他団体と積極的に連携して、
母子保健の質向上を支援

比嘉可苗さん(グアテマラ・助産師・2018年度派遣)の事例

市で唯一お産ができる医療機関に配属され、母子保健向上の支援に取り組んだ比嘉さん。配属先だけでなく、現地で同じ目的に向かって活動する他団体と積極的に連携しながら、同僚の医療従事者や地域の伝統的産婆への技術支援を進めた。

比嘉さん基礎情報





【PROFILE】
1990年生まれ、沖縄県出身。助産師として沖縄県立中部病院周産期センターに約3年間勤務した後、2017年9月に青年海外協力隊員としてニカラグアに赴任(現職参加)。18年8月、同国の治安の悪化によりグアテマラに振替派遣。19年7月に帰国し、復職。

【活動概要】
キチェ県サン・バルトロメ・ホコテナンゴ市の保健センターに配属され、主に以下の活動に従事。
●伝統的産婆を対象とする研修会の実施
●医療職の同僚を対象とする研修会の実施
●学校や地域での保健指導
●配属先内の5S活動支援


 グアテマラでは公的医療機関として各県の県都に総合病院が、各市に保健センターが1つずつ置かれている。比嘉さんが配属されたのは、人口約1万6000人のキチェ県サン・バルトロメ・ホコテナンゴ市の保健センター。一般的な診療や分娩などの医療サービスを提供するほか、住民への保健啓発や衛生状況の調査など公衆衛生の事業も担う機関だ。当時の医療従事者は医師が4人と看護師・准看護師が30人ほど。比嘉さんは母子保健に関し、医療サービスと保健啓発の両面で質向上の支援に取り組んだ。

配属先で出産した同僚看護師とその子と。同僚の希望で出産に立ち会った

伝統的産婆を対象とした研修会の様子。受講者に「伝統的産婆役」「妊婦役」などを割り振って劇仕立てで知識を伝えている。「劇仕立て」は受講者の反応が特に良かった

伝統的産婆に向けた研修会

 グアテマラには助産師の国家資格がなく、医師か看護師が医療機関での分娩を担う。しかし任地では、専門教育を受けていない伝統的産婆が介助する自宅分娩が8割を占めていた。それにはさまざまな背景があった。1960年から96年まで続いた内戦により、外部の人に対するコミュニティの警戒が強まったことがその1つ。医療機関で働く外部の医療従事者よりも、コミュニティで共に暮らす伝統的産婆への信頼の方が厚かった。もう1つの背景は、国土の7割を山岳地帯が占めるがゆえの医療機関へのアクセスの悪さだ。
 そうしたなかで比嘉さんは、市内に91人いた伝統的産婆への技術支援を活動の柱の1つとした。当時任地では、国際協力NGO「特定非営利活動法人AMDA社会開発機構」(以下、AMDA‐MINDS)が母子保健向上を目的とするプロジェクトを進めており、その一環として、伝統的産婆を対象とする研修を比嘉さんが着任する5カ月ほど前から毎月1回開催していた。伝統的産婆が集まる機会は配属先としても彼女たちに技術を伝えるチャンスであることから、比嘉さんは同僚の看護師と共に研修会に講師として参加し、専門性を補う役目を担った。
 伝統的産婆は、多くの子どもを産んだ人や、伝統的産婆に弟子入りした人が、保健センターに登録することで就くことができる。彼女たちは専門教育を受けておらず、分娩に必要な特別な機器も持たないため、母子の命が危険なケースかどうか判断できず、見逃してしまう可能性がある。そうしたさまざまな要因が複雑に絡み合い、任地の妊産婦死亡率は日本の約30倍にものぼっていた。こうした状況を踏まえながら、比嘉さんはAMDA‐MINDSのスタッフたちと共に研修の内容を入念に検討した。研修のテーマには、症状として目に見えて、すぐに病院に行かなければいけない母子の危険兆候に関するものを中心に選択し、研修では危険兆候があった際は保健センターに連絡してほしいと伝えた。
 医学的知識を学んだことがない人にそれをわかりやすく伝えるのは容易ではない。そのため、講義の方法については試行錯誤の連続だった。初回はスペイン語のスライド教材をつくり、日本の病院や出産の様子を紹介した。そこで初めて、伝統的産婆はみなスペイン語がわからないことを知った。そこで次の研修ではイラストや映像だけのスライド教材をつくり、比嘉さんがスペイン語で解説をしてAMDA‐MINDSのスタッフに現地語に通訳をしてもらうという方法に変更。さらに、教材を手書きの絵や乳児の人形などアナログのものに変えてみた。するとようやく受講者たちに興味深そうな表情が見られるようになった。特に効果的だった方法は、妊娠から出産までの各期に起こる出血の原因と危険性を伝える際に、白い布にイチゴジュースをかけて出血の程度を表現したことだ。以前に同じテーマを扱った研修会より、事後の小テストの平均点が2割ほど上がった。
 比嘉さんは任期中、10回の研修にかかわった。1回の研修に参加する伝統的産婆は平均で約50人。伝統的産婆への研修の効果は、さまざまな面で実感できた。母子の危険兆候があった際に保健センターに連絡してくる例が、多いときは月に30件にものぼった。

