地域で多文化共生の実現に取り組むNGOを主宰

話=奥井利幸さん
●野毛坂グローカル 代表
●青年海外協力隊経験者(タイ・コンピュータ技術・1987年度1次隊)

「よそ者」ではなく、「地の人」として地域づくりにかかわりたいとの思いから、それを実践するNGOを立ち上げた奥井さん。目指しているのは、「国籍」や「障害の有無」などさまざまな属性の違いを人々が認め合う、広い意味で捉えた「多文化共生社会」だ。






PROFILE

おくい・としゆき●1962年生まれ、大阪府出身。電機メーカーのITエンジニアなどを経て、1987年8月に青年海外協力隊員としてタイに赴任。89年8月に帰国。JICA専門家としてアジアの国々で社会的弱者支援やコミュニティ開発のプロジェクトに従事した後、2016年11年、多文化共生を地域で実現するための活動に取り組む任意団体「野毛坂グローカル」(神奈川県横浜市)を設立し、代表に就任。

協力隊時代●スコタイ県にある工業高等専門学校に配属され、学生や教員へのコンピュータ技術の指導に取り組んだ。右写真は、配属先の同僚教員たちと奥井さん(右から2人目)。


−−代表を務めている任意団体「野毛坂グローカル」の概要をお教えください。

横浜市の学生団体の主催、野毛坂グローカルの共催により同市で開いた、アジアの国々と日本の学生たちによる多文化共生をテーマとしたワークショップ

 すべての人が「異なる文化を持つ人」と広く捉えたうえで、住民が互いの文化を認め合う「多文化共生」の推進に向けた活動に、私が住む地域で取り組んでいる団体です。私は長い間、協力隊員やJICA専門家として途上国の地域づくりに「支援する人」、つまり「よそ者」としてかかわってきました。「よそ者」はしがらみがないので、思い切ったことができます。しかし、いずれその地域から離れてしまう人であり、無責任な存在とも言えます。そうした立場で地域にかかわり続けることにひっかかりを感じ、逃げ道がない「地の人」として、しがらみがあるなかで地域づくりに取り組みたいというのが、野毛坂グローカルを設立した動機です。
 住民が取り組む地域づくりの活動のなかで「多文化共生の推進」だけを抜きだすことは難しいため、まずは高齢者の見守りやコミュニティ食堂の運営、防災活動など、住民による地域づくりのさまざまな活動に参加しています。そのうえで、野毛坂グローカルが活動の柱の1つとしているのは、地域の住民や学生を主な対象に、「多文化共生」について考える機会となるような勉強会を開催することです。
 活動のもう1つの柱としているのは、地域と途上国の人々が学び合う機会をつくる活動です。タイの地方自治体の職員、ミャンマーのNGO、ASEAN各国の学生などを地域に招き、同市の方々と福祉に関する取り組みなどについて互いの経験や意見を紹介し、学び合う研修を実施しています。野毛坂グローカルを立ち上げてからこれまでの4年間で30回あまり研修を実施し、計1000人ほどの方々に参加していただいています。地域で多文化共生を推進するうえで、住民が異なる文化の人々と学び合う姿勢を持つことが重要だとの考えで取り組んでいる活動です。私は協力隊員として赴任した当初、技術協力をしようという意気込みでしたが、実際は現地の方々に学んだことのほうが圧倒的に多かった。そこから、文化が異なる人との付き合いは「相手から学ぶ姿勢」が重要だと考えるようになりました。

−−勉強会ではどのようなメッセージを伝えているのでしょうか。

 強調しているのは、「誰一人取り残さない」という意識の重要性です。これは、SDGs(*)の基本理念でもありますが、実現するのが難しいため、あまり気にされていないように感じています。それに私がこだわっているのは、誰かを取り残したり、誰かの犠牲のもとに達成するゴールはありえないと考えているからです。「障害者」が働く場をつくるために「軽度障害者」の就労を支援しようとすると、「重度障害者」は取り残されてしまう。それどころか「取り残された障害者」がより少数になることで、「重度障害者」の存在は社会の中でより見えづらくなり、執拗に取り残され続けてしまうことにもなりかねません。
 こうした考えに共感している人も、自分に不利益が及ぶ場合、寛容さを失いがちです。例えば、自分の子どもが通う小学校で、アレルギーの子どもや宗教上の理由で豚肉を食べれない子どもに対応する給食とするため、給食費を値上げして対応するとなれば、納得できない人も出てくるでしょう。「多文化共生」には、互いの違いを頭で認め合うだけでなく、その実現に必要な負担を受け入れるための気づきや共感が必要です。勉強会では、そのことを努めて伝えるようにしています。

* SDGs…「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略。2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にある、30年までの達成を目指す17の国際目標。

−−勉強会の参加者にはどのように響いているとお感じになっていますか。

「差別」や「不公平」と向き合うことは多文化共生の基本です。しかし、例えば「差別を知る」というテーマで勉強会を開催しても、参加者が広がらないのが現状です。そこで、真正面に社会課題に向き合う勉強会だけではなく、自分たちの経験、興味があること、夢など身近なことを共有し合うことをとっかかりにする勉強会としています。例えば、「タイ映画を語る会」や「新大学生と話す会」などと間口の広いタイトルにして、幅広い方々の参加を狙う。そのうえで、実際の勉強会に少しだけ社会課題を考えるためのエッセンスを取り入れることで、新たな気づきを得るきっかけになればと思っています。
 今年5月にオンラインで実施した「新型コロナで取り残されそうな人」というイベントでは、外国人や盲ろうの方、孤立する高齢者など、「取り残されそう」な方々の事例を紹介していただきました。この勉強会では、オンラインを活用した働き方が広がるなか、障害者が取り残されてしまっている状況が浮き彫りになり、事後のアンケートでは、それに気づいていなかったことがショックだったと吐露するコメントも多くいただいています。

−−野毛坂グローカルの活動について、今後のビジョンをお聞かせください。

 野毛坂グローカルの活動で私が心掛けているのは、自分は黒子に徹し、地域を外部の方々とつなぐ役目を果たしながら、多文化共生社会の実現の後押しをするということです。自分が主体となって運営しようとしてしまうと、他の人に協力しようと思ってもらうことが難しくなってしまうだろうとの考えからです。そうしたやり方が有効であることに気づいたのは協力隊時代でした。私が論理立てた提案をしても、配属先の方々にはなかなか受け入れてもらえない。ところが、私の提案に賛同する外部の方から意見を発信してもらったところ、配属先の方々が徐々に私の主張を信用してくれるようになったのでした。「地の人」として地域づくりに携わる際は特に、地域のそれまでのやり方を否定するような提案を真正面からするのは難しい。今後も、地域を外部とつなぐ役目を果たしながら、思い描く多文化共生社会の実現を後押しできればと思います。

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