JOCV SPORTS NEWS

器械体操&英語を教える体操教室をスタート

西田 慎さん(ジャマイカ・体操競技・2004年度1次隊)
Tumble Kids 代表

ジャマイカで当時唯一だった体操教室で協力隊員として指導に携わった西田さん。任期終了後、オリンピック選手の輩出や競技人口の拡大を目標に現地で体操教室を立ち上げ、運営してきた。その活動にひと区切りを付けて帰国し、京都市で「英語を使う体操教室」をスタートさせた。

「Tumble Kids」で指導にあたる西田さん。「『ハイタッチ』で子どもが喜ぶのは、ジャマイカも日本も同じです」(西田さん)

 2020年4月、「器械体操」と「英語」の両方を一緒に教える体操教室が京都市で初めて誕生した。「宙返りする子どもたち」を意味する「Tumble Kids」と名付けたその教室を立ち上げたのは、英語圏のジャマイカで体操競技隊員として活動した経験を持つ西田慎さんだ。京都市は西田さんの出身地である。
 現在、幼稚園のホールなどを借りて、年中の園児から小学4年生までを対象とする1時間のレッスンを週に8回開催。選手の育成は目指しておらず、指導するのはマット運動や鉄棒運動などの基礎的な技だ。レッスンでは指導する側も子どもも英語と日本語を併用。20年は小学校で英語教育が始まったタイミングでもあり、入会希望は後を絶たない。
「器械体操は、練習しないとできないけれど、練習すればできるようになる技が多いスポーツであり、『努力すればできるようになる』ということを学ぶのに適しています。一方、子どもが英語を学ぶ際、ただ座って学ぶよりも、楽しめるアクティビティを行いながら学ぶほうが効果的だと言われています。そうしたことから立ち上げたのが、『Tumble Kids』でした」

西田体操教室に通う子どもとコーチたち

世界選手権に出場した西田体操教室の教え子。現在はコーチとして教室の運営に携わっている

クラウドファンディングを利用して2018年に建設した、西田体操教室として初となる自前の体育館

ジャマイカの体操教室

 西田さんが体操教室の事業を立ち上げたのは2回目だ。1回目は、協力隊の任期を終えて約1年後の08年。派遣国のジャマイカに戻り、「西田体操教室」を開設した。きっかけは、協力隊時代の経験にあった。ジャマイカでは貧困地区の子どもたちが犯罪に手を染めるケースが多いといった問題があったなか、西田さんは当時ジャマイカで唯一だった小さな体操教室で指導に従事するかたわら、貧困地区の小学校などに出向き、「倒立」や「逆上がり」など特別な器械を必要としない技を子どもたちに教えた。「努力する力」や「規律」など、道を逸れずに生きていくために必要な力を身に付けてもらえると考えたからだ。当時同国の体育授業では器械体操が取り入れられておらず、子どもたちは馴染みがなかった技の習得に夢中になった。やがて彼らには、レッスン中に順番を守ったり、レッスン後にコーチにお礼を言ったりといった態度の変化が見られるようになる。そうして西田さんは器械体操が持つ人づくりの力を実感したことから、同国で新たな体操教室を開くことにしたのだった。
 体操競技の大会で活躍できるような選手も育成し、競技人口の拡大につなげたいと考えて、西田体操教室では高度な技術を教えるレッスンも行った。一方で、貧困地区の子どもたちを対象とする無料のレッスンも設けた。
 開設時、西田さんがそこで指導を続ける期間の目安と決めていたのは8年間だ。16年にブラジル・リオデジャネイロで開催されることが決まっていたオリンピックに教え子を出場させることを目標とし、たとえそれが叶わなくてもひと区切りを付けようと考えていた。結局、リオ五輪への出場は叶わなかったものの、世界選手権大会は15年に1人、17年に2人の教え子が出場を果たした。いずれも貧困地区で育った選手だ。
 リオ五輪の後、西田さんが帰国に向けて行ったのは、教室運営を現地のコーチに委譲すること。レッスンには参加せず、指導をすべて現地のコーチに任せるようにした。彼らのなかには長年、西田さんの教えを受けてきた貧困地区出身の選手もいる。そうして19年、彼らに指導を任せても問題ないと確認できたことから、西田さんは教室の経営者としての立場は維持しつつ、日本に帰国することにした。教室の数は4つ、会員は約800人、コーチは約30人という規模の事業となっていた。

なかったもののつくり上げ

 ジャマイカで器械体操の指導をした経験は現在、「Tumble Kids」での指導にさまざまな形で生きている。例えば、ジャマイカの子どもと比較しながら日本の子どもを見ることができるようになったため、日本の子どもに適した指導の方法をとることができるようになったことだ。両国の子どものもっとも大きな違いだと西田さんが感じているのは、「失敗」の受け止め方。レッスンで誰かが技を失敗すると、周りの子どもたちが笑って囃し立てる点は共通だが、ジャマイカでは、失敗した子はその後もあっけらかんと練習を続けた。一方、失敗した日本の子は恥ずかしそうな様子を見せたり、ときに泣き出したりしてしまう。「失敗することにプレッシャーを感じたら、新たな技を身に付ける挑戦をしなくなってしまいます。そこで『Tumble Kids』では、事あるごとに『失敗するのは当然』と伝えるようにしています」
 英語の指導に関しては、西田さんにとって「Tumble Kids」が初めての経験であり、試行錯誤が続いている。例えば、レッスンに参加する子どもたちの英語力には差があるため、英語の自習教材となる動画をつくり、参加する子どもたちに配布。実際のレッスンを録画し、そこでよく使われる語句を洗い出したうえで、それらの発音や意味を学べる教材をつくった。
 協力隊後の10年あまりを捧げてきた西田体操教室と「Tumble Kids」について、そのモチベーションのありかは「現地になかったものをつくり上げる楽しさ」にあったと、西田さんは振り返る。
「『なかったものをつくり上げること』への挑戦に私が強いモチベーションを感じるのは、体操競技の選手として『努力し、新たな技を身に付けていくこと』の楽しさを何度も味わってきたからなのかもしれません。その意味でも、体操競技は私という人間の根幹を築いてくれたのだと思います。今後も、スポーツが持つそうした力を多くの人々に享受していただけるような仕事を模索し、実践していきたいと考えています」

[プロフィール]





にしだ・しん●1981年生まれ、京都府出身。高校と大学で体操競技部に所属。大学時代に体操クラブで指導員を務める。2004年7月、青年海外協力隊員としてジャマイカに赴任。当時同国唯一だった体操教室での指導などに取り組む。07年1月に帰国。08年、ジャマイカに移住して体操教室を開設し、経営と指導に携わる。13〜14年、3カ所に新たな教室を開設。19年に教室の経営者としての立場を保ったまま帰国し、20年4月、英語を使う子ども向けの体操教室「Tumble Kids」を京都市でスタート。

知られざるストーリー