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マンツーマンで健康を支える出張型事業を実践

中島宏典さん(パラグアイ・陸上競技・2015年度4次隊)
出張型ジム「CUELPO」 代表

陸上競技隊員として選手の指導に取り組むかたわら、「肥満が多い」という任地の健康課題の解決に向け、出張型のトレーニング指導も行った中島さん。その経験をもとに帰国後、出張型のトレーニング指導を行う事業を立ち上げた。

出張先でトレーニングを行う中島さん。利用者の目的は、「ダイエット」「ボディメイク」「筋力アップ」などさまざまだ

出張先に持参するトレーニングの器具

 ダイエットや体力維持のために屋外でジョギングしたり、スポーツジムに通ったりすることは誰にでも実践できるわけではない。体型に自信がなければ人前で運動するのは恥ずかしさが先立ってしまう。そもそも運動を楽しいと感じることができる人ばかりではない。
 ジョギングやスポーツジム通いが難しいという人でも、自宅でマンツーマンの指導を受けながらであれば運動を継続することができるはず——。協力隊経験者の中島宏典さんが帰国後に地元・群馬県で立ち上げたのは、利用者のもとを訪問してマンツーマンでトレーニング指導をする事業「CUELPO」だ。2018年6月のスタート以来、見込みどおりに利用者が増えていき、入会待ちをしてもらわなければならない状態が続いている。
 使うトレーニング器具は、ダンベルやバランスボールなど、車に積んで利用者のもとに運べるだけのもの。「ダイエット」「ボディメイク」「筋力アップ」など利用者の目的に応じて、持参する器具でできる範囲のトレーニング指導を行う。中島さんが基本方針としているのは、利用者の様子を見ながら、それぞれに合ったプランを組むことだ。
「トレーニングを継続してもらうためには、『楽しい』と感じてもらうことが必要です。陸上競技選手としての私自身の経験で実感しているのは、できなかったことができるようになることがスポーツのとても大きな楽しみであるということです。そのため私は、『少しがんばればできるようになる』というハードルを設定し、『できるようになった』という体験を重ねてもらうことが、トレーニングを楽しんでもらうために重要だと考えています。運動の能力は人それぞれであり、『少しがんばればできるようになる』というラインは異なります。マンツーマンの指導ならば、それらを見極めることができます。CUELPOでそれぞれのお客様に対して組むトレーニングプランは、言わばその人に合ったハードルを、その人に合った間隔で並べたものです」

事業の骨格は協力隊で獲得

 中島さんは小学生のときに陸上競技を始め、現在も社会人選手として競技を続けている。得意種目は110メートルハードルで、大学時代には北信越大会で優勝するほどの実力だ。スポーツに関する探究心は強く、大学ではスポーツ科学を専攻。在学中に、アスリートのトレーナーに必要な技術を認定する米国の資格も取得している。大学を卒業する時点で漠然と描いていた進路は、スポーツトレーナーとしてジムを立ち上げること。それを成功させるためには、海外でスポーツ指導に携わり、自分にしかない強みを得ておくのが有益だろうと考え、卒業後の第一歩として協力隊を選んだ。
 メインの活動は、地方都市の陸上競技教室での選手たちへの指導。それと並行して取り組んだのは、住民を対象にダイエットを目的とするトレーニング指導を行うことだ。任地では「肥満」が健康課題となっていたため、トレーナーとしての専門性を生かしてその解決に寄与しようと取り組んだ活動である。最初は病院の空き部屋を借りて「教室型」で実施。やがて、肥満を解消したいものの、体を動かす姿を人に見せるのを嫌がって教室に通わない人がいることがわかってきた。そこで中島さんは「出張型」を導入。すると、そのニーズは予想以上に高かった。そうして帰国後の進路として構想するようになったのが、利用者のもとに出張してマンツーマンでトレーニング指導をする事業だった。
「協力隊に参加する前は、『運動が必要だと思ったらスポーツジムに行けば良い』という考えでした。しかし、協力隊時代のダイエット指導でまったく違う発想ができるようになりました。任地では、出張型で指導する際に持参できる器具はほとんどありませんでしたが、対象者の家にある椅子や重い物を使えばトレーニングができ、実際に体重減の結果も出ました。それならば、日本でもランニングマシーンなどスポーツジムが備えている機材を使わなくても、有効なトレーニング指導ができるはずだと確信を得ることができました」

人を見る目

 CUELPOの事業はその発想自体が協力隊経験で生まれたものだが、トレーナーとしての実務についても、協力隊経験で得たものが生きていると中島さんは感じている。その1つは「対象者を観察する目」だ。協力隊時代に出張型でトレーニング指導をする際、「楽しんでもらえなければ挫折してしまう」との危機感から、不慣れなスペイン語での意思疎通に頼らずに、相手の表情から楽しんでいるかどうかを探った。すると次第に、「この人はバランスボールに乗るのが好きらしい」といったことを言葉で説明されずとも察知できるようになっていった。CUELPOでトレーニング指導をする際、前述のように「少しがんばればできるようになる」というハードルを見極めることができるのは、協力隊時代に体得した観察眼があるからこそだと中島さんは感じている。
 入会待ちが出始めた時期、中島さんは従業員を雇って事業規模を拡大すべきか悩んだ。しかし現在までのところ、その選択はしていない。利用者の特徴を察知することは、協力隊員のように異文化社会で現地の人たちと密に付き合う経験をした人でないと難しいと考えるからだ。
「ダイエットは必ずしもすぐに目に見える結果が出るわけではないため、それに寄り添うトレーナーとの信頼関係が成功を左右すると言われています。人との信頼関係のつくり方を人に指導できる自信はまだありません。そのため、まずは私自身が『信頼されるトレーナー』となるための力を磨くことに専念したいと考えています」

[プロフィール]





なかじま・ひろのり●1992年生まれ、群馬県出身。小学生のときに陸上競技を始め、110メートルハードルで高校時代と大学時代にそれぞれ群馬県大会と北信越大会で優勝。2015年に新潟大学教育学部健康スポーツ科学課程を卒業。16年3月、青年海外協力隊員としてパラグアイに赴任し、地方都市の陸上競技協会が運営する陸上競技教室での指導などに取り組む。18年3月に帰国。18年6月、出張型でパーソナルトレーニングを行う事業「CUELPO」を立ち上げる。

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