「回復期リハビリ」が欠けている
という課題への対策に尽力

狩俣美紀さん(︎タイ・作業療法士・2017年度2次隊)の事例

異なる性格のリハビリを提供する2施設で活動した狩俣さん。メインの活動の1つとなったのは、障害者のリハビリの継続や安全な生活を可能にするために病院や家の改修を支援することだ。

狩俣さん基礎情報





【PROFILE】
1982年生まれ、沖縄県出身。リハビリの専門学校を卒業後、作業療法士として病院に勤務。2017年9月に青年海外協力隊員としてタイに赴任。19年9月に帰国。協力隊時代に新潟医療福祉大学大学院に入学し、現在までタイのリハビリについて研究。

【活動概要】
東部労災リハビリテーションセンター(ラヨーン県)とスラートターニー病院(スラートターニー県)で、主に以下の活動に従事。
●退院患者の住宅改修に関する技術支援
●病院の環境整備に関する技術支援
●作業療法に関する同僚への技術指導


 作業療法士隊員としてタイに派遣された狩俣さんは、2カ所の医療施設で約1年ずつ活動した。最初の配属先は、労働災害で怪我や病気を負った人に医療的リハビリや職業的リハビリを提供する「労災リハビリテーションセンター」の1つ(以下、「センター」)。工業が盛んなタイ東部のラヨーン県にある入所型施設だ。技術を伝える作業療法士が「センター」にいなくなってしまったことから移った2カ所目の配属先は、タイ南部のスラートターニー県にあるスラートターニー病院(以下、「病院」)。病床数が1000床にのぼる同県最大の総合病院である。
 日本では以下のような3ステップでリハビリが行われるが、 「センター」と「病院」はそれぞれ維持期リハビリと急性期リハビリを提供する位置付けの施設だった。
【急性期リハビリ】 病気やケガの治療直後や治療中に、症状の安定や寝たきりの防止を目的として行うリハビリ
【回復期リハビリ】 急性期リハビリの後に、低下した能力を獲得し、在宅生活への復帰を目的として行うリハビリ
【維持期リハビリ】 急性期リハビリと回復期リハビリで獲得された機能の維持を目的として行うリハビリ

「センター」に配属されていた時期にアイデアを紹介した自助具の例

下肢麻痺の患者の家の改修前の浴室。入り口に吊るした紐につかまって車椅子から浴室に移動していた

下肢麻痺の患者の家の改修後の浴室。台と手すりで移動を容易にした

退院した患者の家の改修を支援

 タイには、「急性期リハビリから回復期リハビリへの継続が欠けている」という課題があった。そのため「センター」に来る患者は、それ以前に回復期リハビリを受けられずに麻痺や筋力低下、関節可動域制限などの後遺症で日常生活に支障をきたしている人が多かった。そこで狩俣さんの「センター」における活動の1つとなったのは、「自助具」のアイデアを同僚たちに紹介することだ。自助具とは、不自由になった手や指などに装着し、食事などの日常生活動作を可能にする道具。現地では市販品の入手が難しかったため、現地で入手可能な材料で手づくりする方法を伝えた。
「センター」でのもう1つの活動は、車椅子や杖歩行で退院せざるを得なかった患者の自宅を、彼らが生活しやすいよう改修する方法の指導だ。「センター」に配属されていた約1年間で、4人の患者の自宅の改修を支援。日本では、回復期リハビリの退院時に自宅の評価を行い、リハビリ職が住宅改修にかかわるのが一般的である。しかし、配属先のリハビリ職は住宅改修の理解が十分ではなかったため、彼らと共に以下のような段取りで進め、技術の伝達を図った。
(1)患者宅を訪問し、主に玄関、寝室、浴室、トイレについて生活の安全性を確認する。
(2)「手すりの取り付け」「段差をなくす」「ドアの変更」など、改修のプランを作成。
(3)現地の職人や「センター」の職業的リハビリの教員で改修を実施。
(4)改修の1カ月後に患者宅を訪問し、問題点が解消されているかを再評価する。
 住宅改修の対象となった患者からの評判は良好だった。例えば、以前は浴室の扉の上部から吊るしたロープを掴み、やっとの思いで車椅子から浴室に移動していた患者がいたが、浴室内に台と手すりを設置したことで、移動の負担が激減。一方、住宅改修に携わった同僚たちへの技術の伝達も進んだ。「どのような太さの手すりが持ちやすいか」など、患者にとって重要な改修の「着眼点」を理解してもらえるようになったのだ。

「病院」に配属されていた時期、デイケア施設の利用者の自宅を施設のスタッフと共に訪れ、生活のしやすさに関する家の評価を実施した(左端が狩俣さん)

郡立病院向けに作成した回復期リハビリのための環境整備のマニュアル

回復期リハビリの提供に向けて

「急性期リハビリから回復期リハビリへの継続が欠けている」という前述の課題に関して、2カ所目の配属先である「病院」では、その対策への動きが始まっていた。スラートターニー県内の19の郡にはそれぞれ郡立の病院があったが、「病院」が中心となり、それら郡立病院が急性期リハビリを終えた患者の入院を受け入れ、回復期リハビリの提供ができるようにするための支援を進めていたのだ。例えば、「病院」の医師や看護師、理学療法士、作業療法士が各郡立病院を回り、回復期リハビリで重点を置くべきことを伝えていた。狩俣さんはその巡回に同行。そこで見えてきたのは、いずれの郡立病院でも回復期リハビリを提供するために必要な「ハード面」の環境が整っていない実態だ。「トイレの入り口が狭く、車椅子で入れない」「しゃがんでする和式のトイレなので、障害者や高齢者には使えない」……。そうした問題に着眼できたのは、「センター」時代に患者の住宅の改修を経験していたからだった。
 そうして狩俣さんは「病院」に配属されている時期、県内の郡立病院が回復期リハビリを提供できる環境を整えるための支援を活動の1つの柱とした。具体的には、ベッドから車椅子を使って安全にトイレに行くための環境をつくる方法を提案。院内でのハード面の環境を整えることが患者の自立につながり、同時に自宅での生活に戻った際に必要となる動きの訓練になることを、配属先のスタッフや家族に周知することを意図した取り組みだ。
 一方で狩俣さんは、作業療法の訓練方法や自助具のアイデアについて同僚と共にマニュアルを編纂。現地の医療従事者がいつでも活用できるよう、インターネットのクラウドサービスにアップロードしたうえで、帰国の途に就いた。

任地ひと口メモ 〈スラートターニー県〉

県内の国立公園内にある観光名所、チャオラン湖。「タイの桂林」と呼ばれている




タイ南部で衣類に使われている伝統布。今でも高齢者が愛用するほか、正装服に仕立てて使われることもある




タイ南部の伝統料理「カノムチーン」。野菜を盛り付け、細麺にカレーをかけた料理




知られざるストーリー