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「自分で考える力」を育てる野球指導を実践

阪長友仁さん(コロンビア・野球・2007年度4次隊)
堺ビッグボーイズ 中学部監督

協力隊員として活動したコロンビアを含め、各国で野球指導に携わってきた阪長さん。そうした経験を通じてその重要さに気づいた「答えを押し付けない指導」を、少年野球チームの監督として実践している。

堺ビッグボーイズの中学部の試合で選手にアドバイスをする阪長さん

 選手の技術的な課題について、指導者が「こう解決すべきだ」と答えを与えるのではなく、ヒントだけを与えてチャレンジさせる——。上達に時間がかかるにもかかわらず、徹底してこうした指導方針を貫いている硬式野球チームがある。小学部と中学部を持つ大阪府の「堺ビッグボーイズ」だ。米メジャーリーグの筒香嘉智選手や日本プロ野球の森友哉選手を輩出した名門チームである。その中学部の監督を務めているのは、協力隊経験者の阪長友仁さんだ。
「これまで日本の少年野球は、『腕をこう使いなさい』といった『答え』を押し付ける指導が一般的でした。短期間で勝利を上げることを最大目標とするからです。堺ビッグボーイズもかつてはそうでした。しかし、「指導者に言われたとおりにすればほめられる」という経験を重ねていくうちに、子どもたちは自分で考える力を失ってしまいます。野球の技術には「絶対的に正しい答え」はなく、指導者が与える答えも絶対的に正しいものではないので、自分で考える力がなければやがて上達は止まってしまいます。堺ビッグボーイズが指導方針を変えたのは、卒部した後に伸び悩む子が多いことに危機感を持ったからでした。自分で考える力は、野球以外の場でも重要なものです。子どもたちがせっかく好きで始めた野球によって、それを削いでしまいたくはない。削いでしまうようならば、子どもたちに野球を指導する意味はないというのが、現在の堺ビッグボーイズの考え方です」

選手へのリスペクト

 阪長さんの経歴は異色だ。地元のチームで野球を始めた後、新潟明訓高校に進学して甲子園を経験。名門・立教大学硬式野球部では主将を務めた。大学卒業後は旅行代理店に就職。しかし野球への情熱が消えず、退職して野球の武者修行を始めた。知人の縁を頼りにスリランカ、タイ、ガーナでナショナルチームの指導に従事。その後、協力隊員としてコロンビアで県選抜チームの指導に取り組んだ。次のステップは、JICAグアテマラ事務所の企画調査員(ボランティア事業)。業務のかたわら、米メジャーリーグの選手を多く輩出している近隣のドミニカ共和国をたびたび訪れては、現地の野球指導の方法を学んだ。
 武者修行で訪れた各国では、「日本の野球指導には改善できることがたくさんあるのではないか」と感じさせられる場面がたびたびあった。スリランカでは、阪長さんが自己紹介をする前に選手が近寄ってきて、「私は野球がうまくなりたい。ぜひ技術を教えてほしい」と目を輝かせて訴えてきた。自身の野球人生で「練習はつらい」と感じていた阪長さんにとって、野球への能動的な姿勢は新鮮だった。コロンビアの教え子たちは、「ぼくはこういうふうに打ったほうが良いと思う」と、自分の意見を臆せず阪長さんにぶつけてきた。日本の子どもたちには見られない「自律」の姿勢だった。各国で体験したこれらの驚きは、選手たちが自分で考えながら野球に取り組んでいることへの驚きだったと理解できたのは、ドミニカ共和国の野球指導者からこんなアドバイスをもらったときだ。「『こうすべきだ』と選手に上から技術を押し付けてはいけない。野球の指導で大切なのは、選手をリスペクトすることだ。それによって、選手は指導者に自分の考えを率直に伝えてくれるようになり、技術に関する議論が可能になる。リスペクトとは、たとえ選手が失敗しても、そのなかにある『良い点』に気づく姿勢である。三振しても、スイングを改善しようと工夫した跡が見られたら、そのチャレンジを称える。三振しようと思って打席に立つ選手はいない。選手たちの『もっとうまくなりたい』という思いや、その方法を見つけ出そうとする姿勢を後押しすることこそ、指導者の役割だ」

生まれる国は選べない

中南米諸国で学んだ野球の指導方法についてまとめた著書『高校球児に伝えたい! ラテンアメリカ式メジャー直結練習法』(東邦出版、2018年)。阪長さんは本書の内容や堺ビッグボーイズの指導方法について紹介する講演活動も精力的に行っている

 堺ビッグボーイズが指導方針の転換を決めたのは2009年。阪長さんと同様、代表者が米国の少年野球の指導者から「答えを教えてはだめだ」というアドバイスをもらったのがきっかけだった。阪長さんがドミニカ共和国の野球指導者から教えを受けたのは、その3年後だ。堺ビッグボーイズが始めていた挑戦の正しさを確信したことから、グアテマラ駐在の任期を終えるとすぐに、堺ビッグボーイズの指導者となった。
「自分で考える」といっても、一から選手に考えさせていたのでは、上達までに途方もない時間がかかってしまう。そこで堺ビッグボーイズが指導の基本としているのは、「方向性は指導者が示し、そこに向かうためのやり方は選手自身に考えさせる」というものだ。例えば、「右打者は右方向に、左打者は左方向に強い打球を飛ばせるようにしよう」という方向性を指導者が示し、それができるようになるためのスイングの仕方などは選手自身に考えさせる。
 阪長さんが監督を務める中学部には、堺ビッグボーイズ以外の小学生チームで軟式野球をしていた子どもが入ってくることも多い。そうした子どもは、自分で考えながら技術を磨くことに最初はとまどうが、2年生になるころにはたいてい、コロンビアの教え子たちのように自分の考えを持って野球に取り組むようになってくるという。
「協力隊のときを含め、各国に野球指導で赴くときはいつも、『日本の高い技術を教えに行こう』という自負がありました。ところが、結局は日本の野球指導のあり方の問題に気づかされた。子どもは生まれる国を選べません。日本で生まれたばかりに、野球の技術や、考えて行動する能力が伸びなくなってしまう状況にはしたくない。そのため、私自身が学んだことを広く野球界やスポーツ界に広げる活動にも取り組んでいますが、それを今後も続けていきたいと考えています」

[プロフィール]





さかなが・ともひと●1981年生まれ、大阪府出身。小学生のときに野球を始め、新潟明訓高校野球部や立教大学硬式野球部で活躍。大学卒業後、旅行代理店に就職。その後、ガーナなど3カ国で野球指導に従事。2008年3月、青年海外協力隊員としてコロンビアに赴任し、少年野球チームの指導に取り組む。10年3月に帰国。JICAグアテマラ事務所の企画調査員(ボランティア事業)を経て、現在は少年硬式野球チーム「堺ビッグボーイズ」の中学部監督(所属先はNPO法人BBフューチャー)。

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