水牛の酪農家を対象に、
聞き取り調査で把握した飼養の課題解決を支援

國澤明日加さん(フィリピン・家畜飼育・2018年度1次隊)の事例

水牛の酪農の活性化に取り組む政府機関に配属された國澤さん。着任早々に酪農家を回って行った聞き取り調査で明らかになった課題について、定期的に講習会を開催し、それらを解決するための技術を伝えていった。

國澤さん基礎情報





【PROFILE】
1984年生まれ、大阪府出身。大学卒業後、畜産関連団体に勤務。2018年7月、青年海外協力隊員としてフィリピンに赴任。20年3月に一時帰国し、同年7月に任期を終了。

【活動概要】
フィリピン農業省の付属機関であるフィリピン水牛センターに配属され、乳用水牛に関する主に以下の活動に従事。
●酪農業協同組合への飼養技術の指導
●配属先への繁殖技術の紹介


飼育する水牛の搾乳をする國澤さんの任地の酪農家

 國澤さんが配属されたのは、フィリピン農業省に付属するフィリピン水牛センター(以下、「センター」)。水牛による酪農の普及や生産性向上を目的とする事業を担う機関である。國澤さんに求められていたのは、「センター」があるヌエバエシハ州の酪農家に水牛の飼養技術の指導をすることだった。
 ホルスタインなどの乳用牛は暑さに弱いため、フィリピンはその飼養に向かない。水牛は暑い気候でも飼養できるが、フィリピンでは伝統的にもっぱら耕作などの役用で飼われてきた。しかし、農業用機械の普及と共に、徐々にその存在意義も低下。そうしたなか、役用水牛の乳用への転換を促し、水牛乳生産による農家の収入向上を図る施策をフィリピン政府が始めたのは1990年代。「センター」もその一環で設立された機関である。
 乳用の動物は、出る乳の量が多くなるよう品種改良されたものが望ましく、純系種の雌雄から生まれる雌のほうが出る乳の量ははるかに多い。そこで「センター」は現在、雌の乳用水牛を貸し出しつつ、純系種の雄の精子での人工授精を引き受けたり、純系種の雄を種牛として貸し出したりしている。出産すれば乳が出るようになる一方、産まれる水牛は乳用に使うことができるため、乳用水牛の頭数も増える。産まれた水牛の所有権は「センター」と農家に半分ずつ帰属。農家が希望すれば、農家が持つ所有権を「センター」が買い取っている。
 フィリピンは冷蔵庫の普及率がさほど高くはないため、牛や水牛の乳の一般家庭での消費は、生の乳よりも粉ミルクやチーズなどに加工したもののほうが多かった。特に水牛乳は乳脂肪分が牛乳の2倍以上もあり、加工に向いている。ヌエバエシハ州の水牛の酪農家は、主に酪農業協同組合単位で水牛乳やその加工品の販売をしていたが、水牛乳の主な販売先の1つだったのは食品加工会社だ。もう1つはフィリピン政府。栄養政策の一環として行っている、小学校で子どもたちに牛乳を配る事業で使うための買い上げである。

聞き取り調査でニーズを把握

伝える技術のメリットが直観できるよう「見える化」したプレゼン資料を使って酪農技術の講習を行う國澤さん

國澤さんが行った尿素糖蜜ブロックのつくり方を伝える講習会の様子

 國澤さんは着任するとまず、「センター」に近い酪農業協同組合の組合員を回って聞き取り調査を行い、飼っている水牛の頭数、牛舎の様子や使っている飼料、搾乳の方法など飼養の実態を把握。「センター」では、乳量や繁殖の状況を確認するために職員が各酪農家を巡回していた。その際、酪農家が直面している問題への技術的なアドバイスを行うことはあったが、重要な技術についてじっくり説明する余裕はなかった。そこで國澤さんは、2つの酪農業協同組合で毎月1回ずつ講習会を開き、聞き取り調査で明らかになった課題の解決に必要な技術を伝えていった。対象とした組合に所属していた酪農家が飼っていた水牛は、1頭から十数頭。以下は講習会で扱ったトピックの一例である。
■出産間隔の管理 乳用水牛の出産間隔が長すぎるため、乳の生産性が低くなっていた組合員が多かった。出産間隔を最小限にするためには、種付けが可能な発情の訪れを見逃さないため、発情徴候の確認を習慣化し、記録することが不可欠だ。ところが國澤さんの着任当時、それを実践している酪農家は一部に限られ、実践していない酪農家よりやはり生産性が高いことが聞き取り調査でわかった。そこで國澤さんは、講習会で扱うトピックの1つとして、出産間隔の管理方法をピックアップ。日本の酪農家は、繁殖カレンダーやノート、黒板などに発情徴候の確認結果を出産日や種付けの日などと共に記録していき、出産間隔の管理などを行っている。ノートの使用はすでに配属先が推奨していたものの、実践している酪農家は少なかった。そこで國澤さんは、比較的実践が容易な繁殖カレンダーの導入を勧めるため、日本で使われているフォーマットをベースにタガログ語版をつくり、指導対象の酪農家に配布した。
■栄養の管理 ヌエバエシハ州では、乳用水牛の餌として飼料用の牧草や稲わらなどを利用しているが、乾期には特に牧草などが不足することがあった。そこで、稲わらだけでは不足してしまう栄養素を補うため、手づくりできるサプリメントのつくり方を講習会で紹介。現地で入手可能な糖蜜などを材料とする「尿素糖蜜ブロック」と呼ばれるものだ。

改善の意義を理解してもらう工夫

 任期が2年間と限られている協力隊員が酪農技術の指導をする場合、紹介する技術のメリットを対象の酪農家に肌で感じてもらうことが難しいという宿命的な困難がある。水牛の出産間隔を縮める程度には限界がある。そのため、出産間隔を縮める方法を紹介しても、國澤さんの任期中にそれを実践し、収入が向上したという具体的な実感を味わってもらうに至るには、運が良くなければ叶わない。
 活動開始にあたって行った聞き取り調査では、8割の酪農家が「特に不都合は感じていない」と回答した。実態を聞き出すと、乳量をより増やす余地があることはわかったが、酪農家たちは自分が飼う水牛の能力を客観的に評価する術を持っていなかったのだ。そこに問題の根本的な要因があると考えた國澤さんは、「飼養方法をどう変えれば、どれくらいの収入増になるか」をわかりやすく示したプレゼン資料をつくり、組合で行う講習会で活用するようにした。例えば、出産間隔を縮める方法を伝える際は、出産間隔の違いによって一定期間に得られる収入がどれくらい変わるのかを、棒グラフを使った視覚資料によって「見える化」した。
 手応えを感じたのは、同僚が定期巡回でとったデータを酪農家ごとにレポートにまとめ、彼らに提供したことだ。そこには、飼っている水牛ごとの前月と今月の乳量、および今月の乳房炎の状態なども表にして記載。すると、乳房炎の悪化が乳量の低下に影響していることを直観的に理解し、國澤さんが紹介した飼養の改善方法を実践してくれる農家も現れるようになったのだった。

任地ひと口メモ 〈ヌエバエシハ州〉

州の農村部に広がる田んぼ。主食はコメで、道の右側には収穫したコメが広げられ、天日干しされている




現在も使われている役用水牛で除草作業をしている様子





「イハウイハウ」と呼ばれる豚肉、鶏の脚・腸・レバーなどの炭火焼きが楽しめる屋台




知られざるストーリー