JICA Volunteers’ before ⇒ after

古西勇太さん(パプアニューギニア・コミュニティ開発・2014年度2次隊)

before:商社の海外駐在員
after:自動車メーカーの海外営業

「消費者(お客様)の立場になって価値ある製品を作ろう」を社是の第一に掲げる自動車メーカー「スズキ株式会社」。同社社員で、協力隊経験者の古西さんは、「社是を心で理解できるのは協力隊経験があったから」と話す。
「任地は舗装された道が少なく移動手段が限られており、現地の人は炎天下を裸足で歩いています。車があれば助かる命も目の当たりにしました。現在、スズキでどんな業務を担当しても、それがたどり着く地とお客様の顔が、私には見える。それが私の強みです」

人を幸せにする仕事

パプアニューギニアで協力隊員として活動した古西さんと、現地で設立した空手道場の生徒たち

「昔から海外や国際関係への関心が高かった」と古西さんは話す。日本と異なる景色や人、未知なものにワクワクしたという。高校生のとき、経済、政治、すべてにおいて世界一だった米国に憧れた。日本の大学に在籍中、米国の大学に留学し、「世界を股にかけて働きたい」という気持ちを一層強くした。
 卒業後は、自動車メーカーのグループ企業の商社に就職。海外勤務には「4年は下積みが必要」と言われたなか、2年半で中華人民共和国にある現地法人の駐在員となった。中国で自動車部品の材料調達の事業責任者として、「楽しく燃えて働いていた」という。
「26歳の若造が中国の社員と手を組んで、大手商社と戦い、結果を出す。達成感と充実感に満ちた5年半でした」
 責務を全うできる力と情熱が自分にあると確認できた一方で、戦いの裏には痛みを持つ会社があることもわかっていた。「私の情熱は、社会の幸せのために使うべきだ」と考え、進む道を国際協力と定めた。中国駐在を終えて退職し、協力隊に参加した。
 パプアニューギニアで、現地の収入向上や青少年育成などを目指して活動を始めた古西さん。当初はこれまでのスキルを最大限に生かし、現地の人にビジネスプランを提案し続けたが、全くの無関心。自助努力より支援に頼ろうとする彼らに憤りを感じるようになってしまう。活動の突破口となったのは「空手」だ。現在に至るまで空手とともに歩んできた古西さんは、赴任直後から空手指導を始め、道場を設立。そこで、学校に行かず職にも就かない若者が、変わっていく姿を見た。
「『努力すれば夢は実現できる』と私自身が空手から学びました。生徒たちもそれを空手から得ることができたのだと思います」
 炎天下でも、雨の中でも休むことなく行われる稽古。しかし、厳しい稽古を乗り越えた達成感は必ず得られた。1年後には生徒の1人がインドネシアで開催された国際大会に出場。また、働くことで生活を変えられることを意識づけるため、あえて会費を義務付けた。すると、生徒たちは月の会費を納めるため、魚やココナツを売ってお金を稼ぐようになり、その後、貯めた会費で5人の生徒が日本遠征を叶えた。さらに、生徒の成長を見て雇用してくれる企業も現れたのだ。古西さんは、道場を生徒に任せ、任期を終了した。
 その一方で、個人としての無力さと組織を通してこそ成し得る国際協力を実感する出来事もあった。日本でなら助かる命が失われていく現実を目の当たりにしたときだ。
「移動手段があれば、車があれば助かった命を考えたとき、前職が社会に与えた影響と役割を実感しました。どんな仕事でも社会の役に立つからこそ存在している。それに気づき、企業という組織を通した国際協力に挑戦しようと決めたのです」

夢に挑戦する人生を生きる

2019年8月、横浜市で開催されたアフリカ開発会議(TICAD7)に出展したスズキのブースに立つ古西さん

 帰国後、古西さんは新興国でビジネスをし、その国の発展に貢献する企業を探した。そのときに出会ったのがスズキ株式会社だ。同社は、自動車の現地生産による雇用の拡大と産業の育成、また車を持つことが難しい人々にも手の届く価格帯の車を開発、販売することで、国際貢献につながるビジネスをしている。同社と自身のビジョンが合致すると考えた古西さんは、スズキの門を叩き、同社に迎え入れられた。海外四輪営業本部に配属され、アフリカ地域を担当した後、現在は、スズキミャンマーモーター社に所属している。
 ミャンマーにおける新車販売のシェアはスズキが5割を占めており、今後、新工場の建設も予定されているなど、ミャンマーは同社にとって非常に重要な国だ。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で古西さんのミャンマー渡航は少し後になるが、現在も日本から現地法人の事業計画取りまとめや経営管理、市場調査、商品企画立案、現地販売活動支援などを行っている。
 ミャンマーで自動車のマーケットリーダーとしてさらなる躍進を目指すスズキ。その戦力の中核を担うという責務を負うことはやりがいであり、プレッシャーでもある。
「会社の利益を考えるだけではなく、ミャンマーのために、その国の人々のために、車をつくり、販売していく。その使命感があればどんなプレッシャーにも耐えられます」
「この仕事が必ず人々の笑顔につながると信じている」そう話す古西さん。笑顔にしたい人々の顔は、いつも古西さんの心にある。






古西さんのプロフィール

【before】
[1981]
福岡県出身。
[2004]
9月、早稲田大学商学部卒業(02年~03年米国LAWRENCE大学留学、国際関係学専攻)。
[2005]
4月、川崎汽船株式会社入社。
10月、株式会社ホンダトレーディングに入社。08年5月~13年10月、本田貿易(中国)有限公司に駐在。

【JICA Volunteer】
[2014]
9月、青年海外協力隊に参加(仕事に向けることができたエネルギーを会社だけではなく、直接的に社会に役立てることに使うべきだと考え、国際協力に従事することに決めた。現場を知るために協力隊に参加)。パプアニューギニアで空手道場の建設と設立、それを通した青少年の育成と収入向上活動などに取り組む。
[2016]
9月、帰国。

【after】
[2017]
4月、スズキ株式会社入社(現地生産による雇用の拡大と産業の育成、また車を持つことが難しい人々に対しても手の届く範囲の車を社会に提供してきたスズキの歩みを知り、入社を決意)。海外四輪営業本部でアフリカ、ミャンマー担当。20年4月よりスズキミャンマーモーター社に赴任。

スズキ株式会社
設立:1920年3月
住所:静岡県浜松市南区高塚町300
活動概要:四輪車・二輪車・船外機・電動車いす、産業機器の開発・製造・販売
従業員数:15,646人(2020年3月現在)

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