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現地のスポーツクラブと共にアフリカのコロナ対策を支援

岸 卓巨さん(ケニア・青少年活動・2011年度2次隊)
A-GOAL 代表

ケニアでの協力隊活動などを通じ、アフリカでは地域のスポーツクラブが地域づくりの重要なアクターとなっていることを知っていた岸さん。2020年5月、その仕組みを活用してコロナ禍で困難な状況にあるアフリカの人々を支援する活動「A-GOAL」を立ち上げた。

「アカデミー」の選手たち。選手もコーチもスラムの住民だ

A-GOALによって配布された食料や石鹸を手にする「アカデミー」の選手たち。配布する食料はコメ、トウモロコシ粉、砂糖、塩、油など

ソーシャルディスタンスを確保しながら支援物資を配る「アカデミー」のコーチたち

「新型コロナウイルス感染症の影響により、多くの住民が職を失い、政府からの支援物資も行き渡らない。飢餓による死者が出るかもしれない。ついては力になってくれないか」。2020年3月の下旬、ケニアの首都ナイロビのスラム、カワングワレ地区で「メインストリーム・スポーツ・アカデミー」(以下、「アカデミー」)という地域サッカークラブを主宰するカディリ・カルガロさんから岸さんに1本の電話がかかってきた。彼は岸さんの協力隊時代、HIV/エイズの予防啓発とサッカー大会を合わせて行うイベントを共に開催するなど、活動のパートナーとなってくれた人だ。ケニアをはじめアフリカでは、草の根で活動するスポーツクラブが、スポーツの指導だけでなく、地域課題を解決するための活動に取り組んでいる。「アカデミー」も、コーチと選手で地域活動に取り組んでいるクラブだった。
 スポーツクラブが地域づくりの重要なアクターとなっていることを協力隊活動などを通じて知っていた岸さんは20年5月、コロナ禍で困難に直面するアフリカの人々を支援する活動を立ち上げた。岸さんが重視したのは、コロナ禍でも現地のスポーツクラブが地域課題を解決するための「ハブ」(拠点)として機能すること。日本で寄付を募り、それをアフリカの地域スポーツクラブに託して、コロナ禍で職を失った人たちに食料や石鹸などを配布してもらう緊急支援活動を開始した。活動に付けた名前は「A‐GOAL」。これまでケニア、マラウイ、ナイジェリアの計16の地域スポーツクラブと協働して、日本の個人、企業、Jリーグクラブなどから寄付を集め、約2400世帯・1万人を支援してきた。現在の運営メンバーは、日本やアフリカ各国に住む協力隊経験者やスポーツ関係者、国際機関職員、高校生、大学生など約50人。岸さんを含む全メンバーが、オンラインコミュニケーションツールを活用しながらボランティアで運営に携わっている。

協力隊時代のパートナーと

 協力隊時代のパートナーからのSOSを受け、岸さんは当初、ポケットマネーで支援。しかし、コロナの影響がすぐには収束しないと感じると、継続可能な支援方法を検討するようになった。そこで思い当たったのが、地域スポーツクラブが地域づくりの重要なアクターとなっているアフリカの文化だ。現地の地域スポーツクラブと連携することで、障害がある住民やシングルマザーの家庭、孤児など本当に困っている地域住民に迅速に支援が届けられるのではないか。仮説を立て、まずはケニアの日系企業に相談し、「アカデミー」に資金提供をしてもらうことで、食料支援を実施した。その結果、地域住民の状況をよく知る「アカデミー」のコーチたちから、地域住民の感謝の言葉と共にたくさんの写真や動画が届けられた。有効な支援方法だと手応えを感じたことから、A‐GOALの活動をスタートさせることにしたのだった。

ボランティアパワーの結集

 当初の運営メンバーは約20人。日本でも緊急事態宣言が出され、アフリカに行くことが難しい状況の中で、それぞれの居場所から参加できるA‐GOALの運営メンバーは、日を追うごとに増えていった。メンバーが情報やアイデアを持ち寄りながら、支援国や活動パートナーの地域スポーツクラブを増やし、事業の規模を拡大。ジェンダーの課題への啓発や支援として生理用品などの配布を行ったり、日本の医師と連携した家庭医療の啓発活動なども開始した。20年9月には24時間のオンラインチャリティーイベントを開催し、ケニア出身のJリーガーなど60人を超えるゲストが参加した。
 しかし、ほかに本業を持つメンバーたちがA‐GOALに割ける労力には限りがある。また、コロナ禍によりメンバーも先行きが見えない中で活動に参加している。そのなかでいかにして力を発揮してもらうかは、岸さんにとって知恵の絞り所だった。数チームに分かれて「現地とのやりとり」「日本での広報」など役目を分担する運営体制とし、2週間に1度、全体ミーティングを開催。各チームが前の2週間の活動を報告し、全員で改善すべき点を話し合ったうえで、次の2週間の活動目標と各メンバーの役割を決める。そうしたやり方により、メンバーたちが無理なくそれぞれの力を発揮することやPDCAを絶えず回していくことが可能になり、ボランティア活動でありながら短期間で活動の規模が拡大していった。

緊急支援から持続可能な開発へ

 A‐GOALの活動には思わぬ副産物もあった。活動パートナーである地域スポーツクラブとその地域とのつながりが以前より強固になり、クラブのメンバー数が増えたのだ。21年1月に学校が再開したケニアからは、「A‐GOALの活動で学校に通える子どもの人数が増えた」との報告も届いているという。
 A‐GOALは現在、アフリカの地域スポーツクラブと協働するという枠組みを、緊急支援だけにとどまらず、現地の持続的な開発に活用し始めている。例えば、マラウイではコロナ禍で観光産業の仕事を失った観光地のクラブのコーチたちが、日本の農業の専門家から農業技術をオンラインで学んだり、農作物を住民に配布する活動を行っている。ケニアでは、各クラブが持続的に地域課題を解決するためのアイデアを出し、支援内容を決定する「アイデアコンテスト」の開催を予定している。セネガルでは、パラスポーツクラブとの連携も計画中だ。スポーツが持つ豊かな力を探る岸さんの挑戦は、新たな段階に入っている。

[プロフィール]





きし・たくみ●1985年生まれ、東京都出身。大学卒業後、民間企業勤務を経て、2011年8月に青年海外協力隊員としてケニアに赴任。保護・補導された子どもなどを収容する施設に配属され、授業やアクティビティの充実化を支援。13年9月に帰国。(独)日本スポーツ振興センターのスポーツ・フォー・トゥモロー・コンソーシアム事務局勤務を経て、18年9月に(公財)日本アンチ・ドーピング機構に入職。20年5月、本業のかたわらでA‐GOALの活動を開始。

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