准看護師を対象とした研修会。模型を使って妊娠中の身体の仕組みについて学んでいる

同僚の医師を対象とするエコーの使い方に関する研修会

比嘉さんの働きかけにより、AMDA‐MINDSのスタッフと共に実践されたカルテ整理の様子

配属先の医療従事者に向けた研修会

 比嘉さんが力を入れたもう1つの活動は、配属先の医療従事者を対象とする研修会の開催だ。住民への保健啓発を担っていた准看護師たちには、月に1度のペースで「新生児蘇生法」「妊産婦の危険兆候」といったテーマの研修会を開き、専門的な知識を伝えていった。准看護師はわずか1年間の専門教育で就ける職であることから、彼らの専門性を補強することが必要だと考えて取り組んだ活動だ。
 配属先の医師たちに対しては、胎児の状態を調べる超音波診断装置(エコー)の使い方を学ぶ研修会を企画。機材は導入されていたものの、彼らの大半がその使い方を知らなかったことから企画した活動だった。
 比嘉さんはエコーの使い方を知ってはいたが、医師ではない自分が医師を指導することは受け入れてもらえないだろうと考え、当初は研修会の企画をためらっていた。しかし、着任の約半年後にチャンスが訪れた。産婦人科の医師などで構成するスペインのボランティアチームが任地に1週間滞在することになったのだ。医療機材の寄贈をするために毎年1回、グアテマラの各地を回っているチームだった。比嘉さんは彼らに、配属先の医師たちを対象にエコーの使い方を教える研修会を行うことを依頼。医師からの指導であるため、配属先の医師たちもわだかまりなく受け入れてくれた。比嘉さんは事後、エコーがその後も使い続けられるよう、スペイン語のマニュアルにまとめ、配属先に残した。
 ニカラグアからの振替派遣だったため、比嘉さんのグアテマラでの活動期間は10カ月間。現地に有益だと思った活動を短期間で実現するため、配属先だけでなく他団体にも積極的にアプローチし、協働関係を築いていった。「本当に任地のためになっているのか?」。自問自答する日々だったが、帰国の直前、同僚の准看護師たちに「地球の反対側から来て、私たちのためにこんなに動いてくれる人がいるのがうれしかった。今度は私たちががんばる番だ」との言葉をかけられた。何かの役に立てたかもしれない、そう感じて帰国の途に就くことができた。

任地ひと口メモ 〈サン・バルトロメ・ホコテナンゴ市〉

標高は約1800メートル。コミュニティ間をつなぐのは山道ばかりで、医療機関の受診率が上がらない要因の1つとなっている




火山が多いグアテマラは至る所で温泉が湧き出ているため、温泉浴の習慣がある




主産業はトウモロコシの栽培。写真はトウモロコシ粉でつくる主食「トルティージャ」の店




知られざるストーリー