中小企業を支援する公的機関に配属され、
同僚たちに「経営管理の指導」の技術を伝達

電機メーカーの米国法人でエンジニアのマネジメントを担当した経験を持つ延命さん。第二の人生として選んだのは、シニア海外協力隊員として「経営管理」の技術を伝授することだった。

延命史雄さん
(シニア海外協力隊/アルゼンチン・経営管理・2017年度2次隊)




[延命さんのプロフィール]
1956年生まれ、群馬県出身。青山学院大学理工学部卒。電機メーカーで大型コンピュータの開発・設計を担当した後、米国の現地法人でエンジニア・マネジメントに約10年間従事。帰国し、新規事業の企画を担当した後に定年退職。2017年9月、シニア海外協力隊員としてアルゼンチンに赴任。19年9月に帰国。

[活動概要]
配属先:国立工業技術院の地方センターの1つであるフォルモサセンター(フォルモサ州)
主な活動:
●経営管理の指導に関する同僚への技術指導
●経営管理に関する中小企業への指導

延命さんの関係人物

配属先

マリオさん(配属先のトップ):北東部4州のセンターのボス。セキュリティー関係の副業をしている。サッカー好き。JICAのプログラムで日本に行き、研修を受けた経験がある。
ホルヘさん(理学博士):数値解析のスペシャリスト。米国の大学で物理学の博士号を取得。海外で生活した経験があるため、海外との比較例などを理解してくれた。配属先内で唯一英語が話せたため、支援先との会話でお世話になった。
パブロさん(最年少の職員):職場唯一の独身者。経営管理の手法を習得中。副業をしていないので、常に職場に在籍しており、さまざまな局面で支援をしてもらった。
リカルドさん(職員):食品関係のスペシャリスト。日本人には人一倍の好意を抱いている。子どもの教育にも熱心で、家族ぐるみでの付き合いをしてもらった。

アマチュア無線クラブ

マルセロさん(趣味があう友人):アマチュア無線愛好家の「フォルモサクラブ」のメンバー。職場以外での現地の人とのつながりを広げてくれた。首都ブエノスアイレスの出身。

現地の日本人

ロサ田中さん(任地で唯一の日本人〈戦後移民〉):アルゼンチンの社会について、自身の経験を交えながら教えてくれた人。時折、手づくりのお饅頭など日本食を振る舞ってくれた。

延命さんの活動

 延命さんの配属先は、工業分野の試験分析や度量衡検査を主な事業とする国立工業技術院がフォルモサ州に置く地方センター(以下、「センター」)。「センター」を含む同院のいくつかの地方センターでは、中小企業を対象に経営管理に関する支援も行っていた。経営管理とは、生産性の向上に向けて「ヒト」「モノ」「カネ」といったリソースをより有意義に活用する方法を考え、実践する取り組み。延命さんに求められていたのは、中小企業に経営管理の指導をするために必要な技術を同僚たちに提供することだった。延命さんの着任時に「センター」で働いていた同僚は、所長のほか、「電気」や「機械」など専門性がさまざまなエンジニアが11人。彼らはそれぞれの専門性について一流の知識を持っていたが、当時、専門性をまたぐ技術である経営管理関連の知識は勉強していたものの、実践経験に乏しい面があった。

「センター」の支援対象だった社員約50人の椅子メーカー

「センター」の支援対象だった社員約180人の食品パッケージメーカーで、製造用機械の説明を受ける延命さん(左端)

