中高一貫校でプログラミング授業の支援に取り組んだ森見さん。現地教員と二人三脚で授業を進める一方、生徒の興味を引き出すため、他のコンピュータ技術隊員たちと共に、ゲーム開発の技術やアイデアを競う大会を実施した。
【PROFILE】
1984年生まれ、埼玉県出身。創価大学大学院理工学研究科修士課程で超小型人工衛星を研究し、その開発・打ち上げを経験。修了後、無線機会社にシステムエンジニアとして勤務。2017年1月に青年海外協力隊員としてタイに赴任(現職参加)。19年1月に帰国し、復職。
【活動概要】
科学技術系人材の育成を目指す中高一貫校「プリンセス・チュラポーン・サイエンス・ハイスクール・ロッブリー校」(ロッブリー県)に配属され、主に以下の活動に従事。
●プログラミング授業の支援
●ハッカソンの企画・運営(他隊員との協働)
森見さんが配属されたのは、科学技術系人材の育成を目指して理科と数学の教育に重点を置く公立の学校グループ「プリンセス・チュラポーン・サイエンス・ハイスクール」(以下、「チュラポーン」)の系列校。全国を12の学区に分け、それぞれに1校ずつ系列校を配置しているが、いずれも全寮制の中高一貫校で、授業料や生活費は無料だ。中学と高校のそれぞれで入試が行われ、理科と数学については全国平均をはるかに上回る学力を持つ生徒が集まってくる。森見さんの配属先は、タイ中部のロッブリー県にある系列校(以下、ロッブリー校)。求められていた役割は、ICT(情報通信技術)の授業を支援することだ。校内には、Windowsを搭載したデスクトップパソコンとノートパソコンを置く教室が1つずつと、Macintoshを搭載したデスクトップパソコンを置く教室が1つ備えられており、いずれも置かれているパソコンの台数は1クラスの人数以上。ICT授業の環境は申し分ないものだった。
「チュラポーン」の系列校は、1993年に開校した当初は通常の中等教育機関だった。タイの中等教育で科学技術系人材の育成を目指す公立校が初めて設立されたのは2000年。首都バンコクの近郊にある高校「マヒドン・ウィッタヤヌソン・スクール」(以下、マヒドン校)である。その後、地方でも同種の学校があったほうが良いということで、「チュラポーン」の系列校にマヒドン校の教育システムが移植された。「理科と数学のコマ数が多いカリキュラム」「1クラスは24人で、各学年は6クラス」などがその骨格である。
森見さんが支援した授業の1つは、高校1年生で必修科目として行われる「プログラミング」の授業だ。その担当教員をカウンターパート(以下、CP)とし、主に知識の提供や教材の作成などによる支援を行った。
任期前半にCPとなったのは、10年近い教職経験を持つ女性教員(以下、Aさん)。森見さんは着任早々、プログラミング授業に関する困難に直面した。タイ教育省からの指示により、マヒドン校と「チュラポーン」のプログラミング授業で扱うプログラミング言語が、1970年代に登場した「C言語」から90年代に登場した「Python」に変更されたのだ。Aさんも森見さんもPythonを扱った経験は皆無だった。そこで、ICTの教員を対象に教育省が実施したPythonに関する研修会に2人で参加。そうして共に勉強を進めつつ、教育省がつくったPythonの指導用教材に散見された間違いを森見さんが訂正し、それを踏まえてAさんが講義を行うという役割分担で、プログラミングの授業を運営していった。
このように授業に関与するなかで森見さんが感じたのは、生徒たちのプログラミングに対する興味が薄いということだった。その問題を解決するきっかけとなったのは、「チュラポーン」の他の系列校に配属されていた4人のコンピュータ技術隊員たちとの協働である。着任してまもなくから、彼らとの情報交換の場で「生徒たちのプログラミングに対する興味をどう引き出すか」ということが課題として挙げられ、議論の対象となった。そのなかで対策として出た案が、「ハッカソン(hackathon)」という催しの開催だ。「ハッカソン」は、「プログラミングすること」を意味する「hack」と、「marathon(マラソン)」を組み合わせた造語。参加者が同じ時間に一斉にプログラミングを行い、その技術やアイデアを競う催しのことで、世界各地でICT教育の一環などとして実施されるようになっているものである。「チュラポーン」は2016年に日本の高等専門学校(高専)の設置・運営を行う国立高等専門学校機構と業務提携の覚書を交わしていた。そこで森見さんたちは、「チュラポーン」と高専の生徒が競い合う大会にしようと着想。そうして森見さんの任期の半ば、国をまたいだ次のようなステップのハッカソンが実現した。審査員は専門家などに依頼した。
(1)「対象は高校1年生」「『Unity』というソフトウェアを使ったシューティングゲームを3人のチームで開発し、その技術やアイデアを競う」といった企画の骨子をまとめる。
(2)「チュラポーン」の各系列校が3人ずつ選出した代表生徒を、所属校が異なる3人の混成チームに再編し、予選を実施。
(3)予選の上位3チームを日本に連れて行き、3校の高専がそれぞれ1つずつ出した代表チームと決勝を実施。
「大会をきっかけに、生徒たちが寝ずにゲームをやるようになってしまうのではないかと心配なんだ」。予選の時期からAさんに替わって森見さんの新たなCPとなった男性教員(以下、Bさん)は、ハッカソンの開催前にこう漏らしていた。ところが、当日の生徒たちの様子を見た彼は、「寝るのが惜しいくらいにゲーム開発にのめり込んでいた。こんなに真剣にプログラミングをしている姿を初めて見た」と感激。その後、彼の提案により、教員が内容を自由に決められる選択科目のプログラミング授業にUnityを使ったゲームの開発を導入。すると生徒たちは高い意欲を見せるようになり、授業以外の時間に森見さんやBさんにプログラミングに関する質問をする生徒も現れた。
一方、ハッカソンの効果を耳にした教育省は、「チュラポーン」のカリキュラムを変更し、必修科目のプログラミング授業にUnityの指導を導入。さらに、各系列校にUnityでゲームの開発をする部活を立ち上げるよう勧めたことから、6校でそれが実現した。森見さんの任期が終わる直前、コンピュータ技術隊員たちは2回目のハッカソンを実施。初回と同様、「チュラポーン」と高専の生徒たちが決勝を戦うものだ。このときは、教育省が生徒の渡航費などを負担してくれた。そうして、協力隊員が手を貸さなくてもハッカソンが開催される可能性が確認できたうえで、森見さんは帰国の途に就くことができた。
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森見さん(中央)と左の女性が身につけているのは、「ロッブリースタイル」と呼ばれる地域の伝統衣装。地元の人は祭りのときなどにこのスタイルになる。ゆったりとしたズボンとフリルが付いたシャツが基本だ