町役場に配属され、
救急や火災の消火などの技術指導に従事

北村名都子さん(フィリピン・防災・災害対策・2018年度1次隊)の事例

救急、火災の消火、災害や事故での救助などを担う地方自治体の機関に配属された北村さん。同僚たちに専門技術が不足していたなか、現場の優先度が高かった救急車の中での応急手当や救命の技術などを伝える活動に取り組んだ。

北村さん基礎情報





【PROFILE】
1982年生まれ、東京都出身。大学卒業後、消防士として市の消防署に勤務。2018年7月、青年海外協力隊員としてフィリピンに赴任(現職参加)。20年3月に一時帰国。同年5月に任期を終了し、復職。

【活動概要】
東ネグロス州パンプロナ町の町役場災害リスク軽減・管理事務所に配属され、主に以下の活動に従事。
●同僚などを対象とする、応急手当・救命・消防車の取り扱いに関する技術指導
●村の自治組織を対象とする、応急手当・救命・災害対応に関する技術指導


 北村さんの任地は、人口約4万人の東ネグロス州パンプロナ町。配属されたのは、防災事業を所管する町役場の災害リスク軽減・管理事務所だ。防災事業の機能強化を地方自治体に義務付ける災害リスク軽減・管理法が2010年に施行されたのを受けて設置された機関で、傷病者を病院に搬送する救急、火災の消火など、日本では消防署が担当する業務を行っている。配置されていた職員は、正規職員が2人と、臨時職員が常時7、8人。北村さんの着任当時、救急車と消防車が1台ずつあった。しかし、同僚たちには救急車での搬送中に行うべき応急手当や救命の知識がほとんどなく、消防車は日本からの寄贈でフィリピンのものとは仕様が異なっていたため、取り扱うことができない状態だった。そうしたなかで北村さんに求められていたのは、応急手当や救命、消防車の取り扱いについて同僚たちに技術指導をすることだった。

救急搬送時の対処を拡充

同僚などを対象に実施した、救急搬送で行うべき応急手当や救命の技術に関する講習会

 配属先の救急の出動件数は月に100件ほど。搬送者で多かったのは、交通事故で怪我をした人や、すぐに病院にかかることが必要な状態となった妊婦だった。問題は、配属先から離れた村も多く、搬送先は隣町にある1軒の病院に限られていたため、出動要請を受けてから搬送先へ送り届けるまでに3、4時間もかかるケースがあったこと。搬送中に止血などの応急手当や救命を行えるようになることは、きわめて必要性が高かった。
 その点について、配属先の上司は看護師の経験者であり、理解があった。そこで北村さんは、脈や血圧などのバイタルサインのとり方や止血法など、医療従事者でなくても実施可能な応急手当や救命の技術を講習会の形で同僚たちに紹介。しかし、そうした業務は自分たちが手を出す領域ではないという意識が同僚たちにはあり、習得や実践はなかなか進まなかった。同じような意識は、搬送先の医療従事者にも見られた。北村さんが救急車に同乗して搬送を手伝った際、とっておいたバイタルサインの記録を搬送先の看護師に渡したところ、「なぜ看護師でもないのにこういうことをするのか」と詰問されてしまったのだ。同僚たちが応急手当や救命の技術の習得や実践に熱心になれないのも無理はないと、北村さんはこの活動の継続をいったんはあきらめた。
 転機となったのは、パンプロナ町よりはるかに規模の大きな自治体の救急を見学したことだ。救急車には看護師が1人同乗し、バイタルサインをとっていた。救急車に同乗する看護師を確保することが予算上難しいのなら、やはり同僚たちが搬送中に応急手当や救命をやるべきだと北村さんは確信。そうして同僚たちにあらためて、「同じフィリピンの中で、あの自治体では救急車でバイタルサインをとっていた。私たちがやろうとしていることは間違っていないと思う。ぜひ続けよう」と発破をかけた。すると同僚たちはようやく重い腰を上げ、救急車では少なくともバイタルサインをとり、その結果を搬送先に伝えるようになった。しばらく経つと、搬送先の病院で「パンプロナ町の災害リスク軽減・管理事務所は優秀だ。救急車でバイタルサインをとっている」との評判が立った。そのうわさを耳にした同僚たちは、にわかに意欲が向上。バイタルサインをとることを徹底するだけでなく、資機材のチェックや車両の清掃なども積極的に取り組むようになっていった。

消防車の取り扱い方を指導

配属先の消防車。任地では揚水の水源は川の水がメインだった

パンプロナ町の消防署にあった、大量に水を積むことができるタンクローリーで揚水を行う様子

 北村さんが力を入れたもう1つの活動は、配属先にあった消防車を同僚たちが取り扱えるようになるための支援だ。パンプロナ町の火災の大半は、サトウキビ畑を収穫後に焼畑する際、風の影響で住宅がある場所まで燃え広がってしまうというものだった。逃げ遅れによる死者は出ないが、住宅の焼失は住民にとって経済的な打撃が大きかった。配属先にあった消防車は消火栓の水を頼りにするタイプであり、積むことができる水は10分ほどの放水でなくなってしまうため、焼畑の延焼の対処には向いていなかった。
 フィリピンでは、全国の地方自治体に災害リスク軽減・管理事務所が設けられた一方、国の機関であるフィリピン内務自治省消防局が各地に配置していた消防署も存在していた。パンプロナ町にも消防署があり、配属先と共同で火災の消火にあたることになっていた。幸運だったのは、消防署には大量の水を積むことができるタンク車があったこと。配属先の消防車と消防署のタンク車を一緒に出せば、長時間の放水が可能だった。そこで北村さんは、同僚だけでなく、消防署に配置されていた職員も交えて、配属先の消防車の取り扱い方を身につける訓練を実施。消防車の各設備に貼られていた名称はすべて日本語だったため、それをすべて英語の表記に変更し、各バルブに開閉の順番を振るなどのフォローもした。すると、応急手当や救命の技術とは異なり、彼らには当初から「消防車を扱うのは我々だ」という自負もあったことから、北村さんの任期が後半に入るころまでには、彼らだけで配属先の消防車を扱うことができるようになっていた。

任地ひと口メモ 〈パンプロナ町〉

町が位置するネグロス島はサトウキビの栽培が盛んな地域で、「シュガーアイランド」とも呼ばれる。写真は、その焼畑による火災の消火を行っている様子




現地で一般的なジプニーと呼ばれる乗合バス





現地のパーティーの食卓。バナナの葉の上にさまざまな料理が並べられる




知られざるストーリー