「センター」の支援対象だった社員約200人の自動車部品メーカー。工具類の整備、整理を継続的に実施することの重要性などを指導した

同僚たちとの企業訪問

 延命さんが手始めに取り組んだのは、同僚と共に中小企業を回り、経営管理に関する実態をあらためて確認することだ。「センター」が支援の対象としていた企業は、各種メーカーを中心とする20社。巡回するなかでわかったのは、「5S」(*)など経営管理に関する改善活動の指導を受けた痕跡はあるものの、それが一時的な取り組みに終わってしまっているケースが大半であることだった。そうして得た現場の状況を踏まえ、延命さんが同僚たちへの働きかけとして最初に実践したのは、経営管理に関して改善すべきポイントを見極める方法を同僚たちに伝えるミーティングを、月に1度のペースで定期的に開くことだ。延命さんはこのミーティングで、企業訪問をした際に撮影した工場内の写真を見せながら、効率性を阻む要素がどこにあり、それをどのように改善すべきかについて、日本の企業の事例も紹介しながら同僚たちに伝えた。すると、アルゼンチンの人々は仕事について対価を重視しており、日本の企業のように、プラスアルファの対価が補償されていなくても社員が職場全体の改善に自発的に取り組むことは期待できないことを、同僚たちから教えられた。人々が求める価値や社会課題が異なる中で、「日本式のやり方」をそのまま移植することはできない——。延命さんは、「現地に合った経営管理のあり方を見出さなければならない」という、自身の活動の根本的な課題を突き付けられた。

* 5S…「整理」「整頓」「清潔」「清掃」「しつけ」を段階的に徹底させることで、職場の生産性向上を図る手法。

同僚たちと延命さん(前列中央)

現状視察をもとに、着目した問題点や改善の方向性について企業のオーナーと議論する延命さん(左端)

現地に合った改善方法

「現地に合った経営管理のあり方」を見極めるうえで足掛かりとなったのは、パンの製造企業(以下、A社)での指導例だ。「センター」の指導により、在庫管理と生産ラインを効率的なものに改善することはできていたが、「社員が定刻に出勤せず、製造するパンの量が安定しない」という問題を抱え続けていた。その背景にあった事情の1つは、「トップダウンですべての物事が進められる」という、現地にあった職業文化である。A社の工場では、オーナーと社員の仲介役として現場監督が配置されていたが、社員に指示を出したり、社員を評価したりすることは、すべてオーナーが行っていた。すると当然、社員は現場監督の指示は聞き流し、オーナーの顔色ばかりをうかがう。そこで延命さんは、同社の改善方法について同僚たちと議論し、以下の事柄をオーナーに提案した。
(1)社員に指示する権限と社員を評価する権限を現場監督に与える。
(2)優良社員を表彰する制度を設ける。
(3)社員にも職場改善の提案をしてもらい、それに対する評価も行う。
(4)社員のマルチタスク化を行い、人員が欠けた場合に備えておく。
 この提案をした後、(4)については、労働組合からの圧力や転籍する社員が増えるおそれがあるという理由から棚上げとなったが、(1)〜(3)は継続して実践されるようになった。それにより、延命さん自身が現地の企業に合った経営管理の改善策の方向性を見出すことができただけでなく、同僚たちにもそれが見え、続く成功事例を出すための提案のアイデアを、前述のミーティングの場で真剣に議論するようになったのだった。

延命さんの「やりがい曲線」

(1)「現地の状況を把握するため、当面は観察期間としたい」という提案を、配属先は承諾。同僚たちはフレンドリーに迎え入れてくれた。

(2)支援先企業が遠いため、頻繁に訪問することができず、同僚に対するフォローが思うようにできなかった。

(3)中小企業の支援方法を議論するミーティングを配属先で開始。近隣州の経営改善プロジェクトにも参画し、活動の幅が広がる。

(4)企業訪問を続けるなか、アルゼンチンの文化や社会的な背景によって簡単には解決できない問題があるという現実に直面する。

(5)首都から離れた家具製造企業で、市場拡大の知恵や従業員のやる気がなく、事業撤退を考えていると言われる。ビジネス環境の地域格差を痛感する。

(6)同僚と企業訪問やその結果について議論するミーティングを重ねたことで、彼らは問題点の見極め方を体得し、各企業の特性に合わせた工夫の必要性を理解。

(7)同僚が企業改善のポイントを見極め、継続し得る改善活動の具体例を考える様子が見られるようになる。

知られざるストーリー