェでおしゃべりを楽しんでいる様子を見たりすると、地域の中でほどよい距離感が出来てきているのではと思います。
 協力隊員として活動したマレーシアは、マレー系、中華系、インド系の民族のほか、カザダン族やバジャウ族などさまざまな先住民の方々などが暮らす多民族国家ですが、異なる民族の人同士が「溶け合う」というわけではなく、言わば「モザイク状」にある程度の距離を保ちながら共生して暮らしていました。マレーシアでの経験が、私の中で1つの多文化共生のあり方として影響しているのかもしれません。
 日本人住民の少子高齢化が進む地域では、外国人住民の子どもの存在が地域の活力の支えであり、「サロン」を開いている地区などはその典型です。だからこそ、外国人住民に母子保健や子育ての情報が適切に伝わり、彼らに「日本で子育てして良かった」と思ってもらうことは重要でしょう。今後もそうした使命感を持ちながら、研究に力を注いでいきたいと考えています。

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