伝統工芸の製作体験プログラムや新商品を開発

小林美紀さん(タイ・観光・2018年度3次隊)
再赴任時の残りの任期…約2カ月間

一村一品運動などによる農村部の生計向上支援に取り組む県庁の部署に配属された小林さん。コロナ禍で観光業が中断するなか、先々を見据えて観光プログラムや観光客向けの新商品の開発に取り組んだ。

小林さん基礎情報





【PROFILE】
1993年生まれ。長野県出身。大学卒業後、長野県で地域づくりに取り組む会社の飲食店事業担当者などを経て、2019年1月に青年海外協力隊員としてタイに赴任。一時帰国、再赴任を経て、21年1月に任期を終了。

【2年間の協力隊活動】
配属先:スコータイ県コミュニティ開発局
(1)初赴任時(2019年1月〜)
●英語と日本語の観光パンフレットの作成
●OTOP製品の製作を体験するプログラムの開発(生産者たちとの協働)
●観光資源の掘り起こしと商品化
(2)一時帰国中(2020年3月〜)
●サンカローク焼きの生産者とのウェブ会議による、体験プログラムのブラッシュアップ
●OTOP製品の伝統織物の技術を生かした新商品(帯)の開発に向けた勉強
(3)再赴任後(2020年12月〜21年1月)
●帯の試作品の制作
●サンカローク焼きの体験プログラムの方向性に関する生産者たちとの確認
●YouTubeでのOTOP製品の広報


小林さんが作成したアンプームアン郡の観光パンフレットの表紙

小林さんが作成したサンカローク焼きの体験プログラムのポスター

サンカローク焼きの小鉢

【初赴任時】

 小林さんが配属されたのは、スコータイ県庁のコミュニティ開発局。同県はタイ族最初の王朝であるスコータイ王朝の都が置かれていた地であり、その遺跡を残すスコータイ歴史公園などを目当てに国内外から多くの観光客が訪れる。しかし、その経済的利益を享受するのは遺跡の周辺にあるホテルなどの観光施設に限られ、農村部は依然として生計向上が課題となっていた。そうしたなかでコミュニティ開発局が取り組んでいたのは、タイ政府が進める一村一品運動「OTOP」(*)などで農村部の生計向上を支援することだ。県庁などによる審査を経てタイ内務省にOTOP製品として認定されると、そのマークを付けて販売することができる仕組みとなっており、スコータイ県では主に陶器や織物、金属細工が認定を受けていた。小林さんに求められたのは、OTOP製品の紹介を盛り込んだ英語と日本語の観光パンフレットを各郡についてつくること、OTOP製品の製作を体験する観光プログラムをつくること、およびOTOP製品のPRだった。
 小林さんが最初に赴任してから一時帰国するまでは約1年2カ月。その間、全9郡のうち2郡の観光パンフレットをつくった。最初につくったのは、配属先があるアンプームアン郡のもの。次につくったのは、農家宿泊プログラムの豊富な実績があったシーサッチャナーライ郡のものだ。慣れないタイ語でOTOP製品の生産者などに取材するのは簡単ではないうえ、同僚が多忙で話し合いが難航したため、後者が完成したのは赴任の約9カ月後。制作のペースを上げようとし始めたところで、一時帰国となってしまった。
 OTOP製品の製作を体験する観光プログラムについては、一時帰国する前に2つの工房と共同開発を始めることができた。魚のモチーフの絵付けを特徴とする陶器「サンカローク焼き」の工房と、幾何学文様を特徴とする伝統織物の工房だ。県内のOTOP製品の生産者が集まる会議で体験プログラムの共同開発を呼びかけた際、手を挙げてくれた所だった。サンカローク焼きについては、ろくろ体験と絵付け体験の2つのプログラムの段取りや料金を固めるところまで進み、これからPRを始めようという段階で、伝統織物についてはアイデアの交換をし始めた段階で、小林さんの一時帰国が決まった。

* OTOP…「One Tambon One Product」の略。オートップ。「Tambon」は郡の下位の地方行政組織。

【一時帰国中】

 一時帰国中に小林さんが取り組むことにしたのは、協働していたOTOP製品の2工房とオンラインでやりとりしながら、彼らとの活動を可能な限り進めることだ。スコータイ県はコロナ禍を受けて観光客の呼び込みをストップしていたため、開発したサンカローク焼きの体験プログラムも実施に移せない状態となっていた。そこで、コロナ禍が収まった後のために、新たな体験プログラムもつくっておこうということになった。そうしてウェブ会議で生産者と議論を重ね、釉薬を塗って焼き上げるところまでを体験できるプログラムを完成させることができた。
 伝統織物については、生産者たちに「せっかくあなたと出会ったのだから、両国の伝統をかけ合わせた商品を創り出してみたい」との希望を伝えられていたため、小林さんが日本にいることの利点を生かして新たな商品の開発に挑戦することにした。スコータイの伝統織物の技術でつくる着物や浴衣の帯だ。帯について知識がなかった小林さんは、インターネットでその基本的な知識を得た後、織物産業で有名な京都・西陣の織物工房を回って、帯に合う色や模様について教えを受けた。

【再赴任後】

帯の試作品と生産者、小林さん(左端)

 再赴任が叶ったのは20年11月。タイにおける人口あたりの感染者数が日本の15分の1程度という時期だった。しかし、スコータイ歴史公園を中心とする観光エリアの状況を確認すると、ホテルなど観光関連の業者は客の減少で軒並み大きな打撃を受け、危機感を抱いていた。そうしたなかで取り組めるのは、コロナ禍後を見据えて観光資源を磨いておくことだけだった。
 再赴任時の残りの任期はわずか2カ月弱。そこで、伝統織物の技術でつくる帯の試作品づくりに活動の的を絞った。模様を帯の全面に織り込むのは膨大な時間がかかってしまうことから、前面とお太鼓の部分だけに模様を織り込むことにした。小林さんは毎日のように工房に通い、西陣で学んできた技術を生産者たちに伝達。任期終了までに完成に漕ぎ着けることができた。
 一時帰国中も彼らとはウェブ会議で商品開発の話し合いを進めていたが、帯に関する細かな情報がときに思うように伝わらないことがあった。再赴任後のコミュニケーションではそのようなもどかしさはなく、小林さんはあらためて、ものづくりの協働をオンラインだけで進めることには限界があると感じた。
 任期中に帯の商品化の仕上げと販路開拓まで進むことはできなかったため、小林さんは帰国後にそのフォローをしようと計画。新潟県で地域おこし協力隊員として地域づくりの仕事に取り組むかたわら、スコータイの伝統工芸品を販売するサイトの立ち上げを進めている。

知られざるストーリー