小学校を巡回して
現地教員による珠算指導の質向上を支援

興津絵美さん(︎トンガ・珠算・2016年度1次隊)の事例

教育行政機関に珠算隊員として配属された興津さん。担当地区にある小学校22校を巡回して、3〜5年生の算数授業に組み込まれている珠算指導の質向上支援に取り組んだ。

興津さん基礎情報





【PROFILE】
1983年生まれ、宮崎県出身。小・中学生のときに珠算を習い、2段を取得。大学卒業後、焼酎メーカー勤務を経て、2016年7月に青年海外協力隊員としてトンガに赴任。18年7月に帰国。

【活動概要】
トンガ教育訓練省学習指導課に配属され、主に以下の活動に従事。
●トンガタプ島東地区にある小学校22校での珠算指導の質向上支援
●小学校教員を対象とする珠算指導のワークショップの開催
●珠算大会の運営支援


大きなそろばん模型を使って珠算指導をする、興津さんの巡回先の教員

年に1度行われる珠算の本大会に向けた、トンガタプ島東地区の予選大会

 興津さんが配属されたのは、国の教育行政を担うトンガ教育訓練省の学習指導課。同国では、小学校(6年制)の3〜5年生の算数授業で毎回、全90分間のうち最初の15分間を珠算指導に充てることが必須とされている。興津さんに求められていたのは、首都ヌクアロファがある本島・トンガタプ島の小学校で、珠算指導の質向上に向けた支援を行うことだった。同じ時期、学習指導課にはほかに2人の珠算隊員が派遣されており、トンガタプ島にある3地区を1つずつ分担。興津さんは、小学校が22校ある東地区の担当となった。
 トンガの教員養成校や教育行政機関に珠算隊員が初めて派遣されたのは1989年。珠算が算数授業の必修単元になったのは2009年だが、それ以前も、協力隊を含む日本の支援を受けながら珠算指導を行う小学校はあった。しかしその範囲は限定的で、現在の小学校教員の多くは小学生のときに珠算を学ぶ機会がなかった人たちだ。トンガの小学校はクラス担任制がとられており、珠算指導の技術を持つことはすべての教員にとって不可欠。そのため現在は、同国唯一の教員養成校の初等教育課程に珠算やその指導法を学ぶ授業が組み込まれており、7級の取得が卒業の条件となっている。
 珠算指導の内容については、教育訓練省がカリキュラムを作成。3〜5年生の各学年で何をどういう順番で教えていくかが定められており、それに対応した指導書もある。また、授業で児童に使わせるそろばんや、講義形式で児童たちに指使いの説明をするための大きなそろばんの模型が、各校に配布されていた。

「支援し過ぎない」を徹底

 トンガタプ島東地区の小学校で協力隊員が珠算指導の支援を行うのは、実質的に興津さんが初めてだった。そうしたなか、興津さんの巡回先で着任時に見られた問題は、そもそも珠算指導をしない教員が多い学校があったことだった。
 興津さんは、前年の学期末のテストで珠算の平均点が低かった4校から巡回を開始。すると、いずれも珠算指導を疎かにしてきたことが明らかな教員が多くいた。珠算指導の支援をしたいと伝えても、「それならば、代わりにやってほしい」と求められる。それに対し興津さんは、手本を見せるためであれ、自ら教壇に立つことはしないようにした。1度それを引き受けてしまうと、その後依存され続けてしまうと考えたからだ。協力隊員が派遣されたことがない離島の学校で、教員たちが協力し合い、珠算指導のレベルの底上げを実現している例があるという話を聞いていたことも、「支援し過ぎない」という意志を貫く支えになっていた。
 興津さんが巡回先で最初に行ったのは、「なぜ珠算指導を疎かにしてしまうのか」を尋ねること。すると、「指導書がない」「カリキュラムを知らない」といった答えが返ってきた。興津さんはそうした教員に対し、一度は配られているはずの指導書のコピーやカリキュラムの一覧表を渡すなどして、「やらない理由」を消していった。すると次第に、興津さんが訪問しなかった日にも珠算指導を進める教員が出てきた。興津さんはそうした教員の珠算指導に立ち会い、珠算に関する知識の誤りを正すなどのフォローを進めていった。

算数の学力不足が課題

珠算指導の補助教材として自作した「『10』の分解」の一覧表を手にする現地の教員

 トンガの小学校では、6年生の最終学期に全国共通の卒業試験があり、その成績が卒業後の進路を左右する。しかし、この試験では珠算が出題対象となっていない。そうした事情で珠算指導を仕方なく行わない教員もいた。5、6年生のクラスを兼務する女性教員(以下、Aさん)だ。6年生のクラス担任は、校長が指導力を認めている教員を配置することが多く、Aさんもその1人だった。一緒に食事をするなどして関係を深めていったところ、6年生の児童が卒業試験で良い成績を取れるよう、私生活の時間を削って補講を行っており、5年生の珠算指導の準備に時間をかける余裕がないことがわかった。しかし、珠算の力も長い目で見れば児童たちの貴重な財産となる。そこで興津さんはAさんに、カリキュラム通りにこなさないまでも、例えば週に1回は珠算指導をするなどしてみてはどうかと提案。するとAさんも珠算指導への気力が回復。少しずつ実践を増やしていくようになり、やがて、珠算で理解が前提となる「10=9+1」などの「数の分解」の理解を促す掲示教材を自発的に作成するようになった。
 珠算は「九九」の理解も前提となる技術だ。「数の分解」や「九九」は算数教育で扱うものだが、興津さんの巡回先の3〜5年生は、それらの理解が不十分であるがゆえに珠算につまずく児童も多かった。そのようななかでも、Aさんのように「数の分解」や「九九」の指導に立ち返ろうとする教員が増えれば、珠算指導の質の向上と共に算数教育の補完になると考えた。珠算教育を取り入れるというユニークな施策を採用しているからには、「珠算」と「算数」が「Win‐Win」の関係で共に発展していってほしいというのが、興津さんの期待するところだ。

任地ひと口メモ 〈トンガタプ島・東地区〉

店などがすべて閉められて閑散とする、日曜日の町の様子。キリスト教の信仰が厚く、礼拝日とされる日曜日はみな教会のミサで一日を過ごす




盛大な食事会「カイポーラ」に向け、豚の丸焼きを調理中





「タオルンガ」と呼ばれるトンガの伝統的な踊り




知られざるストーリー